1話 『はじまりの死』
——坂道をかなりの速さで下る姿があった。帰宅タイム自己ベスト記録更新のため、ひたすら走る少年の名は相模 凛。今作の主役となる人物である。
そんな彼はかなり顔が整っているといっていいだろう。高校1年目の彼は幼さを感じさせつつも紅い目が光る様は本当に美しく、少々乱れ気味の髪も彼の活発な様が垣間見えていた。
こんななりである為勿論運動が得意…というわけでもなく体力はあまり持ち合わせてないためにそれほど得意ではない。といっても人並みにはスポーツはできるし帰宅という早ければ早いほど時間を作れるそれについては力の入りようが尋常でなかった。
「よう!凛、今日はタイム切れそうか?」
近所のおじさんが声をかけてきた。
「わからない!でもやってやんよ!」
「そうか!気をつけてな!」
「うん、ありがとう!」
この会話は早く帰るためだけならば非効率と言わざるを得ない。それでも彼が答えるのはそれ以上に人付き合いをたいせつにするから。こんなであるため彼は近所でとても愛されていた。
——「んじゃ、行ってきまーす!」
親子関係も上々で人並みにお金も持っていたし、何一つ不自由は無かった。さらに最近の彼は幸せの絶頂にいた。
「おはよう、凛!昨日はごめんね。家の用事で一緒に帰れなくて…」
「大丈夫!久々にぶっ飛ばして帰れたから!」
「ちょっと!あんまり悲しくしてなさそうなのひどいよ!…すねるよ?」
かわいく抗議するそれは最近彼と恋で結ばれた少女、岡 美咲。
「ごめんって、そうだ!今日はちょっと本屋にでも寄り道してかない?俺ら、学校につくの早すぎて驚かれてるぐらいだし。」
「そういえば街にかなり早く開く本屋、あったね。いいでしょう!それええ許ち…します!」
調子が良くなって普段なれない言葉遣いをするもんだから噛んだようだ。それを愛おしそうに見る少年。このような幸せを彼が得たのはひとえに彼の日々の積み重ねの結果であろう。
——そうして彼らはいつもの道を少し外れて歩いた。
「…凛!それでね、それでね!」
まるで尻尾をふる犬かのようにのよう少年にかまってもらおうとする少女は本当に愛らしくその様を見る少年もまた穏やかであった。
流石、ここらでは一の大きさを誇る街ということもあって学校もまだだというこんな朝でもそれなりに人が通っている。少女との付き合い方をまだ模索していた少年にとって彼女自らが行きたいと願ったここは詳しく知りたいと考えていた。多くの人が通い、様々な娯楽が存在する。そんな場所を行くのは彼にとってもまた新鮮であった。
しばらく歩くと何か違和感を感じてきた。
いくら何でも騒がしい。100m先ぐらいだろうか、やめろと騒ぐもの、泣き叫ぶようにして助けを呼ぶような声、大丈夫かと騒ぐ声、明らかな異常を感じた。
「何かあんまりよない予感がする。引き返すぞ!
「えっ、あ、うん!」
少女は混乱気味であったが、明らかな違和感は流石に感じてたのか少年に手を引かれるとともに走り出した。そのとき、
「「イヤー!!!そこの二人、逃げて――!」
その声に振り替えるようにして後ろを見ると、目を血走らせて包丁を片手に迫りくる黒いパーカーを羽織る青年が声にならない叫び声をあげ追ってきていた。
少年の本来の足の速さなら相手の体力にもよるが逃げ切れたかもしれない。しかし少女の手を引っ張ってそれから逃げ切るのはとても無理であった。少なくとも彼女だけでも守ろうとした彼は勢いをつけて遠くへ少女を突き飛ばした。
「――凛!?」
勢いよく尻餅をついて驚いたように彼の方に目を向けると愛する彼は凶器で背後から刺されたのか動きを止めてすごく苦しそうにしていた。
「み…さ、き…。ごめ、ん—―」
「やめてよ…。なんで謝るの…?」
少年を刺した男はそれで満足したのか凶器を刺したまま動こうとはしなかった。
そのため間もなく後ろか来た人々に捕らえられた。
大丈夫か!?、頑張ったね、そちらのお嬢さんは大丈夫か等の声が飛び交う。
「ねえ!お願い!!目を、目を覚ましてよ!!!」
少女の必死の呼びかけも虚しく少年に届くことはなかった。
すると突然彼の亡骸が光りだすと小さいいくつもの光へ変化し空に上がっていくとやがてそれらは消えた。
「り…ん?」
少女とその周りの人間はまるで信じられないものを見ているようだった。そして、直後先ほどまで確かにあったそれは完全に消えてしまった。ざわざわするその場所でただ一人、黒いパーカーを羽織る青年だけはその光景を見るとにやりとした。
――――俺はあの時、確かに背後から刺され殺された。それは確かなはずだ。ちゃんと覚えている。
しかし、だったらなぜ俺はこんな何処かもわからぬ場所で目を覚ましたのだろうか。そもそも死んだら意識は存在するのか?
少年は非常に混乱していた。それもそのはず、死んだはずなのに確かに自分が呼吸をしており意識もはっきりしている。まるで理解が追いつかなかった…がなんとなくこのような展開については見覚えがあった。
「死んだことを自覚したうえで何処か遠くの見知らぬ地で目を覚ますと—―。これはつまり異世界転生...いや、少々違うか?『転生」ではなさそうだもんな。子供じゃあなさそうだし、おそらくは死んだ直後の姿のままなのか?だったら異世界転移…?ふうむ…」
彼が目を覚ましたのは先ほどまでいた大きな道路が通る街とは似ても似つかない西洋風の城が見える丘陵であった。故郷に帰る手段など今は全く考えられず、そのようなことを考えるだけ無駄であった。
「しっかし参ったな。こういうときは何とかしてあの城とかに侵入するんだろうが、いかんせん何か持ってるわけでもないしな。チートアイテムか能力かはたまたお助けキャラがいるわけでもないし…。一人はあまりにも心細いな~。美咲がいてくれたら何か変えてくれたり…いや、厳しいか…。」
どうするあてもなく、かなり大きい独り言を言ってしまっていた。
するとそんな彼の近くをある少女たちが通りかかった。一人は背丈が高く、一人は小さい。
小さいほうの声はかなり大きく少年も何となく聞こえてきていた。
「今日はがっつり肉が食いたいな!狩りについてはわたしがやるからさ~頼めるかい?アマーレ」
高いほうは優しく、落ち着いたような声で答える。
「ええ、了解しました。ペキュニアさん。…おや?何かここらでは聞きなれない声がしませんか?男性の…」
「そういえば、確かにこんな声のやつ覚えねえな。ちょっと見ていくか?」
「ええ、そうしましょう。もしかしたら何かお困りの方なのかもしれませんし。それに、この声——。何かすごく気になります!なんとなくイケメンな気がします!!」
「自分の欲望に忠実だねえ。でももしあまり顔が整ってない相手だったら?それでも行く?」
「すぐに引き返して、何なら一度殺っちまいます!!」
…えらく物騒な内容の会話をしてる気がしたがなんにせよこの場所の人とようやく交流ができそうなことに安心した彼は少なくない疲労がたまっていたのか横になるとすぐに寝息を立て始めていた。