51. 原作者からのプチアドバイス
天使の姿をした原作者が得意な顔で含み笑いをした。
「最後に原作者から、とっておきのアドバイスを与えよう」
「そういうの、もっと早く欲しかったな」
ハーレムを見せたり、泣き出して愚痴ったりする前に話してほしかった。
天使が、ぼろっと大粒の涙を流した。
カロンは、びくりと肩を震わせた。
「アドバイス、嬉しい、ありがと! ちゃんと聞くから秒で泣くの、やめて!」
天使の涙が止まった。
秒で泣くけど、秒で泣き止む。便利な目だなと思う。
「メロウはねぇ、本当はとても臆病なんだ。だから、頑丈な場所に自分の天使の核を隠すと思うよ」
「天使の核? って、人間の心臓みたいなもの?」
ラノベだと、神様や魔王が心臓以外に、命や神力の維持装置を持っているパターンは多い。
「そそ、壊されたら死んじゃうから、天使にとっては魂より大事。メロウはさ、自分で攻撃しに来ないでしょ? 何なら姿も見せない」
「確かに……、まだ本体、見てないね。攻撃もアモルやクピドを使って、俺を乗っ取りに来た」
「自分は安全な場所に隠れて、手下に危ないコトやらせんの。クズでしょー! プライド高くて自己顕示欲強いくせに、臆病でクズなの最高!」
原作者が嬉々として語る。
どうやらクズキャラが好きらしい。
「じゃぁ、今はどこに隠してんの?」
「さぁ? 知らない」
カロンは天使の頭を掴んで、グワングワンと振り回した。
「知らないって、なんだ。原作者だろ。何で大事なトコ知らないんだよ。アドバイスくれんじゃねぇのかよ」
「やめて、やめて! ぐらぐらするって! 普通に、わかんないよ。この世界、私が造った物語と全然違ってるわけだし、同じ展開になるとは限らないじゃん! まだメロウと対峙するカロンとリリム、書いてないもん!」
カロンは頭をグルグルする手を止めた。
リリムのキャラ設定で出版社と揉めているから、物語が書き進んでいないと、さっき話していた。
「言われてみれば、そっか。現時点で、夢野先生が隠したい場所にあるとは、限らないのか。じゃぁさ、夢野先生だったらさ、今の状況ならどこに天使の核を隠す?」
曲がりなりにも原作者だ。
この人の発想から生まれた世界である以上、参考になるはずだ。
「私だったら? そうだなぁ。順当に考えるなら、神界に置いておくのが安全だけど、それじゃつまらないから、そろそろ大天使メロウの謀反が神界にバレて、ライト教の他の神が不審がり智天使とか座天使とか地位の高い天使に糾弾させるイベント書くよね」
原作者がめちゃめちゃ早口でいっぱい喋った。
全然噛まないのは凄いと思った。
「てことは、夢野先生的には、メロウが、そろそろ追い詰められる展開ってコト?」
「リリムも魔王になったし、物語は終盤じゃん? 私なら、メロウをじわじわ追い詰めるよね。クズはクズらしく、最後は悲惨な末路を辿るからいいんだよ。ゴミクズを処分するなら、すっきりした気分を味わいたいじゃん?」
原作者が、うっとりと語る。
「つまり、夢野先生はメロウをゴミクズのように処分するつもりだと?」
「そのために作ったキャラだからね。メロウに関しては塵も残さず無に帰す勢いで、主人公パーティに退治させたいねぇ。それくらい最低なクズであってほしい」
クズを語る時の原作者はとても楽しそうだ。
実際に相対するカロンとしては、しんどい展開だ。
「きっとメロウは、他の神や天使に処分されるのを恐れて、自分の核を人の中に隠すよ。絶対に殺せない人間にね」
「殺せない、人間?」
天使がカロンの腹を指さした。
「天使の核や魂はね、人の体の中に入ると、取り出すのが大変なんだ。人間そのものが天使の一部になるから。それこそ、人間を殺さないと取り出せない」
ドキリとして、血の気が下がった。
「天使の卵、みたいだね……」
ルカの中に仕込まれていた卵は、孵化すると強制的に天使になると、アンドラスが話していた。
心も体も乗っ取られて、別の生き物にされてしまうような恐怖を感じる。
「天使の卵と似てるよね。卵を仕込めば人間を新しい天使にできちゃうし、核や魂を仕込めば自分の器にできるし。人間て、神や天使や悪魔に利用される生き物だからさ」
さらりと恐ろしい発言をされた。
「メロウが狙いそうな、殺せない人間て、誰? 夢野先生なら、誰にする?」
あまり聞きたくないが、聞かないといけない。
カロンはごくりと息を飲み込んだ。
「この世界なら、リリムかな。『魔実』で冥界の魔王であるリリムなら、簡単には殺せない」
一番、聞きたくなかった名前が飛び出した。
『魅惑の果実』を読み込んでいる陽向には、夢野迷路の好みが何となくわかる。
今の展開なら、大天使メロウはリリムを選ぶと、陽向も思う。
「やっぱり、リリムなんだ」
簡単には殺せないが、『魔実』であり冥界の魔王になったリリムを殺す大義名分が、人の側には多くある。
対立構図は簡単にできる。リリムが簡単にカロンの敵になる。
(これじゃ、リリムがラスボス確定みたいだ。天使に乗っ取られたら、本当に闇堕ちしちゃう)
相手が天使だから光堕ちというべきなんだろうか。
リリム夜神が目標にしていた立ち位置が確立しようとしている。
「メロウが神界に糾弾されて対立するなら、魔王ってちょうどいい立場だよね。虫食いが巣食っている以上、世界を消滅させようとするだろうけど、女神アメリアは今、竜の中で冥界にいる。リリムならアメリアを簡単に殺せるからね」
メロウにとって都合が良い条件が、リリムには揃い過ぎている。
「でも一番の理由は、主人公パーティが皆、リリムが好きだからかな。カロンたちにリリムは殺せないでしょ。最終的に、泣きながらリリムを殺す決断をする主人公パーティに、萌える」
楽しそうに語る天使の胸倉を、カロンは思わず掴み上げた。
「物語なら、面白いかもだけど。この世界じゃ、全然、楽しくねぇよ」
自分たちが生きるリアルな世界で、リリムが夜神利睦の状況では、何も楽しくない。
沸々と怒りが込み上げる。
「物語ってさぁ、絶対無理な状況を、考え及ばないような一手で覆すから、面白いんだよ」
原作者が穏やかな声で、物書きのような言葉を吐いた。
胸倉を掴むカロンの頭を、優しく撫でた。
「クズが死ぬとスカッとするけどさ。基本は生かすほうが、良い物語になるよね」
カロンは、ゆっくり顔を上げた。
「一思いに殺すなんて優しい方法で終わらせるの、クズに対して親切すぎじゃん。死ぬより辛い生き地獄を味わわせてやったほうが、罰を与えた感あって満足するじゃん。殺すなら、その後だよ」
天使が黒い顔で笑った。
良い人かもと思った気持ちが、秒で掻き消えた。
「今のリリムは、クズでも悪役でもねぇけど。先生なら、生かすの? それとも、主人公に殺させる?」
カロンの手に力が入る。
「リリムは死にキャラじゃなくて、クズキャラだよ。殺す前提で作ったキャラじゃないし、死なせないでってお願いしたじゃん。本当なら、ヘタレクズのまま無様に生きていてい欲しいんだけどね。この世界のリリムが格好良すぎて反吐が出るよ」
原作者が苦々しく吐き捨てた。
夜神版リリムは、どうにも原作者の意に沿わないらしい。
「でも、いなくなっちゃうと困るキャラなんだよ。私はクズリリムを愛してるしね。メロウがリリムの中に天使の核を隠しても、カロンが助けるでしょ? そうしてもらわないと、困るよ」
カロンはゆっくりと、胸倉を掴んだ手を離した。
「でも、一回くらいは、泣きながらリリムを殺す決意をしてほしいかな。見せ場的に」
明るい声で提案されて、握った拳で殴りそうになった。
「まぁさ、だからこそ、メロウがリリムの中に天使の核を仕込んだら、その時点で詰みなワケ。メロウが詰まないためには、大事なアイテムをもう一つ、他の誰かに隠すしかない」
天使が天使らしからぬ悪い顔をした。
ちょっとだけアンドラスに似ていると思った。
「もう一つ? って、何?」
「さっきも話した、自分の魂。自我と言い換えることもできる。メロウそのものだよ」
「メロウそのもの……。アモルがルカにしたみたいな、乗っ取りとか憑依みたいな?」
頭と体を乗っ取る手段は天使のデフォなんだろうか。
やり方がエゲつない。
「そんな感じ。メロウは臆病故に周到で、計算高いキャラだからね。天使の核も魂も、仕込まれた本人すら気が付かないように隠してるはずだよ。最終的に核を持っているリリムを乗っ取るために、魂はリリムが拒否れない相手に隠して、タイミングを見て本体の人間を乗っ取るんじゃない?」
恐ろしすぎて、血の気が下がる。
「それって、俺の可能性もあるよね?」
カロンはもう二回も天使に狙われている。
可能性は一番高い。
「そうだねぇ。天使の核をリリムに隠すなら、魂はカロンに隠すかなぁ。私がメロウを書くなら、そう書くね。この世界のリリムなら、カロンを助けるために、自分がメロウの魂まで受け入れそう。そうなったら、魔王で大天使のメロウが完成だね」
「大天使の魔王とか、最強すぎて勝てる気がしねぇ」
最早、何者なのかわからないが、ラスボス感は半端ない。
「メロウの思惑通りにさせないためには、天使の核と魂を一人の人間の体に収めないコト。核だけの段階で壊すのが望ましい」
天使が、軟膏を指さした。
「虫食いは天使の核に巣食っているはずだから、軟膏を使って体の外に出せれば、人間も死なない」
「そうなんだ。もし、一人の人間に核と魂が収まっちゃったら、どうしたらいいの?」
「その人間を殺すしかないけど、メロウが自分から出てくるよう仕向けるとか、人間の側が吐き出すとか?」
「そんなこと、出来んの?」
天使が考える顔をした。
「出来るかできないかは、本人次第かなぁ。何となく、これ以上アドバイスしたら、面白くない気がしてきた」
「今更、何言ってんの? こっちは本気で命かかってるんだけど?」
文字を連ねる物語と一緒にしてもらっては困る。
一歩間違えば死ぬかもしれないのだから。
「だってさ、実際、メロウがリリムに天使の核を隠すかなんて、わからないよ。私の話でカロンの思考が固定されるのは、良くない気もするし」
「それは、そうかもだけど」
物語からかなり外れた世界だから、原作者のアドバイスもあくまで参考程度ではあるが。
何もわからないよりは、ずっとマシだ。
「たとえばさ、普通に異世界転生とかした場合、未来の参考になる物語なんかないわけだし、普通に生きてたって、見たことない未来に向かって自分で選択するワケじゃん」
普通の異世界転移がもうよくわからないが。
原作がある世界に転生したのだから、その辺りは転生得点的に先を知りたい。
「そんな真っ当なご意見を言われても、困るよ」
「まぁまぁ、私が書いた主人公カロンなら、乗り切れるって」
「適当すぎるだろ! そもそも俺は転生したカロンであって、先生が書いたカロンじゃないよ!」
「この世界が望んだカロン、女神アメリアが必要としたカロンだね」
天使が、カロンの頭を撫でた。
「自信持ちなって。カロンはこの世界に呼ばれたカロンだし、私の主人公像ともかけ離れていないんだからさ」
「でも俺、どう動くのが正解か、わかんないよ」
どうすればリリムを救えるのか、冥界から取り戻せるのか、わからない。
「そんなん、皆そう思って生きてるわけだけど、そうだね。カロンは主人公だから、こうしたいって思ったようにしたら、いいんじゃないの? 世界がカロンについてくる。それが主人公だよ」
カロンの頭を撫でていた天使の姿が透け始めた。
「おっと、時間切れだ。したかった話は、とりあえずできたよ。『魅惑の果実』を守ってね。私のカロン」
天使が悠長に手を振っている。
本当はまだまだ聞きたい話があるが、仕方ない。
「続き、書いてね。俺はもう『魅惑の果実』、読めねぇけど、最後までちゃんと書いてね!」
「勿論、書くよ。その為にも、この世界の面白い展開、期待してるね」
原作者天使が消えた。
いつの間にか、寮の自分の部屋の、ベッドの上に座っていた。
「世界がカロンについてくる……」
カロンは手の中の軟膏を見詰めた。
大それた台詞でも、原作者の言葉となると、胸に沁み込む。
「この世界は、俺が守るんだ」
この世界に来て初めて、カロンの中に主人公的な気持ちが芽生えた。




