表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/75

4. カデルと剣の稽古

 次の日から、リリム夜神の悪役令息修行が始まった。


 リリムが在籍しているレーヴァティン魔法学院は、国が管理運営する特別機関だ。

 魔法や剣技の指導に加え、礼儀作法など貴族としての嗜みも教育する。

 基本は貴族の子息子女が試験を受けて入学するが、才があると認められれば平民から入学する者も珍しくない。

 間口を広く設けている理由は、この学院の真の存在意義が『五感の護り』を選び見付ける場所だからだ。


 数十年、数百年に一人、現れると言われる神の実である『神実(かみ)』は、神が造った奇跡の果実と呼ばれる。存在するだけで豊穣と平和を約束する。


『神実』を見付けられるのは『五感の護り』と呼ばれる、選ばれた五人の守護者だ。『五感の護り』は『神実』を見付け出し、守護するために存在する。

『神実』と『五感の護り』が接触することで、双方が覚醒する場合が多い。


 国の宝である『神実』を探し出すために、『五感の護り』候補を鍛え、育てる。その為の教育機関が、レーヴァティン魔法学院である。


 国営で王族も通う格式高い学院は、入学できるだけでも誉とされる。

『五感の護り』に選ばれなくても、レーヴァティン魔法学院を卒業すれば、その後の人生が保証されるとまで言われる名門校だ。


 というのが、ネット小説『魅惑の果実』に描かれていた魔法学院の設定だった。


(リリムも入学できたのだから、ポテンシャルはあるはずだ。性根が怠け者なだけだ)


 ヴァンベルム家は伯爵家で、闇魔術師筆頭の家格だから、多少の裏金は動いたかもしれないが。


(そうだとしても、リリムの実力は、僕がこれからアップすればいい)


 などと考えながら、リリム夜神は準備運動に勤しんだ。

 今日はこれから、カデルに剣技を習う予定だ。

 そのための準備運動を始めていた。


「本当に続けるんだな、リリム」


 剣を持って練習場に来たカデルが感心した顔をする。

 ラジオ体操をするリリムを半信半疑の顔で眺めた。


「まだ一週間だ。継続にしても、始めたばかりだ」


 ラジオ体操の動きを止めずに答える。


「いや、充分だろ。毎日、俺より早く来て始めているくらいだ。正直、一日でやめると思ってたぜ。お前、本当にリリムか? いくら記憶がないとは言っても、変り過ぎて、同じ人間な気がしない」


 仰る通り別人です、とは言えない。


「疑う気持ちは、僕にもわかる。皆の反応から察するに、以前までの僕とは、きっと別人、……のようだろうから。しかし僕は、努力すると決めた」


 純然たる至高の悪役令息になるためには、どんなに努力しても足りない。


(主人公カロン=ラインは史上最高の『神実』という設定だ。今からの努力では遅いくらいだ)


 最強の主人公に釣り合うラスボスになるには、リリムは強く、賢くなければならない。それが夜神が理想とするボスキャラだ。


「そうか。打ちどころが悪かったかと冷や冷やしたが、かえって良かったかもな!」


 カデルが、カラカラと笑う。

 彼のさっぱりした性格は、助かるなと思った。


「それより、毎回やってるそのダンスは、なんなんだ?」


 カデルが不思議そうに指をさす。

 リリムはラジオ体操をしながら答えた。


「ラジオ体操……、準備運動だ。全身運動だから、筋肉がほぐれる。練習前にやっておくと、無駄な怪我もしないし、体の動きもいい」


 ラジオ体操をうまく伝えるのが面倒だったので、必要性だけ話した。


「面白そうだ。俺にも教えろよ」

「そうだな。カデルも、やっておいたほうがいい。もう一度、最初からやろう」

「途中からでも、いいぞ?」

「いいや、そういうやり方は良くない。やるからには、最初からだ」


 剣を置いたカデルの前に立つ。


「足を肩幅に開いて、両手を開いて腕を伸ばす運動! はい! いち、に!」


 リリムの動きを確認しながら、カデルがラジオ体操を始めた。


「全身を使うし、確かに筋肉がほぐれるな」

「そうだろう。ラジオ……、準備運動で体がほぐれたら、腹筋と腕立て、反復横跳びもする」

「反復……? なんだって?」

「やりながら教える。まずは、体操だ」


 きっちりきっちり体操するリリムを眺めながら、カデルが吹き出した。


「やっぱり別人だな。以前のリリムじゃ考えられねぇ。お前にも、こういう生真面目な質があったんだな。意外過ぎだが、嫌いじゃねぇ」


 カデルが可笑しそうに笑った。

 その笑顔は昨日までと違って、好意的に感じた。


 カデルを始めとする皆のリリムへの嫌悪は、理解できる。

 小説を読んでいるから、『魅惑の果実』の中のリリムがどれだけ傲慢で怠惰な人物かも知っている。

 確かに、別人の変わり様だろう。


(本来ならば、小説の中のリリムの性格に合わせるべきなのかもしれないが)


 それでは、夜神が理想とする悪役令息にはなれない。


(皆には、小説の中のリリムは忘れてもらおう。リリム=ヴァンベルムは、僕が理想とする悪役令息に作り替える)


 自分の行動が『魅惑の果実』という小説の内容に、どんな変化を与えるか。なんてことは、この時のリリム夜神には興味がなかったし、些末な末事だった。


(主人公カロン=ラインが入学してくるのは、約一カ月後。それまでに、彼を追い詰めるに値する至高の悪役を完成させなくては)


 至高の正義に釣り合う、至高の悪役になる。

 リリム夜神の目標であり、興味はその一点だった。


「さて、運動も終わったし、剣技を始めるか」


 ラジオ体操、腕立て腹筋、反復横跳びまで終えたリリムとカデルは、剣を持った。

 リリムは剣を左手に持ち、カデルに礼をした。


「今日も、よろしくお願いします」

「お、おぅ。こちらこそ」


 毎回同じ挨拶をするのに、カデルは毎回同じように面食らった顔をする。

 リリムとカデルは剣を構えた。


「いい感じに隙のねぇ構えが出来るようになったな」

「カデルに褒められると嬉しいが、まだまだだ。しかし今日は、カデルのほうが隙がある」


 真っ直ぐに構えたまま、カデルに向かい、飛び込む。

 リリムの剣を、カデルが受け止めた。


「いいねぇ、その反応! 今のリリムとの打ち合いは、楽しいぜ!」

「僕もだ。ワクワクする」

「その顔でワクワクしてんのか、鉄面皮だぜ。もっと顔に感情出しやがれ!」


 大きく振りかぶった剣を避けて、カデルに打ち込む。

 カデルに指導を受けてから、この世界に来て始めて握った剣が、楽しくなっていた。

 カデルが楽しそうに剣を振るうので、余計に楽しくなった。


「もっと打ち込んでいいぜ! 遠慮すんな!」

「遠慮なんかしたら、カデルに勝てない。僕は、勝ちに行く!」


 振りかざした剣を受け止めるカデルの顔が、高揚して笑った。

 リリム夜神の心も興奮していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ