41. 正しい展開【LY】→
結局、昨日はフェリムを見付けられなかった。
今日、見付けられなければ、学院に報告しようとレアンが話していた。
一先ず今日は朝一で、剣技の練習場に集合する手筈になっている。
リリムが練習場に着いた時には、全員が揃っていた。
時間より早くに来たはずだが、皆、早いなと思った。
それだけフェリムを心配しているのだろう。
「すまない、出遅れたようだ」
リリムの声を聴いて、背を向けて立っていたレアンが振り返った。
「リリム? 何故、君がここに?」
「何故って、今日は皆でフェリムを探そうと、昨日話し合ったはずだが」
レアンが怪訝な顔をした。
歩み寄ったリリムから距離を取って、腕の中にカロンを庇った。
「俺たちは確かにフェリムを探すが、お前を呼んだ覚えはねぇぜ」
カデルがレアンとカロンを庇うように前に出た。
顔が険しい。
「呼んでもいないのに来るとか、何か魂胆があるんじゃないの? カロンに何かする気? それともフェリムを攫ったのも、リリムとか?」
ルカが、リリムを睨みつける。
「フェリムに続き、カロンにまで何かしようというなら、見過ごせないよ」
シェーンがカデルに並んで、レアンとカロンを庇った。
どうにも、皆の様子がおかしい。
(冷たいというより、警戒されている感じだ。初めてこの世界に来た日のような)
あの頃に戻った。下手をしたら、今のほうが冷たい。
「リリム、カロンの胸、見てみなよ。恋の矢が刺さってる」
リリムの肩から顔だけ出して、ラスが耳打ちした。
レアンに庇われるカロンの胸を凝視する。
白い光の矢が、確かに刺さっている。
「小天使クピドの襲撃を受けたのか。まさか、全員?」
「いいや。『五感の護り』個々人に小天使の攻撃は通じない。不完全なカロンに矢を射かけてカロンを操って、『五感の護り』に伝播させたんだろうね。相変わらずやり方が姑息~」
ラスが小馬鹿にするように笑った。
「恋の矢は、恋心を操るんじゃないのか?」
「そうだよ。さしずめカロンに、大天使メロウを愛せ、とか命じたんじゃないの? 愛と忠誠心は表裏というか、ほとんど同義でしょ」
それは乱暴な解釈だと思うが、納得できる。
「どうすれば、元に戻る?」
「カロンの矢を消すしかないねぇ。リリムが魔力を流し込めば、消せると思うけど」
「今は、難しそうだな」
カロンを胸に抱くレアンと、その周囲を包囲する三人を搔い潜って、という訳にはいかなそうだ。
「すまない、僕の勘違いだったようだ。失礼する」
ここはいったん引くことにして、リリムは背を向けた。
レアンに抱かれるカロンの目が真っ黒で、まるで意思のない人形に見えた。
後ろ髪を引かれながら、練習場を離れた。
「さて、どうしたものか」
歩きながら、考えた。
小天使クピドはフェリムに憑いていると思っていた。
まさか、このタイミングでカロンに手を出してくるとは予測しなかった。
「カロンがメロウを愛しているんだとしたら、もう立派なお人形だねぇ。『神実』と『五感の護り』は大天使メロウの下僕だ」
「ということは、竜やラス、僕を殺しに来るか」
はた、と思い付いた。
(これは、物語の正しい展開じゃないのか?)
本来なら、カロンとリリムは対立構図だ。
かまってちゃん悪役令息リリムは、闇堕ちして悪魔側につく。
それを主人公パーティが討ち取る。
最終話がまだ配信になっていないが、カロン神木の予測とあわせれば、そんな感じだ。
「流れが正しく戻った。だけど、女神様はまだ幽閉されているし、世界は歪んでいるのか?」
段々わからなくなってきた。
目の前にふわりと、白い羽が一枚、舞い降りた。
見上げると、天使が一人、浮かんでいた。
「やぁ、リリム……」
リリムは無言で矢を射かけた。
避けるので何度も連続で射かける。
「ちょっと! やめてってば! 危ないなぁ。挨拶も無しに攻撃とか、常識なさ過ぎじゃない?」
天使が空から下りて、目の前に立った。
「僕の仲間に、先んじて攻撃を仕掛けたのは、お前だ。常識をとやかく言われる筋合いはない」
リリムは、また矢を射かけた。
「あのねぇ! 言葉の使い方、間違ってるから! カロンはお前の仲間じゃない。リリムとカロンは敵対するはずでしょ! 仲良しごっこされても、萎えるんだよ!」
クピドが器用に避けながら、必死に話す。
「僕が本来あるべき関係に戻してあげたの。リリムは悪役になりたいんだよねぇ。これで心置きなく悪役、やれるでしょ」
リリムは矢を射る手を止めた。
「何故、お前がそんな話を知っているんだ」
この話はアメリアやラス、カロンにしかしていない。
「カロンの心の中なら覗き放題だよ。あの子は今、僕を疑わない忠実なお人形だから。堕とすのも簡単だったよ。本当、単純な馬鹿って可愛いよねぇ」
ニタリと笑んだクピドの顔が醜くて、吐き気がした。
「カロンはリリムをラスボス? 悪役にしないために頑張ってたみたいだけどぉ。そういう努力はもう必要ない。レアンや他の『五感の護り』に愛されて、幸せに浸ってる。それがカロンの本来あるべき姿だよ」
リリムは、息を飲んだ。
(ラスボスにしないために? この世界で僕が悪役になる状況を、本当のカロンは……、陽向は望んでいなかったのか。でもそれじゃ、陽向が好きな物語は破綻する)
陽向が好きなこの物語を守りたかった。
だから、世界の歪みが戻ったら、正しい悪役になって討ち取られるつもりでいた。
(僕が側に居る状況は物語から外れるのに、それでも陽向は、望んでくれるのだろうか)
確認したくても、今のカロンには聞けない。
「愛って素敵だよねぇ。幸せだと、疑う気持ちなんか生まれない。カロンはずーっと愛される幸せに浸って、メロウ様の命令を聞いていれば、それで幸せなんだよ」
「幸せ? 今の状態が?」
自分の意志ではなく、他者に心を操作されて感じる気持ちが幸せと呼べるのか。
否、リリム夜神的には有り得ない。
「そうだよ。だって今が正しい流れなんだから。本来あるべき状態なんだから」
「だとしたら、歪んだ世界のほうが正しいと感じるな」
皆がそれぞれに自由に本人のままでいるほうが、はるかに正しい。
「はぁ? 歪みの原因が、偉そうに言うなよ。この世界を歪ませた原因は、リリムだよ」
クピドが苦々しく吐き捨てた。
「僕が? 僕が、努力して『魔実』を覚醒させたからか?」
「それだけじゃない。リリムという存在が、害なんだ。自由に動かせないだけじゃなくて、邪魔をする。メロウ様を苦しませる要因。お前が善人でも悪人でも、目障りなの」
つまりメロウにとっては、リリムそのものが忌むべき存在なんだろうか。
「なら、リリムなんてキャラ、作らなければ良かっただろう。メロウは原作者なのだろう?」
クピドの表情が曇った。
「原作者? が何か、知らないけどさぁ。お前、こういう世界の常識、知らないワケ? そういうの、知ってても話しちゃダメって、カロンは考えてたみたいだけど」
「そうなのか。それは失礼した。お前はカロンの心を覗き見て知ったんだな。世界の外側から来た生物ではないのか」
「外側って意味わかんない。お前やカロンみたいな存在? 二人とも、中途半端に色々知ってて、面倒くさいし厄介だよ。特にリリムって、スペック高いからカロンより扱いづらい。だから文句ばっかり言われるんだよ」
「文句? 誰に?」
クピドが、リリムに向かって、べぇっと舌を出した。
「これ以上は教えない。だけど、メロウ様はお前が大嫌いになった、とだけ教えとく」
「わかった。僕も好きになれそうにないから、お互い様だ」
クピドの顔に、怒りが顕わになった。
「ああもう! お前にも、やってもらうことがあるんだよ。のんびり話してる場合じゃないの!」
「話し始めたのは、そっちなのに」
ぼそりと呟いたら、クピドがもっと怒った。
「フェリムが今、どこに居るか、知りたくないワケ? 助けたくないワケ?」
「知りたい。どこに居る? どこに隠した?」
前のめりになったリリムに、クピドが醜悪に笑んだ。
「居る場所に案内してあげるからさぁ、一緒に来てよ。お前じゃなきゃ、開けられない場所にいるよ」
「僕じゃないと? 闇魔術師じゃないと、という意味か? それとも、『魔実』じゃないとダメなのか?」
クピドが得意げに顎を上げてリリムを見下した。
「そんな場所、一か所しかないだろ? 竜穴の中で、ぐっすり寝てるよ」
リリムの血の気が、一気に引いた。




