27. 窮屈なランチ①
高圧的な恋敵認定を受けた後、レアンは普通にカロンに学院内と寮内の案内をしてくれた。
カロンを気に入ったという発言は嘘ではなかったらしい。
昨日の馬車の中や、部屋に迎えに来た時より態度が砕けて柔らかくなった。
(本当なら最推しと仲良くなれて嬉しいとか、ときめくとこなんだろうけど。安心感のほうが強い)
立場だけでなく性格的にも、レアンに嫌われるのは文字通り死に繋がりそうだ。
そういう腹黒な怖さがある。
(脇キャラとしては最高だけど、メインヒーローではないよな)
フェリムもそうだが、レアンも中々のキャラブレ具合だ。
他のキャラがどれだけブレているのか、逆に楽しみになってきた。
「ここはカフェテリア。テラス席と、奥に個室もあって予約すれば使える。メニューも豊富だ。寮にも食堂があるけど、夕食時も学院のカフェを使えるから、利用する学生も多いよ」
「本当だ。美味しそうなメニューばっかり」
メニューボードを見せながら、レアンが説明してくれた。
寮から、学院の講堂、教室、魔法訓練室、職員室などを巡って、やっとカフェまで来た。
小説には登場しない施設も多かったから、説明は有難い。
「ちょうど、お昼の時間だね。一緒に食事を、どうだい?」
「いいの?」
「案内はカフェで最後だから、ちょうどいいだろう。カロンには、聞きたい話も沢山あるからね。個室に行こうか?」
耳元で囁かれて怖気が走った。
昨日のリリムとの話を聞かれても、何も話せない。
カロンは必死に誤魔化す方法を考えた。
レアンがメニューボードを指さした。
「食べたいメニューに魔力を籠めて指先を近づける。注文はこれで終了だ。寮の食堂も同じシステムだよ」
「へぇ……。さすが魔法学院って感じだね」
レアンが何事もなかったように説明を続けるから、なるべく普通に返事した。
食事の注文も魔力を使う辺り、日頃からの鍛錬なのか、この世界ではそれが普通なのか。
(カロンは『神実』で特待生扱いだから、学費や寮費と併せて食費も免除なんだよな)
値段を気にせず食べていいなら、この世界ならではの食べ物を食べてみたい。
メニューとにらめっこしていたら、視界の端に黒い影が見えた。
カデルと一緒にリリムがカフェに入って来たようだった。
「よぅ! カロン、レアン」
気さくに手を上げて、カデルが声を掛けてくれた。
「カデル、リリ……」
リリムが、とんでもないスピードでいなくなった。
速すぎて残像だけ黒く残った感じだ。
(え……? 何アレ、魔法? 漫画だったら絶対、シュン! とか、ビュン! とか効果音が付いてる動きだよ)
思わず呆けた。
「やぁ、カデル。剣技の練習は終わりかい?」
声を掛けたレアンにカデルが歩み寄った。
「今日もいい汗かいたぜ。最近はリリムの剣筋が良くなってきたから、うっかりすると俺もあぶねぇ。気が抜けねぇよ。なぁ、リリム。あれ? リリム?」
カデルが不思議そうにリリムの姿を探している。
「リリムなら、凄い速さで、どこかに行っちゃったよ」
「いつの間に消えたんだ? 気が付かなかったな」
「面白い動きだったよ。最近のリリムは俊敏だね」
怪訝な顔をするカデルとは裏腹に、レアンが笑っている。
どうやらレアンは気が付いていたらしい。
(もしかして、避けられたのかな。俺が? レアンが?)
ちらりとレアンを見上げたら、笑みを返された。
その笑顔の意味が、解らない。
「あ! カロンだ!」
後ろから、ルカとシェーンがやって来た。
「レアンに案内してもらっていたの? 学院は広いから、覚えるのも大変だよね」
シェーンが優しく声を掛けてくれた。
(ルカとシェーンは小説の中でも一緒にいるシーン、多かったけど。この世界でも同じなんだ)
魔法属性が風と土の二人は相性が良い。
いつも二人でアフタヌーンティを楽しんでいるイメージだ。
「ねぇ、カロン。一緒にお昼、食べよ」
ルカが、カロンの腕を引く。
「でも、今からレアンと……」
答えられないにしても、何かは話しておかないと、永遠に聞かれそうだ。
「構わないよ、皆で一緒に食事しようか。歓談しながら昼食を取れば、カロンも馴染めるだろうからね」
レアンが優しく微笑む。
その表情は小説に出てくる純白な完璧王子レアンそのものだ。
(でも俺は知っている。この世界のレアンの腹黒さを。もう只の優しい笑顔だとは思えない)
小説の中のレアンの笑顔とは、含む意味が違う。
改めて、ここが異世界なんだと思い知った。
(とりあえずレアンが良いって言うんだし、いっか。夜神くん……じゃなくて、リリムに相談して、対策を考えよう)
一先ずこの場を凌げればいい、と思ったが。
その考えが甘かったと、すぐに思い知った。
「カロンは昨日、リリムと何を話していたの?」
食事を始めてすぐ、シェーンが本題を遠慮なく振ってきた。
何も考えていないような顔だが、絶対にそれはない。
(ルドニシア家は王族の護衛で間諜。シェーンのほうがレアンの百倍、腹黒いはず。きっとあの、のほほーんとした表情にも裏がある)
ヴァンベルム家の御目付役でもあるから、リリムに関わる事柄は把握しておきたいはずだ。
加えて、シェーンもリリムが大好きなようだから、レアンと同じ意図の探りでもあるんだろう。
レアンのせいで、キャラたちの表情を素直に受け取れない心境が、すっかり整った。
(純粋な心で異世界を楽しめなくなっている、俺……。俺の純粋な心、戻ってきて)
何も疑わずに、皆に愛される主人公でいたかった。
(無条件のハーレムって、そうそうできるもんじゃねぇよな。異世界も結局は世知辛い)
心の中で泣きながら、カロン神木は必死に言い訳を考えた。
「……リリムに、内緒って、言われているので、内緒です」
考えあぐねた結果、これしか浮かばなかった。
(リリムが悪役令息なら脅されたで納得してもらえるけど。今のリリム夜神じゃ無理だよな。他人を脅迫なんか絶対にしねぇもん)
空気が変わったような気がして、カロンは皆を見回した。
「内緒……? 今のリリムが?」
「内緒の内容を全部話して、だから内緒だ、とかいうリリムが?」
カデルの反応とルカの説明は、間違いなくリリム夜神だ。
「えっと……、リリムに聞いてもらえれば、そうなるかもしれないけど。俺は内緒って言われたから、約束を守りたいかなって」
レアンとシェーンが納得したような顔をした。
「なるほどね。これはリリムから聞き出すしかないよ、シェーン」
レアンが楽しそうな視線をシェーンに向けた。
「カロンは私たちのライバルだから、きっと話してはくれないよ」
「なっ……!」
レアンの目が今度はカロンに向く。




