表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/14

11. リリム夜神の苦悩

 レアンと魔法訓練をした次の日。

 リリム夜神は自室のベッドに横たわっていた。


 今日はカデルとの剣の練習も、フェリムとの勉強会も、ルカとシェーンとのお茶会も断った。

 授業も休んで部屋に引きこもっている。


 落ち込んでいる訳でも自暴自棄になっている訳でもない。

 一度冷静に、現状を整理したかった。


 昨日の魔法訓練で、リリムはレアンに半ば強引に『魔実』として覚醒させられた。

 この状況で『五感の護り』候補と接触すれば、覚醒させてしまう可能性がある。


(しかし、それは僕の役割じゃない。それは主人公である『神実』カロン=ラインが成すべき役割だ)


 今日の引きこもりは、無駄な接触を避けるためでもあった。


(昨日の段階で、僕の『魔実』としての覚醒はレアンと二人だけの秘密にした。レアンは約束を守ってくれる、はずだ)


 レアンの話では、リリムが『魔実』だと気が付いたのは十歳の時、なのだそうだ。

 リリムに触れたレアンが『五感の護り』(アイズ)として覚醒した。

 覚醒しそうになったリリムは、それを拒否した。


(果実を覚醒させないために、怠惰になったとレアンは話していた)


 その話は、フェリムやシェーンの昔語りとも合致する。

 ヒーローだったリリムが怠惰になった、きっかけだ。


(僕が理想の悪役令息になるために努力したから、果実が育って、覚醒した。物語は今後、どうなるのだろう)


 カロン=ラインはまだ入学していない。

 それどころか、レアンはまだ見付けていない。

 つまり物語は、始まってすらいない。

 なのに、カロンとの接触で覚醒するはずのレアンは既に『五感の護り』として覚醒している。


(始まる前から原作にない設定が追加になった。そもそもリリムという人物は、小説の中の存在とは少し違った)


 学院でのリリム=ヴァンベルムは小説の人物設定のままだ。

 しかし、主要メンバーである『五感の護り』が話す幼少期のリリムは別キャラだ。

 真面目で格好良い正義の人、ヒーロー。しかも魔性の実である『魔実』という特別だ。


(小説には一文字もなかった設定だ。僕が転生したから、リリムの幼少期の設定が追加になった? というか、子供の頃の僕に、とても似ている)


 今でこそ冷静沈着な生徒会長と呼ばれる夜神だが、子供の頃はやんちゃだった。リリムとは違う意味で変わったと言われる。


(僕はこの世界で生きていたのだろうか。前世の記憶を、思い出しただけなのだろうか)


 と思うのはきっと、考え過ぎだろう。

 レアンはじめ、登場人物たちだって微妙に性格が違っている。

 夜神が転生した悪役令息リリムに多少の変化があっても、不思議ではない。


(最終的に、悪役令息の僕が闇堕ちしてラスボスになり、カロンに倒されれば、問題ないだろう)


 という結論に至った。


「そういえば、闇堕ちとは、どういう意味だろう。調べておけば良かったな」


 悪役令息は調べたのに、闇堕ちを調べていなかった。

 ネット小説など滅多に読まないから、よくわからない。


「物語を読んでいる中では、落ちるべき闇らしき描写はなかったと思うが。ラスボスになるための闇のような場所が、あるのだろうか」


 物語の中でも、リリムが闇っぽい場所に堕ちた描写はなかった。

『魅惑の果実』独自の設定という訳でもなさそうだ。


「彼がいたら、聞けるんだけどな」


 未だに思い出せない、かつてのクラスメイトを想う。

 彼が紹介してくれた小説に転生したせいが、時折、存在を思い出す。

 思い出すのに、顔も名前も浮かんでこない。


「……会いたいな」


 ぽつりと呟いたら、やけに懐かしくなった。


 コン、コン……。


 控えめに扉をノックする音が響いた。


「リリム、いますか? 体調は、大丈夫ですか?」


 フェリムの声だ。

 そういえば、いつもならこの時間はフェリムと勉強している。

 今日は先んじて勉強会をキャンセルしたはずだ。

 心配して様子を見に来てくれたのだろうか。


「居るし、大丈夫……、いや、ダメだ。とても駄目だ」


 大丈夫といったら、扉を開けないといけない。

 フェリムに接触したら、『五感の護り』として覚醒させるかもしれない。


「とても駄目⁉ どうしたんですか? 何があったんですか? お手伝いできることは、ありますか」


 フェリムが扉の向こうで慌てている。

 リリムはオロオロしながら扉に近付いた。


「駄目なのは、だから……、フェリムに会うのが、ダメなんだ。今……、風邪! 風邪をひいているから、うつすかもしれない。だから、今日は、勉強は休みで」

「勉強会は、良いんです。リリムが一人で辛いんじゃないかと思って」

「僕は大丈夫だ。寝ていれば、治るから」

「レアン皇子に声をかけましょうか? 光魔法の治癒術なら、風邪くらいすぐに治してもらえますよ」

「風邪くらいで魔法は贅沢……」


 と言いかけて、リリムは思い付いた。


「レアンに、声を掛けて欲しい。部屋に来てほしいと、話してくれるか?」


 フェリムたちとの接触を恐れて、引きこもり続けるわけにはいかない。

 打開策を考えたいが、一人では良い案も浮かばない。

 今は、事情を知っているレアンを頼る他にない。


「わかりました。声掛けしますね」

「ありがとう。手間をかけて、すまない」

「いえ……。私が水魔法以外も使えたら、リリムを治してあげられたのに」


 残念そうな声音が響く。


「来てくれただけで助かった。ありがとう、フェリム。少し心細かったから、嬉しいよ」


 何となくナイーブになっていたから、良いタイミングだった。


「……今すぐに扉を開けて、抱きしめたいです」


 扉越しのフェリムの声が小さく聞こえた。

 近付いて風邪を貰ってくれるつもりだろうか。

 昔のフェリムはリリムの子分だったらしいから、まだそういう性分が残っているのかもしれない。

 大変、よろしくない。


「……風邪はうつすと治るというが、フェリムにうつすわけにはいかない。フェリムは子分じゃなくて友人だ。自分を傷付けるようなやり方で助けて欲しいとは思っていない」

「そうじゃない……。伝わってないんだ」


 フェリムが何か言っているが、扉越しのせいで小さい声が聴こえない。

 リリムは扉に寄った。


「……すぐにレアン皇子に声を掛けますから、待っていてください。……私も光魔法を使えたら、扉を開けてすぐにでもリリムに……」


 足音と声が遠ざかっていく。


「ありがとう……」


 多分もう聞こえないだろうなと思うながら、リリムは礼を言った。

 リリムは自分の胸に手を当てた。

 胸の奥に、確かに『魔実』の拍動を感じる。


「どうしてリリムは、果実の覚醒を拒否したのだろう」


 自分という人間の性格を曲げてまで、覚醒させたくなかった理由が知りたくなった。

 考えれば届きそうな場所にある答えに手を伸ばすのは、今は少しだけ怖かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ