21. ヒロイン・リリム
表情を改めたレアンが、無害な笑顔をカロンに向けた。
「それで、私からカロンにお願いがあるのだけど。リリムに会ってみてもらえないだろうか?」
「俺が、ですか?」
「カロンが接触すれば、何か変化があるかもしれない」
怖くて、ビクビクする。
さっきのレアンの目が怖かったのもあるが、それ以上にリリムが怖い。
(小説の中じゃ、リリムはカロンのこと、めちゃめちゃ虐めるし。それだけでも怖いのに、この世界のリリムって多分、俺が知ってるリリムじゃない。関わっていいのかも、正直、わかんない)
とはいえ、レアンの有無を言わさぬ笑みが、連れて行くと告げている。
疑問形でありながら、ただの事実確認だ。
カロン神木には「連行する」と聞こえた。
「カロンはまだ『神実』として覚醒できていない。『五感の護り』や『魔実』との接触は、カロンのためにもなると思うんだよ」
カロン神木は息を飲んだ。
(俺ってまだ『神実』として覚醒してないの? そっか、目のレアンの覚醒をリリムが既にしちゃったから、か。カロンと触れ合ってまでお互いに覚醒する必要がなかったんだ)
既に覚醒していたレアンは目の能力でカロンの中の『神実』を見付けた。それだけだったのだろう。
何となく感じていた体の違和感は、間違っていなかったらしい。
だとしたら、今のレアンの言葉は何とも正当なご意見だ。抗う余地がない。
「わかりました……」
冒頭から物語の展開と違い過ぎる状況では、何が正解か、わからない。
カロンができる答えは、一択だった。
〇●〇●〇
学長への挨拶を終えると、レアンが寮に向かって足早に歩き出した。
「学院内と寮の案内は、追って行おう。まずは私と来てほしい」
その行動に逆らう気は、もうなかった。
挨拶した学長にまで「リリム=ヴァンベルムを目覚めさせてほしい」と懇願されたからだ。
リリムが闇魔術師筆頭の家柄であるヴァンベルム家の嫡男というのも大きいだろう。だが、それ以上にリリムが『魔実』である事実が学長を焦らせていたようだ。
「リリムが『魔実』である事実は、ずっと伏せていたんだ。カロンが見付かったから、同時に報告したんだよ。報告からリリムはずっと眠り続けているから、学長も慌てているのだろうね」
この世界において、『魔実』は『神実』同様に貴重な果実らしい。だとしたら、焦りもするだろう。
ついでに、最近のリリムが勤勉で真面目な生徒に激変した事実も、会話の端々で理解できた。
リリムの激変は、ちょうど一月ほど前らしい。
カデルと剣の練習中に頭を打って気絶し、目を覚ましたリリムは別人のように変わっていた。と、レアンが学長室を出てから教えてくれた。
(なにか、予感がするぞ。俺の二次元脳が、何かを告げている。頭を打って気絶とか、入れ替わりの定番すぎて、ツッコむ気すら起きねぇぞ)
あり得ない事なら、もう既に起きている。
これ以上、有り得ないことがどれだけ起ころうと、有り得ないとは思わない。
レアンが寮の一室の扉を開けた。
見事に『五感の護り』候補が全員、揃っていた。
(うわぁ、皆、立ち絵の通りだ。格好良くて、ヤバい)
部屋の中のベッドの近くに、シェーン=ルドニシア、カデル=ファクタミリアが立っている。ベッドの足元にはルカ=ファクタミリアが腰掛けていた。
フェリム=アートライトが泣きそうな顔で、ベッドで眠る人物の手を握っている。
(そんで、あれがリリム=ヴァンベルムなんだろ。この世界の悪役令息は『五感の護り』全員に心配されちゃうキャラなわけだ)
フェリムに隠れて顔が見えない。
リリムの立ち絵も公開されていた。夜神にメッセで送ったが、既読は付かないままだった。
(夜神くん、リリムが気になるって言ってたもんな……)
「皆、リリムは、変わらずかい?」
「ずっと声を掛けているのに、全然、目を開けてくれません」
フェリムが目を潤ませている。
「今度は竜穴か。瘴気にでも中てられたのかねぇ」
心配そうな顔で、カデルが呟いた。
「あの時、瘴気は感じなかったよ。だけど、リリムが消えた後に何があったか、俺たちにはわからないから」
シェーンが後悔を顔に滲ませた。
カロンを探しに一緒に森に入ったらしいから、守れなかった罪悪感があるのだろう。
「シェーンとレアンが二人だけでリリムを連れ出したりするからだよ。前の嫌なリリムに戻ったら、二人のせいだからね。責任取ってよね」
ルカが不機嫌そうにシェーンとレアンを睨んだ。
「返す言葉もないな。私も、今のリリムのまま、目を覚ましてほしいよ」
レアンが辛そうに顔を歪めた。
(たとえ、俺のこと想ってないレアンでも、そういう顔はみたくないな)
ぼんやり、そんな風に思った。
「私は絶対に嫌です。折角、昔の格好良いリリムに戻ってくれたのに。私を友人と呼んでくれたのに、あのリリムがいなくなるなんて、絶対に嫌です!」
フェリムがリリムの手を強く握った。
「フェリム……、リリムを守れなくて、ごめんね」
「シェーンの馬鹿ぁ!」
慰めたシェーンにフェリムが怒鳴った。
(あれぇ? フェリムって、もっと淡々としたキャラじゃなかったっけ?)
冷たそうに見える博識な敬語キャラだった。印象が、かなり違う。
(いや……、もう今更、そういうのに驚くのやめよう。この世界はもう、俺が知っている『魅惑の果実』の世界じゃない)
カロン神木の順応性は、リリム夜神を上回る。
二次元慣れした脳が、やけに気持ちを冷静にした。
レアンがカロンを部屋の中に促した。
「近くに寄って、触れてみて欲しいんだ」
カロン神木は、レアンに向かって頷いた。
「皆、紹介しよう。彼は、カロン=ライン。私とシェーンがリリムと一緒に見付けた『神実』だ。まだ覚醒していないけど、彼が触れたら、リリムに変化があるかもしれない」
全員の視線がカロンに集まる。
圧に耐えかねて、身を縮こまらせた。
「さぁ、カロン」
レアンに背中を押されて、ベッドに近付く。
シェーンに腕を引かれて、フェリムが避けた。その瞬間、顔が見えた。
カロン神木は、立ち止まった。
(いや、待って、え……? これ、ただの夜神くんじゃん)
リリムの立ち絵は確かに見た。
その顔とは似ても似つかない。学校で見慣れた生徒会長の夜神がベッドに寝ている。
(いやいやいや、俺がカロンに転生してるくらいだからね。夜神くんがリリムに転生しててもおかしくないって思ったよ。思ったけど、顔まで、ただの夜神くんじゃん!)
見た目から夜神で、カロン神木はその場に崩れ落ちた。
(しかも、何、このベッドに寝かされてる感じ。どう見てもヒロイン待遇だよね。夜神くんは悪役令息に転生したんでしょ? 何してんの! 何されてんの?)
手を組んでベッドに寝かされ、フワフワの枕と可愛いぬいぐるみが頭の周りに沢山置いてある。可愛いしかないベッドと夜神にツッコミが止まらない。
「カロン、大丈夫かい? どうしたんだい?」
レアンがカロンに駆け寄る。
「いいえ。ちょっと知り合いに激似だったので、ビックリしただけです」
レアンに手を借りて立ち上がる。
ついさっきまでなら心ときめいただろうに、そういう気持ちは最早消えていた。
「あの、この人形たちは、何か意味があるのでしょうか?」
リリム夜神の枕元に置かれたぬいぐるみを指さす。
「少しでも早く目を覚ますようにと、まじないを籠めました。私の力作です」
フェリムが鼻息荒く教えてくれた。
やっぱりフェリムのキャラがブレるどころか激変している。
「そうですか……」
とりあえず、リリム夜神の趣味でなくて、良かったと思った。