50. 虫食い
「てか、助けに来たって、言ったよね? 誰が呼んでくれたの?」
そういえば、大事な部分を聞き忘れていた。
きっと利睦や陽向を呼んだように、誰かが原作者を異世界召喚してくれたんだろう。
「女神アメリアだけど? 何か今、竜に封印されてんでしょ? 冥界の魔王になったリリムがスパに入れてくれて、ちょっと力が戻ったらしいよ。竜も案外、悪くないとか言ってたけど」
「冥界にスパって……。何してるの、リリム。つか、女神様も、そんな感じかぁ」
小説の中では登場回数が少なかったせいか、神々しさを感じていたが。
話を聞くに、女神様も緩そうだ。
「女神の封印て、面白いよね。このネタ、使おうかな。大天使メロウが悪役は決まってる設定だし、追加要素として良き良き」
原作者が嬉しそうに頷いた。
「原作がアナザーワールドに寄せるんだ?」
「あんまりかけ離れると、本当に世界、壊れそうだしねぇ。この世界は原作と同じではないけど、私の発想から遠く離れちゃってるわけではないよ」
「そうなんだ。腹黒レアンも爽やか兄さんのカデルも、夢野先生の許容範囲内なワケ?」
さっきは結構なショックを受けた顔をしていたように見えたが。
「許容範囲っていうか、カデルとフェリムに関しては、初期設定だよ。物語を作る過程でキャラ変したの。キャラ同士の性格のバランスとるのにね。だからまぁ、許せなくもない」
「そういうのも、あるんだね」
物語を造るというのも大変なんだなと思った。
「レアンに関しては、コミカライズ版で一回くらい闇堕ちさせてもいいかなって、ちらっと考えてたけど、本当に書こうと思ってたわけじゃないし、通常モードで腹黒じゃないから、ちょっと複雑」
「レアンが闇堕ちか。あんまりしてほしくないな」
原作の純白王子ならともかく、この世界のレアンが闇堕ちしたら、元に戻せない気がする。
何より、最強すぎて倒せる気がしない。
「この世界のレアンが闇堕ちしたら、リリム以上に世界壊しそうだもんねぇ」
原作者がカラカラと笑った。
楽しそうに笑われても、カロン的には笑えない。
「まぁね、この世界はアナザーワールドで、私が書いた『魅惑の果実』と全く同じではないけどさ。そういうズレは空想世界から独立した世界には、よくある話らしい。沢山の読者に支持されていないと、別世界にはならないらしいから、私としては一先ず満足だよ。原作は原作で、そのままあるワケだしね」
原作者が納得した顔で頷いた。
本人が納得できればいいのだろうが。
「夢野先生の物語のテイストから大きく外れないのなら、原作をある程度参考にできるし、俺的にも助かるけど」
物語の展開は既に、陽向が知る『魅惑の果実』ではないから、少し不安だが。
「それでね、ここからが大事な話。これも、空想世界から独立した世界には、よくある話らしいんだけど、虫食いっていうのが発生すると、世界が壊れるんだってさ」
「虫食い? てか、大事な話するの、遅くね?」
ここまで、原作者の愚痴と世間話しか聞いていない気がする。
「私だって、多少は愚痴りたいよ。自分が書いた話が変わりまくってたら、原作者としてはショックだよ。妥協して納得しているだけだから」
「そうだよね。ごめん」
天使が天使らしからぬ顔で、クワッとなったので、素直に謝った。
「原作を一話配信の頃から読んでくれているファンに会ったら、話したくもなるじゃん」
「そういってもらえると、ちょっと嬉しい。俺も原作者の夢野先生に会えて、嬉しいよ」
そういえば、大好きな小説の原作者に会っているのだった。
信じられない事態連発で、普段なら感動するはずの出会いに感動するのを忘れていた。
天使がカロンをぎゅっと抱いた。
「マジ救い、マジ癒し。第一読者で主人公のカロン、可愛くて良かった。口悪いけど、許す」
小説の中のカロンは、可愛い男の子だ。
話し方は、陽向とは違うかもしれない。
「俺も夢野先生が書いたカロンとは、かけ離れた主人公だろうね」
「そうでもないよ。いわゆる普通の男の子のつもりで書いたから、イメージ通りだよ」
「あ、そう……」
喜んでいいのか悲しんでいいのか、複雑だ。
「それで、虫食いの話ね。紙の本とかさ、古いと虫が食って文字が読めなくなる、あれと同じなんだけど。アナザーワールドに虫食いが発生すると世界を喰い潰して、世界が破綻し、消滅する」
天使が急に真面目な顔になった。
「文字を喰って、ストーリーが消えるから? 全部、なくなるってコト?」
それはまるで、リリムが教えてくれた大天使メロウの目的である「ゼロより前に戻す」状態に似ていると思った。
「そういうこと。だから、こういうアナザーワールドには虫食いを理解して排除する存在が必ず一人はいるんだって。この世界だとその役割が、女神アメリアらしい」
「え? もしかして、だから異世界召喚とか異世界転生とかがあんの?」
異世界から人なり魂なりを呼ぶという発想は、この世界以外が存在するという認識がなければ成り立たない。
異世界から呼ばれた勇者は須らく、この世界を救うために活躍を強いられる。それが異世界転移や召喚系小説の定番だ。
「そうかもねぇ。その辺は、私にはよくわからんけど。アメリアのほうが詳しそうだね」
それはそうかと思った。
その辺は原作者が作ったルールではなく、万物の世界のルールっぽい。
「虫食いのせいで世界が消滅すると、私の頭の中からも『魅惑の果実』が消えるらしい。それは絶対に嫌だからね。虫食いを潰すために、協力するために来たわけ」
「じゃぁ、俺やリリムも、虫食いを潰すために呼ばれたの?」
利睦はアメリアに「世界の歪みを正すため」に呼んだと言われたらしいが。
「最初は歪みだけだと思ったから、二人は歪み補正要員らしいよ。虫食いが発生した世界は原作者が異世界転移や転生するパターンが多いらしいけど、定員オーバーらしい。だから私は助言しに来ただけ。二人が虫食いを排除して歪みを補正するんだよ。この世界のキャラたちと一緒にね」
「一緒に虫食いと戦ってくれないんだ。夢野先生がいたら、無敵じゃん」
書いた本人が虫食いを排除してくれたほうが、どう考えてもスムーズだ。
「定員オーバーだから、どうしようもないよねぇ。それに無敵ではないよ。あまりにも私が書いた世界とかけ離れていたら、自分で世界、壊しそうだもん」
原作者の顔に闇が降りた。
「うん、俺、リリムと皆と協力して頑張るから、助言だけちょうだい」
カロンは即座に考えを切り替えた。
「そんなわけで、定員オーバーだから、長居はできないの。キャラ一人と一回、話せる時間だけって言われてるんだ。だから、主人公カロンにハーレム状態を味わわせてあげました」
「は?」
「いや、だからさ、本当なら『五感の護り』全員を虜にしてハーレムで取り合いされるのが、カロンなのにさ。リリムに三人も持っていかれてるの、ムカつくじゃん」
原作者がまた、けっと吐き捨てた。
カロンは、天使の肩をがっしり掴んだ。
「そうじゃねぇ、そうじゃないだろ。アンタがすべきは虫食いを倒すアイテムとか秘儀とか俺に伝授する、そういう役割だろ。自分で助言しに来たって言ったよな? 愚痴ったりハーレムみせたり、遊び過ぎじゃねぇの?」
全く楽しめないハーレム体験だった。
時間と能力の無駄使いだ。
「そりゃ、遊びたいよぉ。自分が書いた小説のアナザーワールド、堪能したいよぉ」
「時間、ないんだよな? 大事な話を先にしようぜ、原作者!」
カロンは天使の肩を、ゆさゆさと揺らした。
「仕方ないなぁ。虫食いはメロウに巣食ってるからね。倒す方法は、アモルやクピドと同じ。圧倒的な闇の力か、光と闇の合わせ技。後者の方が威力が高いから、オススメ。だけど、それだけじゃ、ダメ。虫食いを潰すアイテムは、コレ」
天使が、小瓶を取り出した。
ハンドクリームや軟膏が入っていそうな手のひらサイズの瓶だ。
「虫食いっていうのはね、世界の外側から世界を壊そうと侵入してくる侵略者《害虫》。世界の内側の生き物が呼んだ転移者や転生者とは違う。カロンやリリムとは違う、招かれざる異物ってワケ」
原作者の顔が、ぐっと曇った。
「世界を壊したいメロウに虫食いが巣食うのは理解できるけどね。私の世界の中ボスに勝手に寄生するとか、本当はこの手で縊り殺したいけど、できないからさ。なるべく苦しめて殺してね」
恐ろしい言葉と共に、小瓶を手渡された。
そもそもこの世界が嫌いで壊したいと思っている中ボスに、世界を消滅させたい虫食いが寄生したら最恐だろうなと思った。
「これ、どうやって使うの?」
原作者がニヤリと笑った。
とても得意げな顔だ。
「手に塗って魔力を高める。アンド殺虫防虫効果がある、虫殺し軟膏だよ。軟膏を塗って魔力を使えば、もれなく虫が死にます」
「殺虫剤、手に塗るの?」
寒気が走って、小瓶を摘まむように持ち替えた。
「いやいや、魔力を高める軟膏だから。虫食いを殺すアイテムって原作者しか作り出せないんだって。形はどんなものでもいいらしいけど、中ボス相手なら魔力増強系がいいっしょ」
「そうだけど……」
ポーション的なものとか、アイテム的なものが良かったなと思う。
「他の世界だと、シナリオを書き替える羽ペンとか、結界を守る魔晶石とか、飲んでもなくならない媚薬とか、あるらしいよ」
「なんかどれも格好良いね。参考にしなかったの?」
カロンの手に渡されたのが軟膏である現実に、若干の落胆が否めない。
「ウチはウチ! 余所は余所! カロンとリリムは、魔力増強殺虫効果の軟膏!」
ちょっと強めに怒られた。解せない。
「使わせていただきます」
仕方ないので素直に受け取った。
良しといわんばかりに原作者が頷いた。
「例えばだけど、メロウを殺さずに虫食いを退治して、アメリア様を解放する方法は、あんの?」
「ないよ、そんなの。虫は潰すの必須らしいし、中ボスは倒さないと面白くないじゃん」
物語的には完膚なきまでに倒すのが面白いんだろう。
自分が読者なら、きっとそう感じる。
「じゃぁ……さ。冥界の魔王になったリリムを倒したら、どうなんの?」
リリム夜神が、陽向が望む展開のために自ら倒されたら。
止められなかったら、どうなるのだろう。
天使がカロンの腕をむんずと掴んだ。
力が強すぎて、びくりと手が震えた。
「倒してもいいけど、殺さないで。この世界で予定外にリリムが死んだら、物語からリリムが消える。リリムは死にキャラじゃないから。只のクズキャラだから。たとえ全く望んでない原作にない認めたくない格好良いリリムでも、殺さないで」
見開かれた目が必死過ぎて、カロンは無言で何度も頷いた。
原作者が、どれだけクズリリムを愛しているか、改めて感じた。
「そっか。リリムは、ここで死ぬ予定じゃないってことだ」
その事実はカロンにとって希望だ。
この話をすれば、リリム夜神は無駄に死に走ったりしないはずだ。
「色々参考になったよ、ありがと。夢野先生」
カロンをぼんやり眺めていた天使が、ニコリと笑んだ。
「うん、良かった。ちょっとでも主人公と話せて、私も楽しかったよ」
「俺は、本物のカロンじゃないけどね」
夢野迷路がメロウと名乗っていた頃から書いているカロンは、純朴で真っ直ぐで一生懸命で、いつも頑張っている、応援したくなるような少年だ。
キャラブレに心が折れそうになったり、天使に矢を射られて操られたり、リリムに置いて行かれて二日も引きこもって泣いたりしない。
「いいや、君で良かったよ。君みたいに原作を愛してくれている第一読者がカロンになってくれて、良かった」
ちょっと照れ臭い気持ちになった。
変わった人だが、原作者にそういってもらえるのは、やっぱり特別だ。




