59. 天使の核と魂の結合
「ラス、あんまりフェリムを刺激しないでよ!」
フェリムの場合、本気でやりかねないから、怖い。
ラスがムフフと笑う。
「レアンじゃなくて、カロン大好きなリリムになってくれたら、あの場所から動くかな」
「え? 俺?」
カロンは思わず、フェリムから離れた。
フェリムの殺意の対象がレアンから自分になるのは怖い。
「それなら動くと思いますし、私も納得です」
何故かフェリムに抱き寄せられた。
怖くてビクリと体が震える。
「フェリムは、カロンならアリなんだ」
ラスが、ちょっと残念そうに呟いた。
「今のリリムにとって、カロンは特別です。カロンはリリムを裏切らないと約束してくれました。だから、アリです。恋の矢の時は洗脳状態だったから、ノーカンにしてあげます」
「あ、ありがと……って、今の? ……前のリリムにも、特別がいたの?」
フェリムの言い回しが、少し気になった。
「昔のリリムの特別は、レアン皇子でした。だけど、レアン皇子はリリムを裏切ったから。だからリリムはクズになったんです。やっとカロンが、昔のリリムを取り戻してくれたのに。今更、レアン皇子がリリムを奪おうなんて、虫が良すぎます。私は、許しません」
言葉は強いけど、フェリムの表情は悲しそうに見えた。
フェリムが執拗にレアンに殺意を表明していた理由が、分かった気がした。
「裏切ったって、何があって……」
「ぁ! ……んっ、それ、ダメぇ! シェーン、あぁん! ……きもちぃ、も、我慢、できな……、レアンと、キス、したぃっ……、んんっ……」
大きな嬌声が響いて、カロンは目を上げた。
リリムが身を捩って自分からレアンにキスしている。
「好き……、レアン、もっと、僕を愛して。レアンをもっと、愛したい。レアンが、欲しい」
甘い息を吐いて、涙目のリリムがレアンに愛の言葉を語る。
欲情が溢れるレアンの目が嬉しそうに笑んだ。
「私もだよ。もっともっと、リリムの深い部分に触れたいよ。世界なんか、もうどうでもいい。リリムだけいればいい」
リリムの可愛さに負けたレアンが、簡単に世界の消滅を放棄した。
レアンの指がリリムの股間の奥に沈んだ。
リリムの腰が震えて、身を捩る。
下着に手を突っ込んで、レアンの指がリリムの尻を弄る。
「ぁっ……、そんな、トコ、んっ……、はぁ……、レアンの指、入っちゃ、ぅぅ……」
リリムがレアンの顎を舐め上げた。
フェリムじゃなくても、レアンに殺意が湧く。
「ラス! 早く、リリムをカロン大好きなリリムに戻してください!」
魔法の杖を構えようとするフェリムの腕を握る。
「もう何でもいいから、リリムをあの場所から動かして! 方法は何でもいいから! 早く!」
リリムの貞操も危機だが、フェリムの殺意が一番怖い。
「んじゃ、『魔実』を、ちょっといじってみるね」
「いじって大丈夫なの? というか、いじれるの?」
「そりゃ、リリムに『魔実』を与えたのも、魔性の実を造ったのも我だからねぇ。今はリリムのモノだから、操ったりはできないけどね。ちょっと刺激したら、リリムが正気に戻るかもだし」
ラスが前足を出して肉球をリリムに向けた。
「リリムが上手く動いたら、矢でも魔法でも使って、リリムに軟膏、飛ばしてみたらいいよ。それなら、カロンとフェリムで、できるっしょ」
四人の男に群がられて埋もれている今の状態では、リリムに何もできない。
どんなきっかけでも、動いてくれれば、攻撃を仕掛けられる。
「わかった。俺の光の矢の先に軟膏を仕込んで射る」
「カロンが矢を射かけ易いように、私が援護します」
カロンは弓矢を具現化して構えた。
フェリムが杖を構える。
「んっ……!、んんっ、んーっ!」
唐突に、リリムが蕩けた顔を歪ませた。
ラスが怪しく肉球をフリフリした。
「リリムが反応し始めたよ。カロン、フェリム、準備いい?」
「大丈夫!」
「よ~し、じゃ、動かすよ。それ!」
ごくりと息を飲んで、カロンは身構えた。
フェリムが杖をリリムに向ける。
リリムの体が、大きくビクンと震えて、硬直した。
「ぁ、ぁ、きもちぃ……の、いっぱい、クる。ダメ、も、イキそ……!」
四人の愛撫は変わらないのに、リリムが体を震わせる。
足がピンと伸びて、ビクビクしている。
「え……?」
カロンとフェリムは、揃ってラスを振り返った。
「あれ? 逆にリリムの快楽を煽っちゃったかな? リリムまで魅了状態になったかも」
てへぺろ、みたいな顔をされて、カロンの怒りが閾値を超えた。
「ふざけんな、フクロウ犬! どうにかしろ! せめてさっきに戻せ!」
小さい首を締め上げる。
「カロン、落ち着いてください。殺すのはラスではなく、あの四人です」
「それも駄目だけど、離して苦しい」
ラスが静かに首を絞められている。
「はぁ……可愛い、リリム。もう、我慢できない」
蕩けた声が聴こえて、カロンとフェリムはまた玉座に視線を戻した。
シェーンが立ち上がって、自分の股間をリリムの顔に押し当てた。
明らかに目の中のハートが濃くなっている。
「ほら、こんなに硬くなってる。リリムの可愛い口で、慰めて」
リリムが服の上からシェーンの股間にスリスリして、硬くなったモノをアムアムと食んだ。
「は、んん……、ぁむ、おいひぃ、シェーンの……」
「リリム、可愛ぃ……、愛してる。このままずっと、みんなで愛し合っていよ」
シェーンが、ねっとりとリリムの頬を撫でる。
蕩けたリリムの顔が可愛すぎて、ゾクゾクする。
その間にも、リリムの胸や腹にカデルとルカが吸い付いて、股間に手を伸ばしている。
「ねぇ、他の皆の魅了も強まってない?」
「そりゃ、まぁね。リリムが『魔実』で魅了状態になれば、自分で魅了を強めるだろうしね。メロウの天使の核も活性化して、益々レアン大好きリリムに……」
カロンの懸念をラスが、あっさり肯定した。
「つまり、あの場にいる全員に術が深まっただけだと?」
フェリムの静かな問いかけに、ラスが小さく頷いた。
カロンはラスの首を絞める手を強めた。
「完全に逆効果になってんじゃん! どうすんだよ!」
「レアンの天使の核でリリムが洗脳されても、リリムの魅了にレアンが堕ちてるから、お互い術を掛け合って皆で気持ち良くなるだけじゃないかな……。問題ないよ……」
「問題しかねぇよ!」
訳が分からな過ぎて、解決策が見出せない。
「とにかく、リリムから全員を剥がして光の矢を打ち込みましょう。カロン、構えて」
言いながら、フェリムが水魔法の攻撃を放った。
リリムに股間を食ませていたシェーンの体が吹っ飛んだ。
「待って、フェリム! 殺すのは……」
「本当に殺したりしません。退かすだけです。この程度で、あのシェーンが死ぬはずないでしょう」
淡々と話すフェリムが、小説設定の冷静なフェリムに見える。
(フェリム、大丈夫かな。冷静になった?)
「あの光景を延々見せられたら、本気で殺しかねません。私に本気を出させたくないなら、さっさとリリムを正気に戻してください」
フェリムの目に本気が見えた。
次々に水魔法を放って、ルカとカデルの体が飛んだ。
「最初から、こうすれば良かった。間違って死んでも自業自得です。リリムを貪った罪ですよ、ははは。いっそみんな、殺そう」
言葉も笑いも淡々としているのが、かえって怖い。
(皇子にまで躊躇なく攻撃してる! 魔法が加減してない! フェリムが、キレた……!)
フェリムが無表情に攻撃を繰り出す。
起き上がろうとする三人に容赦なく攻撃を繰り返す。
カロンはラスから手を放して、矢を構えた。
「撃ちます。今すぐ射かけます。だから、落ち着いて、フェリム!」
今のリリムは、後ろからレアンに抱かれている状態だから、腹が丸見えた。
光魔法で軟膏を飛ばせば、虫と天使の核をリリムの体外に排出できる。
弓を引くカロンに向かって、レアンがニタリと笑んだ。
「え……? 何……?」
背筋が、ぞわりと寒くなった。
カロンに見せ付けるように、レアンがリリムの体を撫でる。
「ぁ! ぁん!」
肌を滑るレアンの手に反応して、リリムが体をビクつかせた。
「本当に可愛いよ、私の特別。私のリリム。『魔実』が熟れて核と馴染んだね。早くお前の中に入って、一つになろう」
レアンがリリムの首を食んで、下着に指をかけた。
「え⁉ まさかのこの場所で本番⁉ それは駄目、絶対ダメ!」
カロンは、弦を引いて、矢を射った。
飛んだ光の矢が、見えない壁に弾かれた。
「……何? 結界? ……え?」
リリムの顎を掴んで引き寄せたレアンが、強引に口付けた。
その口から、メロウの魂をリリムの中に流し込んだのが見えた。
メロウの魂が怪しい光を放ちながら、リリムの喉を通り、胸に落ちた。
「んっ……、ぉっ、ぁっ……」
さっきまでの嬌声とは違う声を上げて、リリムの体がビクビクと波打つ。
リリムを後ろから抱いていたレアンが目を閉じる。ぐったりと頭を下げて、動かなくなった。
「これは、まずいね。リリムの中でメロウの核と魂が結び合う」
「うそ、そんな……」
まさか過ぎるタイミングで、全く予想できなかった。
(夢野先生が、一人の人間に天使の核と魂を収めちゃダメだって忠告をくれたのに。核だけの段階で壊せって、言われたのに)
一番、最悪の事態が、突然起きた。
波打っていたリリムの体が急に動かなくなった。
静かな神力と魔力が、リリムの体から漂い始めた。
まるでリリムとは思えない、知らない誰かの気配に感じた。
「何ですか、この気配は。大天使の気配とは思えません」
フェリムが怯えを含んだ声を零した。
「ただの大天使じゃないね。リリムは魔の印を持ってる。天使と悪魔が同居しているのと同じだ」
ラスの声が、真面目だ。さっきまでの余裕がない。
それが何より、逼迫した状況を告げていた。
「そんな存在、聞いたことありません」
フェリムの足が後ろに下がる。
リリムから溢れ出る気配に、無意識に怯えているようだ。
カロンの中に強い不安が湧き上がった。
(このままじゃ、リリムがメロウに乗っ取られる。リリムがリリムじゃなくなる。やだ、いやだ)
カロンは無意識にリリムに向かって走った。
「リリム! リム! 俺の声、聴いて! リム!」
カロンは必死に叫んだ。
リリムの中の利睦に届くように叫んだ。
玉座の、レアンの上に座っていたリリムが、ゆっくりと目を開けた。
後ろに倒れていた顔が上がる。
リリムの目が、周囲を眺める。
探す目が、カロンを捉えた。
魔獣に睨まれたような恐怖で、カロンの足が竦んだ。
「リム……」
「……カロン」
名を呟いた瞬間に、リリムの目が笑んだ。
その笑みは怪しい愉悦を含んで見える。
見たこともない、リリムの表情だった。




