23. 溺愛が過ぎる
カロンはされるがまま、リリムに抱かれていた。
(体、熱い。キスされた項も、触れる指も全部、ゾワゾワする)
体がビクビクと震える。息が上がる。
「神……、カロン、キスして」
囁かれて、耳を疑った。
現実世界の夜神だったら、絶対に言わない台詞だ。
「僕の頬に口付けて。それで『神実』の覚醒が完璧になる」
リリムの説明で、ちょっと納得した。
おねだりされたキスは、儀式的に必要らしい。
(それなら、わかるけど。それでも夜神くんは、そんな風には言わない。リリムに転生して、変わっちゃったのかな)
何とか体を起こして、頬に口付ける。
リリムの頬も熱かった。
「これで、いい?」
見下ろしたリリムの顔が、笑んでいた。
その顔がとても嬉しそうに見えて、心臓が驚くほど震えた。
(夜神くん、滅多に笑わないのに。今までだって、こんなに嬉しそうに笑ったことなかった。俺が頬にキスして、嬉しいの? 頬にキス……)
誰に対してだって、キスなんかしたことがない。
ドキドキが止まらない。
(初めてレアンに会った時だって、こんなにドキドキしなかったんですけど! 何で俺、夜神くんに、こんなにドキドキしてんの)
腕を引かれて、体がリリムの上に倒れ込んだ。
「カロンにしてもらうキスは、思った以上に嬉しい」
耳元にリリムの吐息が掛かる。
くすぐったくて、ゾワゾワした。
リリムの指が、カロンの唇をなぞった。
「僕もお返し、したくなる」
「なに、いってんの? 変だよ……」
いつもの夜神なら、絶対に言わない。
こんな風に甘い声で、甘い言葉を、イケメンフェイスで言ったりしない。
「僕も、そう思う。嬉しくて、浮かれているみたいだ」
体を抱かれて、ずっと唇を撫でられて、変な気持ちになってくる。
「カロンの覚醒は、整ったかな? もう離れても平気だね」
レアンがカロンの体をリリムから引き剥がした。
ベッドから降ろされて、ストンと立ち上がった。
「リリム、やっと起きてくれた。私の顔が見えるかい?」
「あぁ、見える。レアンだ。僕は、眠っていたんだろうか」
レアンが、リリムに馬乗りになる勢いでベッドに乗った。
顔を近づけて、リリムの唇を何度もなぞっている。
「三日も起きなかったんだよ。本当に心配したんだからね」
シェーンがレアンを退けながら、リリムに声を掛けた。
退けようと試みているが、レアンは頑として動かない。
「そんなに時間が経っていたのか。心配をかけて、すまない。何か迷惑をかけていないだろうか」
そんなシェーンに目を向けながら、リリム夜神が問う。
「心配をしただけだよ。迷惑などない。起きてくれて本当に良かった」
レアンがリリムの額や頬に口付けている。
剥がそうとするシェーンの下で、フェリムがリリムの手を握っていた。
「今のリリムのまま起きてくれて良かったです。ダメなリリムに戻らなくて、良かったです」
「フェリム、泣かないでくれ。僕は、大丈夫だから」
リリムに頭を撫でられて、フェリムが嬉しそうに笑んだ。
一連の光景を、カロン神木は呆然と眺めていた。
(わかっていたけど、思っていた以上だ。誑し込みが酷い。夜神くん、一体何したの?)
「初めて見ると驚くよな。アイツらみんな、リリムが大好きなんだ」
カデルが苦笑しながらカロンに声を掛けた。
「前のダメなリリムに戻らなくて良かったよ。気を失うたびにハラハラするぜ」
カデルの困った顔は、本気で安堵している顔だ。
リリムに引っ付いている三人ほどじゃなくても、カデルもリリムに好印象なんだろう。
「本当にって感じだよ。前のリリムに戻ってたら、レアンとシェーンに、どうにかしてもらうトコだったよね」
ルカが、カロンと同じように遠巻きにリリムを眺めている。
どうやらカデルとルカは、そこまでではないらしい。
ルカがカロンの腕を掴んで顔を近づけた。
匂いを嗅ぐような仕草をしている。
「ねぇ、カロンも良い匂いするね。リリムと同じだ。『神実』だから?」
「いや、そんな風に言われたのは、初めて……」
そこまで言って、思い至った。
(ルカは『五感の護り』:鼻だから、匂いで俺を感じるんだ。まだ覚醒してないはずだけど……。してない、よな?)
もう誰が覚醒して誰がしていないのか、わからない。
反対の隣に立っていたカデルが、カロンの肌を撫でた。
「匂いより、障り心地が良さそうだ。肌とか髪とか、触れたくなる」
カデルがうっとりとカロンの髪を梳いた。
すぐに気が付いた顔をして、手を離した。
「いや、悪ぃ。会ったばかりの奴にこんなことされたら、気持ち悪ぃよな。名乗ってすらいねぇのに。俺はカデル=ファクタミリア、戦士だが魔法も使う。属性は火だ。気軽にカデルって呼んでくれよ」
「はい、カデル。よろしく、お願いします」
差し出された手を握る。
カデルが強く握って、腕を引いた。
「ぁっ……」
勢いが強くて、思わずカデルの胸に倒れ込んだ。
「悪ぃ、強すぎた。……でも、カロンは、心地いいな」
カデルの太い腕で抱きしめられて、思わずキュンとした。
「あー、カデル狡いよ。僕もカロンを、ぎゅってしてみたい。もっと良い匂いしそう。あ、僕はルカ=ファクタミリアだよ。魔術師、属性は土ね。敬語とか要らないから。僕とも気さくに話してよ」
「ん、よろし、く!」
後ろからルカに抱きしめられた。
(お、王族に挟まれた。カデルは『五感の護り』:肌だから触れるのわかるけど、何でルカまで)
身動きが取れなくて、困る。
もごもごしていたら、腕を掴まれた。
(今度は、誰……。へ? 夜神くん?)
レアンたちを退けて起き上がったのだろうか。
リリムがカロンの腕を掴んでいた。
「二人だけで、話がしたい。良いだろうか?」
「え? うん……」
リリム夜神が皆を振り返った。
「そんなわけで僕はカロンと大事な話があるから、カロンの部屋に行く」
言い終えぬうちにカロンの腕を引いて歩き出した。
「待って、リリム……様」
「リリムで良い。敬語も要らない」
言いながら、部屋を出てしまった。
ちらりと振り返ったら、皆が呆然としていた。
カロンを眺めるレアンの視線が怖かった。