3. 至高の悪役令息になるために【LY】→
時は遡り、夜神がリリムに転生した直後。
リリムの発言に蒼褪めた五人に質問攻めにされた。
結果、「頭を打って記憶を失ったらしい」というベタな説明で、何とか納得してくれた。
剣技の相手をしていたカデルが大層、慌てていた。
「責任は取る! 何でも言付けろ! 俺だって曲がりなりにも王族だ。二言はない!」
大変潔く頭を下げた。
筋肉質で体躯が大きいカデル=ファクタミリアは、ミレニア王国第二王子だ。小説の中では、特にリリムを毛嫌いしていた。
戦士らしいあっさりとした性格をしているから、ねちっこい性格のリリムとは合わないんだろう。
「何でも……」
ぽつりと呟いて、夜神は考えた。
(僕が転生したのが魅惑の果実の物語のリリムなら、今のリリムは中途半端に性格が悪いだけのかまってちゃん。僕が最も忌む悪役だ)
悪役令息であり、最後に闇堕ちしてラスボスになるという美味しいポジションなのに、キャラとして半端で、勿体ない。
(『魅惑の果実』はファンタジーとして充分、面白い話なのに、悪役のリリムだけが物足りないと思っていた。だったらリリムに転生した僕が、理想のリリムになればいいのではないだろうか)
転生を果たした今なら、理想通りの完璧なリリムを自分で作れる。
この状況は大変、好ましい。
「リリム、どうしたの? まだ、ぼんやりしてる?」
シェーンが心配そうに声をかけた。
悪役令息リリムは、普通に皆に嫌われているが、魔法属性が近いシェーンだけは本音を隠してリリムに気を遣ってくれる。
「いや、頭は、もう大丈夫だ。心配してくれて、ありがとう」
「え……、リリム、今、なんて……」
シェーンが驚愕の表情でリリムを見詰めた。
確か、シェーン=ルドニシアは、王族である三兄弟の従兄弟だ。穏やかで優しい性格の優男風だが属性である風魔法は国内随一という強キャラ、だったと思う。
「ねぇ、やっぱり打ちどころ、悪かったんじゃないの? リリムがシェーンに御礼を言うとか、有り得ないよ」
ルカが揶揄うというより本気で驚いている。
可愛い系男子、ミレニア王国第三皇子であるルカ=ファクタミリアが失礼な言葉を吐いた。可愛い顔で毒を吐くのが、彼の魅力だ。
しかし、ルカのリリムへの評価は、小説世界なら当然だろう。
他者が自分に気を遣うのは当然、失礼な相手は父親の権力でねじ伏せ潰すのが、リリム流だ。
ヴァンベルム家は伯爵家で闇属性筆頭の家柄だから、国政にも関与する。流石、悪役令息といった家柄だ。
「ルカ皇子の仰る通りです。強く頭を打ったんですよ。普通じゃない。急ぎ、王立病院への搬送の手配をしましょう」
顔を蒼くして部屋を出ようとしたのは、フェリム=アートライト。
父親が政務官を務める侯爵家の次男だ。学院の英知とか呼ばれるほどの博識だった気がする。
「まぁまぁ、みんな落ち着いて。リリムだってお礼を言う時くらいあるよ」
レアンがフェリムをやんわりと止めた。
ミレニア王国第一皇子レアン=ファクタミリア。どんな時も冷静沈着、物腰柔らかな王子様は、眉目秀麗、色彩兼備な完璧王子だ。
(小説の設定通りだ。顔も然ることながら、立ち振る舞いの総てが王族の気品だな)
感心しながらレアンを眺める。
レアンがリリムを振り返った。
「とりあえず、いつものように、カデルにお詫びを命令してくれるかい? そうでもしないと、皆も落ち着かないだろうからね」
いつものようにお詫びを命令、というのもパンチがある台詞だ。しかし、レアンの言葉には納得だ。
小説の中のリリムは高飛車で、少しでも気に入らなければ、言いがかりをつけて相手を平伏そうとする。
カデルとの稽古で頭を打つ怪我を負ったリリムが文句を言わないはずはない。
(この場で何も要らないというのは、不安を煽るだけか)
後々、父親を通して文句を言われると憶測させるだけだろう。
夜神は少し考えて、頷いた。
「ならば僕に、剣の指南を付けてくれないだろうか? 今より扱えるようになりたい」
緊張した面持ちをしていたカデルが、ポカンと口を開けた。
他の皆も、絶句している。
あのレアンまで、言葉を失くしていた。
(僕が思い描く悪役令息、ひいては闇堕ちラスボスになるためには、今のリリムでは軟弱だ。完璧な悪役になるために、心技体を鍛えなくては)
『五感の護り』と、主人公である『神実』の実力に見合うだけの強い悪役に、リリムを育てる。
夜神は異世界での自分の役割を決めた。
「本気か? 本気で言っているのか?」
カデルが信じられない生き物を見る目を向ける。
仕方ないと思うが、少し面倒だ。
(魔法も剣も、リリムは真面に学んでいない様子だったからな。顔が良いのをいいことに女と遊んでばかりだった。皆の反応は納得だ)
しかし、今のキャラ設定のままでは、夜神が理想とする悪役令息は完成しない。
(そのためには、努力と鍛錬。知識と教養も大事だ。インテリジェンスな悪役こそ、『神実』と『五感の護り』に相応しい)
夜神は顔を上げると、フェリムとシェーンに目を向けた。
「知識を深めたいから、フェリムに勉強を学びたい。礼儀作法を見直したいから、シェーンにも協力して欲しいのだが」
フェリムとシェーンが、びくりと肩を震わせて後退った。
流石にそこまで拒絶しなくても、と思う。
「魔法も今より高めたい。いや、この際、基礎から学び直したいが、僕は闇属性だから……」
この中に病む属性はいない。
『五感の護り』は全員が、光属性と自然属性だ。
「なら魔法は、私が指南しようか?」
レアンが名乗りを上げてくれた。
「いいのか? けど、レアンは光属性だ。僕は闇属性だけど、いいのか?」
確か、小説の中に、光属性は闇属性を忌む傾向があったはずだ。傾向として光属性や光に近い自然属性が多い王家と闇属性筆頭のヴァンベルム家は、そういう意味でも相容れない。
リリムの言葉に、レアンが驚いた顔をした。だが、すぐに微笑んだ。
「そんなものはないよ。やる気になったリリムと一緒に学ぶのも、楽しそうだからね」
「ありがとう、レアン。実は記憶と同じで、魔法についても、あまり良く覚えていないんだ。だから基礎から、お願いできるか?」
という設定で、押し通すことにした。
小説を読んでしか知らないこの世界の魔法を覚えるには、基礎から学ばなければならない。
「リリムが望むなら、喜んで。ともに学んでいこう」
レアンがリリムの手を握った。
この世界に来て初めて感じた人の温もりに、安心した。
そのせいか、少し顔が緩んだ。
「ひっ……」
リリムの顔を見たシェーンが何故か、悲鳴を上げた。
不思議に思い、首を傾げる。
レアンが可笑しそうに笑った。
「リリムが素直に微笑む顔なんて、初めて見たから驚いたよ」
レアンの言葉はきっと、全員の代弁なのだろうと思った。
かくしてリリム夜神は、異世界転生して早々に『五感の護り』となる予定のレギュラーキャラたちに馴染んだのであった。