12. レアンに秘密の相談
程なくして、レアンが部屋に来た。
部屋に入った瞬間から、レアンは何故か上機嫌だった。
「困った時に、ちゃんと私を頼るリリムは、偉いね」
そういって抱きしめられた。
相変わらず、レアンのスキンシップは濃厚だと感じる。
(僕は日本人だから、この世界の貴族社会のスキンシップには、なかなか慣れないな)
礼儀作法を教えてくれるシェーンも、手の甲や頬によくキスしてくる。
腰を抱く仕草も多い。
(ルカもよく抱き付いてくるけど、あれは子供が親にじゃれる感覚というか……)
最近のルカはリリムに声を掛ける時、後ろから飛びついてくる。
猫にでも狙われるような気分になるから、リリムも避ける反射神経が身に付いた。
フェリムはリリムと腕を組みたがる。
幼少の頃の癖だろうかと思う。
リリム的に安心する距離感を保ってくれるのは、カデルだけだ。
最近のカデルはリリムと話していると、良く笑う。だから話していると、リリムも楽しい。
「こら、目の前に私がいるのに、他の誰かのことを考えているね?」
レアンの指が顎に掛かって上向かされた。
「あぁ、すまない。皆、スキンシップが濃厚だなと考えていた」
「スキンシップ?」
「なんというか、触れたり抱き付いたり、距離が近いと思う」
「へぇ……。皆って、フェリムやシェーン?」
「まぁ、そうだな。レアンも今、出会い頭に抱き付いてきたから。挨拶にしても、濃厚だ」
レアンが口を開けて呆けた。
「なるほど、今のリリムって、そんな感じか。いや、昔と変わらないか。全然、気が付いていないんだね……」
レアンが何やら独り言を、ブツブツ言っている。
「レアン?」
顔を覗き込んだから、ニコリと笑みを返された。
「いいよ。リリムはそれくらいで、いてくれたほうが、私はやり易いからね」
よくわからなくて、首を傾げる。
「それで、リリムの相談事は?」
レアンがリリムの手を引いて、ベッドの上に座った。
リリムもベッドに腰を下ろした。
「僕が『魔実』として覚醒したことは、誰にも話していない、よな」
「勿論、二人の秘密にすると約束したからね」
レアンがリリムの両手を持って、握った。
「けど、秘密に出来るのは『神実』が見付かるまでだよ。『魔実』は『神実』同様に国にとり貴重な存在だ。本当なら、すぐにでも王室に報告しなければいけない、大事なんだからね」
その大事を、第一皇子が黙認してくれている。
改めて共犯に感謝だ。
「承知した。それで、相談なんだが、僕が『五感の護り』の覚醒を促さないよう、学生に接触する機会を極力減らすには、どうしたらいいだろうか」
現時点では、レアン以外、誰が『五感の護り』であるか、判明していない。
小説を読んでいるリリム夜神しか、知らない事実だ。
ターゲットを絞った話し方はできない。
「なるほど、そうか。リリムが『魔実』として『五感の護り』を覚醒させるのは当然だし、悪い行いではないけど。そうなると、リリムの覚醒が明るみになるね」
その事態も避けたいが、リリム夜神が最も避けたい事態は、別にある。
(小説の中では主人公が『神実』として覚醒を促す行為が、『五感の護り』と関係を深めるきっかけでもあった)
『魅惑の果実』の魅力は、主人公の『神実』と『五感の護り』の絆でもある。
主要メンバー一人一人も魅力的だが、全員が結束するからこそ、より魅力が増す。
(そんな格好良いメンバーたちに倒されるための、至高の悪役令息だ。主人公と強い絆を結ぶきっかけを、僕が奪う訳にはいかない)
主人公たちが成長して強い絆で結ばれてくれなければ、リリム夜神の努力は無駄になる。
「レアンの指摘通りだし、僕としては『五感の護り』の覚醒は『神実』がすべきだと、思う」
レアンの話振りは、覚醒は『魔実』でも良いようだった。
賛成はしてもらえないかもしれないが。
「早くに『神実』を見付けるには、リリムが『五感の護り』を一人でも多く覚醒させて『神実』を探すべきだけどね」
どこに居るかもわからない『神実』を探そうというなら、人海戦術が有効だ。レアンの指摘は正攻法だ。
「本来、現れないイレギュラーな存在の『魔実』が現れた時点で、リリムが『神実』を見付けるべきなのかな」
レアンが思案顔になった。
「魔実は、イレギュラーなのか?」
「イレギュラーというと、語弊があるのかな。『神実』以上に現れにくい希少な果実が『魔実』だ。『魔実』は『神実』の力を補助する果実だけど、『魔実』が現れた時代は世が荒れるとも言われている」
レアンの言葉に、リリムはピクリと反応した。
「だからこそ私も、リリムの『魔実』覚醒の報告を、先延ばしにしているんだよ」
なるほど、納得だ。
レアンはきっと、『神実』の出現を確認してから、併せて『魔実』の存在を王室に報告したいのだろう。
『神実』の目星すら付いていない状況で、不安要素が強い『魔実』だけが世に現れたと知れては、国が揺れる。
(良い話が聞けた。『魔実』が世を荒らすならば、悪役令息のラスボスに、うってつけの肩書だ)
リリム夜神の心が、高揚した。
「今のところ『神実』については手掛かりがないからね。リリムが誰かを『五感の護り』として覚醒させたら、リリムが『魔実』だと自白するようなものだ。覚醒させないために接触を減らすのは、今のところ賛成かな」
きっと様々な状況を天秤にかけて、リリムの意見を賛成してくれているのだろう。
王族のレアンとしては、一日でも早く『神実』を見つけ出したいはずだ。
(僕は、『神実』が誰で、どこに住んでいるか、知っている。伝えることはできるけど)
あくまで自然に、レアンがカロンを迎えに行くように仕向けなければならない。
物語の冒頭は、木こりのカロンが森で仕事中、魔獣に襲われるところをレアンが助け出す。
(魔獣か。闇属性の僕なら、従魔を遣える)
リリム夜神の頭に、プランが閃いた。
「ならば、レアン。僕と二人で『神実』を探そう。今のところ、探せるのは僕ら二人だけだ」
カロン=ラインが仕事をする森に二人で入り、こっそり従魔を仕向けてカロンを襲わせ、そこをレアンが助ける。
これなら、物語の冒頭と同じ状況が作れる。
「とても良い提案だね。早速、学院に休暇の申請を出そう」
「休暇? そこまでして?」
「休暇を取って学院を離れれば、リリムも学生に接触しないで済む。休みの間は、私としか接しない」
なるほど、それなら一挙両得というやつだ。
「それなら安全だ。良い案だと思う」
握っていたリリムの手をレアンが引いた。
突然の行為に、レアンの胸に体が倒れ込んだ。
「探している間は、二人きりだ。楽しみだね、リリム」
レアンがリリムの髪にキスをする。
やはりスキンシップが濃厚だ。
「ちなみにリリムは、『五感の護り』や『神実』を覚醒させる方法を知っている?」
「触れ合い、だったか?」
胸に凭れ掛かったリリムの肩をレアンが抱いているので、離れられない。
見上げた目が、艶っぽく笑んだ。
「キスだよ。だから余計に、リリムに他の『五感の護り』の覚醒を、してほしくないんだ」
リリム夜神は、ぼんやりと『魅惑の果実』の内容を思い浮かべた。
(キスだったか? 強い抱擁、と書かれていた気がする)
魔獣に襲われた時、カロンはレアンに抱き締められる。
その触れ合いで互いに覚醒し、『神実』と『五感の護り』であると自覚する。
レアン以外の『五感の護り』はカロンに会うと匂いや声などで、何かしらの反応を示す。『神実』と抱き合って互いの魔力が通じると、『五感の護り』が覚醒する。
そんな内容だった気がする。
(レアンは勘違い、しているのかもしれない。自分の時が、そうだったのか……)
リリムは不意に、レアンを見上げた。
「ということは、レアンは僕とキスしたのか?」
レアンが確信的に笑んだ。
「そうなるね。何処にしたと思う?」
レアンの指が、リリムの唇をなぞった。
「わから、ない。覚えて、いない。……ごめん」
唇に触れられていると、話しづらい。
覚えていないというか、知らない。
「思い出すまで、教えないよ。良い子にしていたら、同じ場所にしてあげようね」
リリムの唇をなぞった指が、頬を滑って耳に触れた。
ぞわぞわしたまま、リリムはレアンに抱かれていた。