表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/75

2. 実は穴に落ちてた【KK】

 ネット小説を読みながら歩いていたら、穴に落ちた。

 狭くて暗くて長いトンネルをひたすらに落ちる。


(なんで? どうなってんの? このトンネル、何⁉)


 あまりにも長く落ち続けていると、頭がおかしくなるらしい。

 不安と恐怖で気持ち悪くなった。


(まだ『魅惑の果実』の最終話、配信されてねぇのに。読めないで死ぬのか。夜神くんとも折角、友達になれたのに)


 生真面目で優等生なクラスメイト。

 生徒会長の彼は、学校内でも自分とは居場所が違う。

 仲良くなったりもしないと思っていた。


(でも夜神くんは俺のこと、キモがったり変な目で見たりしなかった)


 流れと勢いで勧めたネット小説を読んでくれた。

 配信の後は、あれが面白かったとか、物足りないとか、二人で話すのが楽しかった。


(BLの話できる友達、初めてだったのに。もう会えないんだ)


 ぎゅっと目を瞑ったら涙が上に流れた。


『神木はレアン推しなのか。なんというか、正義の味方っぽい王子様が好きなんだな。……僕? 特に推しは、いないけど。気になるのは、リリムかな。主人公周囲が強くて格好良い布陣なのに、悪役が物足りない。頑張ってほしい』


 大変、夜神っぽい意見だと思った。

 いつの間にか週二回の配信のあとは、放課後二人で会うようになった。

 小説の内容より、夜神と話せる時間が楽しみになっていた。


『神木は陽向(ひなた)って名前なのか。なんというか、(ぬく)くて良い名前だ』


 そういう何気ない会話も、出来るようになっていたのに。


(夜神くんの下の名前って、なんだったっけ。聞いた気がするのに、思い出せない。落ちすぎて気持ち悪くなってきた。やべ、意識飛びそう)


 意識を失ったら、このまま死ぬんだろう。

 こんなに長く落ちているのだから、下に着いたら結構な衝撃だ。


(せめて死んだら異世界転生して推しと幸せになれますように……)


 薄れゆく意識の中で、そんなことを考えた。


〇●〇●〇


 鳥の囀りが聞こえる。

 窓から差し込む光が顔を照らしているのがわかる。


(もう朝か。起きて支度しねぇと。今日、配信ねぇけど、声掛けたら夜神くん、付き合ってくれるかな)


 ぼんやりと目を開ける。

 見たことがない天井に違和感があった。

 ガッツリ目を開けて確認する。全く知らない部屋だった。


(え? ナニコレ、どゆこと? ここ誰の家? てか、日本?)


 レンガ造りの家にベッドが置かれ、窓の外には広大な自然が広がる。

 アルプスを彷彿とさせる大地だ。


 部屋の扉がノックされて、若い女性が入ってきた。


「カロン! 目が覚めたのね。良かった、本当に良かったわ」

「カロン……?」


 恐らく自分を呼んだのであろうその名には、覚えがある。


「昨日、森に入って魔物に襲われたのよ。覚えてないの?」


 無言で首を振った。

 開いたままになっている扉の前に、人が立っているのが見えた。


「目が覚めて良かった。怪我はしていないと思うけど、体は辛くないかい?」


 優しく声を掛けてくれた男性は屈んで身を低くすると、柔らかな笑顔を向けてくれた。


「レアン皇子殿下が偶然見つけて、助けてくださったのよ。その上、カロンを家まで運んでくださったの」


 レアン、という名に、心臓が驚くほど跳ねた。


「偶然ではないのですよ、カミュラ。私は『神実』の守人、五感の護り、(アイズ)です。この目が、守るべき世界の宝を見付けたのです」


 どくどくと、鼓動が大きく早くなる。

 カミュラが驚きの表情でレアンを見上げた。


「まさか、そんな……。カロンが『神実』だなんて」


 言葉を詰まらせながらも、カミュラが感動した表情をしている。

 その光景を、まるでドラマでも見るような気持で眺めた。


(これ、『魅惑の果実』の冒頭だ。カロンは木こりで、姉のカミュラと二人で暮らしてる)


 いつもの通り森で仕事をしていたカロンが突然、魔物に襲われる。

『神実』の気配を感じ取ったレアンが森に入り、魔物を退治してカロンを救う。その出会いでレアンは、『神実』を見付ける。

 カロンを『神実』と確信したレアンは、その事実を本人と姉に告げる。

 まさにそのシーンが目の前で再現されている。


(待って、俺、本当に異世界転生したの? しかも『魅惑の果実』の主人公になったの?)


 目の前の王子様をぼんやりと眺める。

 整った顔立ちも笑顔も、高い身長も、纏う雰囲気も、想像していたレアンそのものだ。


(このままだと、本当に推しと恋愛できてしまう。推しに守られてしまう。穴に落ちて良かった)


 小説の通りなら、主人公カロンは『神実』の番である(シード)を選ぶ。

 選んだ(シード)との間に子をもうけて、神から授かった特別な力を継承していく。

 カロンが選ぶ(シード)が、ミレニア王国第一皇子であるレアン=ファクタミリアだ。


「君は『五感の護り』が守るべき特別な存在、神に選ばれた『神実』だ。私と共に来ていただけますか?」


 片膝を付いて傅いたレアンが、カロンに手を差し伸べた。


(うわぁ! うわぁ! レアンが俺に手を差し出してる! この手、握っていいのかな。いいんだよな)


 プルプル震える手を、ゆっくり伸ばす。

 緊張する手をレアンが握り締めた。心臓がドキリと跳ねる。

 カロンを引き上げて、抱き寄せた。

 レアンの顔が近すぎて、思考が停止した。


「これから君は、誰よりも強い魔術を操り、民を守る特別になる。私たちと共に、学んでいこう」

「はい……」


 美顔が近すぎて、胸板が逞しすぎて、レアンの言葉が全然入ってこない。

 只々、この先の展開に期待しかない。

 それしか考えられなかった。



 神木陽向が主人公カロンに転生を果たしたのは、奇しくも夜神がリリムに転生した一か月後だった。

 二人が再開を果たすのは、このすぐ後になるのだが。


 リリムに転生した夜神が存在する『魅惑の果実』の変わり様に驚愕する羽目になろうとは、この時は思いもしなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ