25. 新展開追加
リリム夜神の話を一通り聞いたカロン神木は、項垂れていた。
「もうさ、違う話だね、それ」
「そうなんだ」
リリム夜神にあっさり肯定されて、カロン神木の心は荒んだ。
「どういうことなの、ねぇ! 俺が転生したのって『魅惑の果実』じゃないの? 敵は悪魔から大天使に変更だし、最推しは主人公と恋愛しねぇし!」
最推し皇子は悪役令息である友人に思いっきり恋している。
しかも、その事実に当の本人は気が付いていない。
「カロンとレアンの恋愛は、問題ないんじゃないか? 物語は始まったばかりだ。敵が変わっても関係ない」
最強の恋敵が、何を言うのかと思う。
リリム夜神が、そっと視線を外した。
「僕は、なるべく邪魔しないようにするから。できれば僕の見ていない場所で、その……、色々してくれ」
夜神の顔に、カロン神木の心がときめく。
(本来ならレアンに、ときめくはずなのに。こっちに来てから俺、夜神くんにばっかりドキドキしてる)
こういう反応をする夜神に期待する自分がいる。
(夜神くんと恋愛できるなら、転生なんかしなくて良かったのに。元の世界で、普通の高校生のままで、一緒にいたかったよ)
あのまま、二人で『魅惑の果実』の感想や予想を言い合う時間のほうが楽しかった。
(だってこの世界、ガチで命が危険じゃん! カロンとリリムは危険不可避じゃん!)
普通の高校生でしかない神木には、辛い世界だ。
「ねぇ、夜神くん。元の世界に帰る方法、探してみない?」
「そんな方法あるのか?」
リリム夜神が、とても意外な顔をしている。
その可能性には想い至らなかったらしい。
「わかんないけど。異世界転生ものって、元の世界の体は死んでる設定が主だけど。時々、戻る方法を探すために魔王と戦ったりもするし、あるかもしれないと思って」
今のところ、先に転生したリリム夜神はそういった話を誰からも聞いていないようなので、この世界に戻るシステムがあるかは、わからない。
「そうか、うん。探してみよう」
リリム夜神が前向きに検討した。
「神木が言うなら、あるかもしれない。二人で帰れるなら、それがいい」
そういって微笑む夜神がイケメンすぎて、胸キュンが止まらなかった。
「うん……。それまでは、俺も頑張るからさ」
そういう期限付きでもないと頑張れそうにない。
リリム夜神がカロンの手を握った。
「大丈夫だ。僕は、この小説世界が元の、正常な状態に戻るまで、カロンの味方だ。今日までしてきた努力もこれからの努力も、カロンを守るためだ。僕が守るから、安心していい」
手を握って、間近でそんな風に言われたら、ドキドキが暴走する。
「だから、正常な世界に戻ったら、ラスボスになった僕を倒してくれ。その為にカロン神木も、鍛錬だ」
「うわぁん! そうなるよね、夜神くんだもんね!」
ときめいた気持が一気に冷めた。
(これはもう、この世界が正常に戻る前に元の世界に戻る方法を探すしかない。夜神くんをラスボスにする前に、戻るんだ)
カロン神木の目標が決まった。
(とはいえ、俺たちの転生は世界の歪みを正すため。転生というか召喚に近いよな)
狂ってしまった世界を元に戻す。
女神アメリアはそう説明したと、リリム夜神は話した。
(世界の歪みが正せれば、帰れる可能性は高い。女神様と話せる機会があったら、聞いてみるか)
小説の中で、カロンは神託という形で女神アメリアと話している。
「女神様とは今は、話せないんだよね。悪魔を介して話すしかないんだっけ?」
「そうなんだ。アンドラスは僕の従魔になってくれるらしいけど、いつ来るんだろう」
「ラスボス級の悪魔を従魔って、チートが過ぎるよ、夜神くん」
この世界でのリリム夜神のステータスの高さには脱帽だ。
「にしても、大天使メロウなんて、原作に出てきてないよなぁ」
ここまで、多くのキャラブレを目の当たりにしてきたが、小説世界にいなかったキャラが出てきた経緯はない。
(でも、なんか引っ掛かる。どこかで見たような気も……)
頭の中に『魅惑の果実』の世界を広げる。
「コミカライズ化が決まって、小説とは違う独自展開を追加するって、何かに書いてあった気がするけど」
「漫画版の新キャラだろうか?」
「んー、新展開があるならキャラ追加、ありそうだけど。そこまでは発表になってなかったなぁ」
もっと身近で、いつも見ていた名前のような気がする。
「ぁ……!」
思い付いた可能性に、びくりと震えた。
「思い出した、メロウって名前。原作者の名前だ」
「原作者? 『魅惑の果実』の作者の名前は夢野迷路じゃないのか?」
「その前の、まだ全然、読者とか少なかった頃の名前だよ。改名しているんだ」
カロンの心臓が、ドクドクと嫌な音を立てた。
「この世界を消す、とか。ゼロより前に戻す、とか。引っ掛かってたんだ。だって、ここは小説の世界だから」
「原作者が総て削除したら、全部消えて、ゼロより前に戻る……」
カロン神木とリリム夜神は顔を見合わせた。
お互いにきっと、蒼白な顔をしている。
「でも、一度生み出した世界は文字を消そうと、消えないんじゃないのか?」
生み出された世界が具現化されたとしたら、その世界は作者の手を離れて存在し続けるのかもしれない。
そういう設定のラノベも読んだことがある。
「だから、小説世界の中で消滅させようとしてるのかも。キャラを動かして、キャラたちにこの世界を消させようと」
リリム夜神が、唇を噛んだ。
「それは、あまりにも無責任じゃないか? この世界には既に多くの人間や神や悪魔が生きて、住んでいるんだ。生み出した作者だけの世界じゃなくなっている」
夜神の怒りは、もっともだ。
転生して、キャラではなく人間の彼等に少しでも触れれば、それはもう現実だ。
カロン神木より一月早く、この世界に転生したリリム夜神が感情移入するのは当然だ。
「でも、コミカライズ化までする人気作品なのに、今更消すなんてこと、する必要ないよなぁ」
むしろ消すわけにはいかないだろう。
小説だけじゃなく漫画になれば、それだけ多くの人間の手を介する。
大人の事情的に、余計に消せないだろうと思う。
「コミカライズ化するからじゃないのか? 新設定が追加になるんだろう? 旧設定は切り捨てて、新しい展開だけを残す、とか」
「……それだ! それかもしれない」
カロン神木は、ぽんと手を打った。
「コミカライズはまだ企画段階で、新展開を読者は知らない。つまり、元々あった小説世界に、新展開が追加されてる真っ最中なんだ。だから世界が歪んでいるんだよ」
リリム夜神が納得の顔をした。
「加筆修正中、という状態か」
カロンは頷いた。
「なら、僕たちが好きに動いて構わないな」
「へ? でも、展開の加筆をしているんだろうし……」
「その新展開を、僕たちが作っても構わないだろう」
さすが夜神というべき発想だ。
ラノベを知らない分、発想が自由だ。
「原作者を倒して、作品がどうなるかわからないが、僕らや元々の住人たちが普通に生きてさえいれば、この世界は続くだろう?」
「まぁ、ラノベだとそういう話が多いよね。作品が世界になってる場合って、作者の手を離れて独立している場合がほとんどだと思う」
リリム夜神がカロン神木の手を握った。
「僕らで新展開を作ろう。新しい話は、『神実』と『魔実』が『五感の護り』と共に大天使メロウを堕天させる話だ」
リリム夜神の話を聞いて、それこそがコミカライズ版の独自展開なんじゃないかと思った。
(考えてみたら、リリムの『魔実』も女神の幽閉も、新展開だもんな。俺ら、もう既に新展開の上に乗っかってるのかも)
とはいえ、リリム夜神が言う通り、コミカライズ版の展開を神木たちは知らない。
「そうだね。新しい展開、俺たちは知らないんだから、好きに動いていいよね」
「たった一月だけど、この世界に転生して、色々な人と知り合って、親切にしてもらった。僕は、この世界を守りたいと思う。消えてほしくないと、思う」
夜神が、ぽそりと零した。
(夜神くんなら、そう思うよね。だから夜神くんは、ラスボスになっても主人公を倒すんじゃなくて、自分が倒されようとするんだ)
華麗に、美しい悪として倒されて、この世界を守る。
本人はそんな風には、考えていないんだろうが。
「俺も一緒に、頑張るよ。夜神くんを倒さなくていいなら、頑張る。新展開だけど、基本が『魅惑の果実』なのは変わらないんだし、物語を知ってる俺らになら出来ること、きっとあるよ」
まだ転生して三日、主要メンバーには今日会ったばかりのカロン神木には、リリム夜神ほどの感情移入はまだない。
好きな小説の好きなキャラたち程度の認識だ。
(でも、夜神くんがそう願うなら、力になりたい。俺だってこの小説、好きだし。夜神くんに『魅惑の果実』を勧めたの、俺だし)
リリム夜神が握った手に力を籠めた。
「神木が来てくれて、心強い。僕の知らない情報や考えを教えてくれる。神木がいてくれると、安心する」
頼りにしてもらえるのは、単純に嬉しい。
ちょっと照れた気持ちになった。
握った手を、リリムが自分の頬に、すりっとした。
ドキッとして、固まった。
その仕草がやけに艶っぽくて、ドキドキしながら見惚れた。
「大天使を討ちとるという悪の所業に手を染めれば、リリムの悪役令息にも箔が付く。ラスボスに大きく近づくな」
リリム夜神が嬉しそうに語った。
「そこは、やっぱり、夜神くんだね……」
折角のときめきが、またどこかに消えた。
(絶対の絶対に、原作展開に戻る前に元の世界に戻る方法、見付けよう)
密かに決意を新たにするカロン神木だった。