10 じゃじゃ馬vs執事長
「右だ〜! もっと右! あ、ちょっとだけ左。そうそこだ〜! ドカーンッといってくれ〜!」
――ドッカーン!――
庭での一件があった、三ヶ月後、私は大勢の作業員を呼んで、あの事件現場を囲っていた壁の解体工事を開始した。
私がそのために手配したのは、どんな壁も粉々に砕いてくれる、ものすごく巨大な破壊球だ。高く吊り下げられた玉が、陰気な壁にドカンと大きな風穴を開ける。
私はその様子を、ヴィクター様と二人で眺めていた。フラワーガーデンのガゼボでサンドイッチを食べながら、ヴィクター様とお話しするのは最近の楽しみだ。
「エリカ、結婚式で困らないように、一度だけ練習させてくれないか?」
「ヴィクター様。一度一度って、さっきからもう何度目ですか? サンドイッチを食べてる最中なのに」
私は少し不満を言いながらも、ヴィクター様に手を差し出した。彼は私の前に跪いてその手をとると、結婚指輪を指にはめ、私の手の甲にキスをする。私はもう一方の手に、サンドイッチを持ったままだ。
それでもヴィクター様は、私の顔を見上げて満足げに微笑んでいる。
「もういいですか?」
「すまない。どうしても落ち着かないんだ。もし指輪を落としたりしたら、また君を失いそうになるんじゃないかって」
「いいえ、ヴィクター様は、私の手にキスしたいだけです」
「そうだね。あぁ、早く結婚したい」
「そうですね……」
先日の事件の影響で、私とヴィクター様の結婚式はずいぶん先延ばしになってしまった。
私は結婚式の前に、どうしてもこの大きな壁を、壊しておきたかったのだ。
この壁は過去のつらい記憶を象徴しているようで、見るたびに心が痛んだから。
だけど事件の調査のために現場を保存する必要があり、なかなか作業を進めることができなかった。
あの私を襲った暗殺者は、その後なんとか一命を取り留め、取り調べでヴェルダイン侯爵の関与を認めた。
そしてついに侯爵家にも、王国騎士団の捜査の手が入ることとなった。
王子妃候補が殺害されたこの事件は、『国の安定を揺るがす』として、迅速かつ徹底的に、調べあげられているようだ。
次々と新たな証拠や証言が出てくるため、ヴェルダイン家の失墜はもはや時間の問題だろう。
ずっと体調が悪かったクラリー夫人も、息子の無実を知り、その疑いが晴れたことを、いまは心から喜んでいるようだ。
私が城を改修していると、彼女は窓から顔を出し、にこやかに手を振ってくれるようになった。
『奥様は以前より寛いだようすで過ごされております。私はヴィクター様のご結婚に向け、全力で準備を進めるようにと、奥様から指示を受けております』
そう言って忙しそうにしている執事長のトムソンは、ヴィクター様の無実を信じ、酷い噂や母親の憎しみから彼を守ろうと、いろいろ手を尽くしてくれていたのだと思う。
それがあの厳格な態度に現れていたのだろう。以前とは見違えるほどに表情が明るくなっている。
「エリカのおかげで、私の疑いはすっかり晴れたからね。本当に晴れやかな気分だよ」
「でも、あの暗殺者、誰かを暗殺するたびにヴィクター様の悪い噂をあちこちで流していたみたいですよ。本当に腹が立ちます」
「君が私のために怒ってくれることが、こんなに幸せだなんてなぁ〜」
ヴィクター様は私がいるだけで、幸せで仕方ないらしい。なにを言ってもこんな調子だ。
「だけど結婚式が先送りになってしまったことだけは、本当に残念だよ」
「そうですね。でも私たちの結婚式も自分で素敵に飾り付けしたいので、もう少し準備期間をいただけますか?」
「それは楽しみだな。エリカの創り出す庭は、本当に素敵だからね」
「ありがとうございます。ヴィクター様!」
私と私の庭を愛してくれるヴィクター様の言葉のおかげで、私の心はいつも温かだ。
彼に少し肩を寄せると、さらに身体を引き寄せられた。
「あ、見てください! 壁がすっかり崩れましたよ!」
「え? あぁ。本当だね。城中の空気が入れ替わったみたいだ」
「これからですよ。私があの場所を、新しい空間に作り直します。西側には小さな池を作って、周りには色とりどりのアネモネを植えるんです。それから池を楽しむためのベンチをこのあたりに……」
「本当に楽しみだな。ダフネもきっと、喜んでいるはずだ」
私が図面を片手に頭に思い描いた造園計画を説明すると、ヴィクター様は優しい笑顔でそう言ってくれた。
凄惨な事件が起きたあの場所に、暖かな太陽の光が差し込んでいる。
それはまるで、ダフネ様が静かに微笑んで、私たちを祝福してくれているように感じられた。
△
事件から半年以上が経ったころ、私とヴィクター様は、ようやく結婚式を挙げることとなった。
トムソンはこの結婚式でハイデン公爵家の汚名を消し去ろうと、格式と気品に満ち溢れた、壮麗な結婚式を執り行おうとしていた。
華やかで可愛らしい『今風』の結婚式を挙げ、普段からお世話になっている、友人や庭師などを呼んでもてなしたいという私の案をとおすため、私は毎日トムソンと戦ってきた。
招待状の作成から始まり、会場の手配や衣装の選定など、その全てが修羅場と化し、大変な道のりを辿ることとなった。
特にドレスのデザインだけは、どうしたって譲ることができなかった。
ヴィクター様は私とトムソンの間でオロオロした末に、王国軍の軍事作戦に参加し、大きな功績を上げて帰ってきた。
おかげでハイデン公爵家の名誉は大幅回復し、私はある程度、自由な結婚式を挙げる許可をもらったのだった。
「エリカ……。なんて綺麗なんだ。夢みたいだよ」
「ヴィクター様、それ何回言うんですか? いいかげん恥ずかしいです」
ウェディングドレスを着た私を見たヴィクター様は、朝からずっとデレデレが止まらない。
そんな私たちの様子を、ジェロムお兄様はひきつった笑みを浮かべて眺めていた。
「ヴィクター、本当に幸せそうだな。こんなじゃじゃ馬のどこがいいんだ? 面倒見るの大変だぞ」
「ジェロムお兄様は黙っていてください」
「いいのか? 愛のキューピッドにそんな口を聞いて」
不満げに顔を顰めるジェロムお兄様。
式の後に行われた祝賀会で、私は新たな真実を知ることとなった。
ジェロムお兄様は、ダフネ様が亡くなった後も、ずっとヴィクター様と交流していたらしい。
私が舞踏会に参加することをヴィクター様に教えたり、私の得意なダンスステップを知らせたりと、こっそり仲を取り持とうとしていたようだ。
「ヴィクターは子供のころから、本当にエリカが好きだよな」
「こんな素敵な人は他にいないからなぁ〜」
「あーあ、ご馳走様」
呆れたように笑いながら、お兄様は席を離れていった。
△
「ヴィクター様、こっちです」
「あぁ、エリカ……。なんて大胆なんだ」
結婚式が行われたその夜、私は心を込めて飾りつけた寝室にヴィクター様を案内した。
部屋中に薔薇の花びらを散りばめ、柔らかなキャンドルの光で、幻想的な雰囲気を演出する。
もちろん私自身も、とびきりセクシーなランジェリーで飾りつけた。
「どうですか? なかなか素敵にできたと思うんですけど。もっとキャンドルを増やした方が良かったかしら。この飾りはもう少し右に配置して……」
しばらく飾りの配置にこだわって振り返ると、ヴィクター様が真っ赤な顔で立ち尽くしている。
私はそのときになって、自分が少し張り切りすぎたことに気付いた。
だけどもう手遅れだ。
突如として野獣と化したヴィクター様に、私はなすすべもないまま、美味しく食べられてしまったのだった。
――FIN――
最後までお読みいただきありがとうございます!
『舞踏会で失敗した伯爵令嬢、殺人鬼公爵に嫁がされる〜未来の夫が怖いので、造園で気持ちを紛らわせます〜』これにて完結です。
ハピエンなのでホラー感が足りなかったらすみません。評価や感想などいただけると、嬉しいです。
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