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18. 女神アメリア

 ただフワフワと漂っているような心地よい感覚で、リリムは眠っていた。


『……リリム、聞こえますか、リリム』


 優しい声音がリリムを呼ぶ。


『起きてください、リリム。私の話を聞いてほしいのです』


 話を聞いてほしい。

 何か困っているのだろうか。

 ならば放っては置けない。

 生徒の悩み相談も、生徒会長の使命だ。


 目を開けたのか、起きたのかすらも、よくわからない。

 意識が浮上したのは、わかった。

 目の前に、美しい女性が見えるから、目は開けたんだろう。


『初めまして、リリム。『魔実』を内包する特別。この世界の歪みを正す、異世界の救世主』


 女性の言葉で、思い出した。

 自分は最近、別の世界に来て悪役令息になったのだった。


「貴女は、どちら様でしょうか? 僕はリリム=ヴァンベルム。救世主ではなく、悪役令息で闇堕ちラスボスです」


 正座して、ぺこりと頭を下げた。

 雲の中のような何もない空間に座っているから、正座の実感もあまりない。


『アンドラスに聞いた通りね。悪役に向いていないのに、悪役になりたいのね。私はそういうつもりで貴方を呼んだわけではないから、良かったわ』


 女性が可笑しそうに笑った。

 アンドラスは最近、声だけ聴いた悪魔の名前だ。


『私は女神アメリア。この国を守り豊かにするための愛の女神。カロンに『神実』を与えた女神よ』

「貴女が、女神様ですか」


 女神アメリアは小説にも登場する。

 世界を壊そうとするアンドラスを成敗するため、カロンに『神実』を与える女神だ。


「アンドラスと話をするのですか? 女神と悪魔は、仲が悪いのでは?」


 神と悪魔は敵対する存在ではないのだろうか。

 そもそも退治しようという相手と、易々と話したりするものだろうか。


『神も悪魔も、あんまり違いはないのよ。私は今、幽閉されて動けないの。アンドラスがいなければ、貴方とこんな風に話も出来なかったわ』

「幽閉……?」


 そんなエピソード、小説の中にあっただろうか。

 女神アメリアは、世界を滅亡させようとするアンドラスの悪行を止めるため『神実』の力をカロンに与える。

 主人公を補助する脇キャラだったし、神界と呼ばれる神の世界にいた気がする。


『私が幽閉されているせいで、『神実』は充分に力を発揮できない。だから、貴方に助けて欲しいのです。魔性の実である『魔実』を持つ、リリム=ヴァンベルム』

「助ける? 僕が?」


 そういえば、さっき聞こえた声も、そんなような話をしていた。


(いまいち、状況がよくわからない。わからないが、どうやらこの世界は、小説の展開からは大きく外れているようだ。それが、女神様や悪魔の言う歪み、なのだろうか)


 最初から薄々思ってはいた。

 リリムを始め、登場人物の性格設定や関係性が微妙に異なる。『魔実』という新設定まで追加されている。

 自分という異物が転生したせいだと思っていたが、そうではないらしい。


「何かのきっかけで狂った世界を元に戻すために、僕はこの世界に呼ばれたのだろうか」

『だから、そうだって言ってんじゃん!』


 聞いたことがある声が響いて、リリムは思慮する顔を上げた。

 目の前に変な生き物がいる。


「羽が生えた、犬?」


 サイズ感は小型犬だが、顔とか微妙に可愛くない。

 リリムは顔を顰めた。


『アンドラスだよ。フクロウの羽と目を持つ狼なの。初対面なのに失礼なこと考えている顔してるね、リリム』


 犬の顔が不服そうに歪む。

 表情があるのは、凄いなと思った。


「アンドラスはアメリア様の味方なのか? 最初に声を掛けてきた時、僕に世界を壊せとか、人を誘惑しろと話していなかったか?」


 確か、『魔実』の魅了で『五感の護り』を『神実』から奪えとか、言っていたはずだ。


『我は誰の味方でもないよ。世界を滅亡させて作り直したい野望は変わらない。でも、それどころじゃ、なくなっちゃったんだよね』


 アンドラスが迷惑そうな顔をする。


「それどころじゃない? 世界を滅亡させるより大事の悪事が、この世界にはあるのか?」


 滅亡したら終わるのだから、それよりさらに最悪の状況など、思い至らない。


『この世界を滅亡させるだけではなく、消滅させたい者が在るのです』


 アメリアが沈痛な面持ちをする。


「消滅……? 消して失くす、という意味ですか?」


 リリムの問いかけにアメリアが頷いた。


『何もかも、総てを無かった状態にする。ゼロより前に戻したい。そう考える者がいるの』

「ゼロより前に?」


 あまりにも何もなさ過ぎて、想像が追い付かない。


『ソイツが、我とアメリアの共通の敵ってワケ。だから一時的に協力してんの』

「協力……、女神と悪魔が?」

『世界がなくなったら、滅亡させて作り替えも出来ないじゃん。困るんだよね』

「あぁ、なるほど」


 アンドラスの言葉が、やっと理解できた。

 確かにゼロより前に戻ったら、滅亡より悲惨だ。


『私は、豊かで平和な世界を愛で満たして維持したい。この世界を大切に守りたいのです』


 女神アメリアが手を合わせる。

 さすが女神というべき願いだ。


『とりあえず、消滅回避出来たら、我はまた滅亡に向けて人間を誘惑するけど、今はアメリアと一緒にこの世界が消えないように頑張るしかないワケ。だから、リリムに協力して欲しいんだよ』

「じっくり色々の話の内容は、そういうことか」

『そういうことだよ。そのためにリリムを魅了して『五感の護り』を味方に付けようと思ったけど、リリムに魅了、効果ないし。悪魔の魅了がきかないとか、マジ規格外』


 そういわれても、効かないものは効かないのだから、がっかりされても困る。


 リリムは思考を整理した。

 一先ずこの世界は、順当な『魅惑の果実』のストーリーラインを辿っていない。

 リリムを誘惑し悪に染めるはずの悪魔アンドラスは、敵対するはずの女神アメリアと共に世界を救おうとしている。


「そうなると、僕の闇堕ちラスボスは、どうなるのだろうか」


 百歩譲って悪役令息にはなれるとして。

 世界を壊す悪魔VS世界を守る女神の構図が壊れたら、リリムVSカロンの構図も壊れる。

 それどころか今の展開だと、リリムとカロンは手を取り合って共通の敵に立ち向かわねばならない。

 

『その闇堕ちラスボスってのが何か知らないけどさ、リリムは悪役になりたいわけ? なんで? 全然、向いてないと思うけど』


 アンドラスが、とても不思議そうに疑問を投げた。


「何故って、僕がそういうポジションのキャラに転生したからだ。最高に強く格好良い悪役という役割を全うしたい」


 その上で、最後には華麗に主人公に倒される。

 悪役もラスボスも、正義に倒されるからこそ、美しい。


『全然、理解できな~い。そもそも自分を悪役だと認識している事実が、わかんな~い』


 悪魔に理解できないと言われた。解せない。


(いや、しかし。この世界の人たちは、ここが小説の世界だとは思っていない。リリムが悪役という認識もないのか)


 当然、主人公がカロンという認識もないだろう。

 日常生活において、悪役だ主人公だと考えながら生きている人間は、いない。


『悪い人に、なりたいのですか?』


 アメリアの問いに、リリムはしばし考えた。


「:主人公(カロン)に倒される悪役に、なりたい」


 物語通りなら、そうなる。


(しかし、それが正しいだろうか。歪んでいるこの世界で、アンドラスは既に悪役ポジではなくなっている。女神アメリアの協力者的ポジだ)


 悪魔が女神と協力している時点で、リリムの悪役も破綻している。


『カロンに倒される悪役は、難しいですが。悪役にはきっと、なれますよ』


 アメリアの言葉に、リリムは顔を上げた。


『この世界を消滅させるために私を幽閉したのは、大天使メロウです。リリムには、アンドラスに力を借りて天使を討って欲しいのです。悪魔と共に天使を倒すなんて、悪役っぽいでしょう?』


 それを女神が提案するのも如何なものかと思うが、確かに悪役っぽい。


「しかし、カロンと協力して倒すのか」


 それは悪役令息として正しいのだろうか。


『面倒なこと考えないでさ。とりあえず、メロウを堕天させようよ。じゃないと、前に進まないっていうか、元に戻らないっていうか』


 アンドラスは、悪魔なのに全体的に適当だ。

 悪魔だからだろうか。


『元の世界に戻れば、我は世界を滅亡させるんだし、アメリアとはまた対立関係になるから、『神実』を持つカロンと敵になれるじゃん』


 さらりと流れたアンドラスの言葉に、リリムはピクリと反応した。


「メロウを堕天使にして、歪みを元に戻せば、アンドラスは正しい悪魔になれるんだな。そうなれば僕は、闇堕ちしてラスボスになって、カロンに倒されるんだな」


 アンドラスの小さな体を、わしっと掴む。


『正しい悪魔って意味わかんないけど、まぁ、そうだよね。リリムが我と世界を滅亡させようとすれば、『神実』は止めるだろうし、倒してもらえるんじゃないの?』


 アンドラスが呆れた声で答えた。


「ならば僕の答えは一つだ。今の歪みを排除し、元の世界に戻してから、役割を全うする」

『それがよろしいかと思います。私はリリムに、期待しています。貴方が呼んだ、もう一人の彼にも』


 アメリアが満足そうに微笑んだ。


「もう一人の……。そうだ、そうだった。神木が、来たんだ。神木が、カロンなんだ。僕が名前を、呼んだんだ」


 この小説の大ファンの神木が主人公に転生した。

 本人は、きっと喜ぶだろう。

 ずっと思い出せなかった名前を、やっと思い出した。


「……ということは、僕は、神木に倒されるのか」


 ぽそりと零れた声は、自分でも驚くほど乾いて聞こえた。

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