プロローグ 「褒められるような人ではない」
人が人たる各々に「欲」が存在するからであろう。「欲」があることで人は探究し、独自の技術を手に入れ今日まで繫栄してきた。しかしながら、この「欲」というもの...人はあまりいいものとは認識していないのだ。それはなぜか…
食欲に睡眠欲、そして性欲。これらは人間どころか生きとし生けるものすべてに共通するものでこれらに対する後ろめたさを感じるものは少ない。
問題は金や恋と言ったものを欲しがることだろう。
これらは人間が長い歴史の中で生み出した人間だけが得ようとする欲望。これらは人に多くの可能性を与えた一方、人の醜い様をさらけ出させた。これらを得るためなら命すらも奪うことだってできるようになってしまっていた。
こんな歴史があったことで「欲」に溺れるものは嫌われるようになった。
醜くて仕方ないからだ。
…でも、でももし仮にリスクなしでこれらを相手から奪えたら?苦労せずとも奪って自分のものにできれば素晴らしくないだろうか?
これは人の死のない世界…厳密に言えば戦いの中では命のやり取りの代わりに記憶のやり取りが行われるようなそんな世界で、各々が自らの「欲」に翻弄される…そんな話である。
——かつてはただの少年であった「それ」もまた自らの欲の為にナイフを突きつけていた。
「ま、待ってくれ!! まだ、俺には生まれて間もない家族がいるんだ!!き、記憶、記憶だけは持ってかないでくれ!ほ、本当に…許して、く…れ」
…男は死んだ。心臓を突き刺したのが致命傷となった。
「全くうるさい方でした。金の為に連続殺人…。中には運が悪く家が思い出せずに帰れなくなってしまっている人もいるようですね…。本当にかわいそうな方。」
「こう思うのはあまりよくはないのだろうが...こいつからその大切な家族の記憶とやらが消えていたら,,, と願ってしまうよ。こいつはそれだけのことをしたんだって。そんでもってその記憶なら高く売れそうだしな!」
「いくら何でもその言い草はありません!そのように言うのでしたら置いてきますからね。」
「ごめんごめんさすがに悪かった…。」
後ろから少女たちの口喧嘩が聞こえる。ただまあ今回は片方は擁護できないな…。
「それで、コリウスさん。この方からはどういった記憶が得られましたか?」
一通り話がついたのか一人が問いかけてくる。
「そうだね、めぼしいものと言ったら君が言ってた被害者のものと思われる記憶がちらほらあるかな。」
「...貴方様の探しているものは?」
少女が問いかける。
「...いや、それらしきものは特には。大丈夫。そんなすぐに見つかるものではないよ。僕らは相手を選んでるからね。あくまで指名手配される相手に絞ってるし。…でも「ヤツ」ならこうやっていればでいつかは巡り合えるから」
「でもよ?非効率じゃないか?多少のリスクなら私らは覚悟してるよ」
もう一人も話に加わってきたようだ。
「…そう思ってくれてるのは重々承知してる。でもな、こんな誰から見ても極悪人だってナイフで刺すっての凄く後ろめたいんだ。二人にもいろいろ事情があるのはわかるけど、それをよしとはしたくないんだ。」
「…わかった。私はお前を尊重する。だけどな、これだけは理解しとけよ。『どんな形であっても、これは本来許されないってこと。私らは褒められることはぜったいにないってこと。相手の記憶というものに責任を持たなければならないこと。』」
彼女はそう言って俺から離れていった。…やはり先ほどの喧嘩は本心ではないようだ。