5.初戦闘?
異世界二日目、タローは安宿に泊まり朝から動き出した。残された銅貨は30枚程度となり、いくらか稼がないと今日の宿は無くなってしまう。
「ふわぁあ」
まだ肌寒い風を全身に受けて目覚めを促す。今日の予定は昨日と同じくスライムコアの納品と余裕があれば周囲の探索だ。
あくびをしながら街の外へと出た。
草原は朝露に濡れていて太陽の光をきらきらと反射している。足首に触れる草花がぴたぴたと冷たかった。
「スライムスライム」
意味のない言葉を口ずさみながらタローは街から遠ざかる。昨日の経験として街のすぐ近くよりも離れたほうが群れを見つけられると考えたからだ。
そして、今日は大量に持ち運べるように袋を持ってきた。
「このあたりでいいかな。ウォーター!」
昨日と同じ要領で草原を水浸しにする。スライムコアが露出しなければ移動して同じことを繰り返す。
夢中になってスライムコアを集めているといつのまにか太陽は高く昇り草原を照らしていた。
「こんなもんでいいかな」
袋の八分ほどに敷き詰められたスライムコアは傷の有無など気にしない。これだけあれば数日は持つはずだ。タローは換金をするためにギルドへと帰った。
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ギルドの扉を開けるとなにやら慌ただしい様子だ。タローは不審に思うが、すぐに換金のために受付に向かった。
「換金お願いします」
カウンターに袋を置くといくつかのコアがこぼれた。
「はい。少々お待ちください」
タローはスライムコアの鑑定が終わるまでの時間にギルド内が慌ただしい理由を尋ねた。
どうやら昨夜から有力なパーティが魔物狩りに行ったきり帰ってきていないとのことだった。普段ならば当日中に帰ってくるはずが、長引いているのは問題が発生した可能性がある。
ギルドでは捜索隊を出すか、様子見するか決めあぐねていた。
状況は把握したがタローにどうこう出来るというものでもない。ただの話のタネだ。
やがてスライムコアの換金が終了する。結果的に銀貨1枚と銅貨が27枚になった。
タローはお礼を言ってギルドを出ると、昨晩泊まった宿に3日分をまとめて支払う。少しだけ余裕が出来たタローは街の周囲の探索に出ることにした。
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スライムを探しに使った出口とは反対から街の外に出る。視線の先には木々が青々と生い茂った森が見えた。
昨日空から見たときにはあんな森は無かったはずだとタローは不思議に思ったが、その疑問はすぐに忘れてしまった。
森に明確な入り口は無かった。しかし、風に揺られた草花はまるでタローを導くように隙間を作った。そして、彼は突然吹いた強い風に背中を押されて森へと入った。
太陽の光を遮るように伸びた木々で薄暗い森の中をタローは怯えながら進む。引き返すという選択肢を何故か彼は持っていなかった。
数分ほど真っすぐ歩いたところで奥の方から低く唸るような獣の声が聞こえた。タローは恐怖で立ち止まろうとするが好奇心が勝る。
「逃げる準備だけしとかなきゃ」
そして、数十秒程度進むと木が生えていない広場にでた。木々が伐採されたようなものではなく、明らかに不自然な空間だった。
その広場の中央に声の主がいる。
体高は優に3mを越えそうな四足の獣。全身を覆う黒色の毛並みは太陽の光をすべて吸い込んでしまいそう。血に濡れたような深紅の瞳。その視線の先には息を切らした1人の女性が剣を持って対峙していた。
女性の背後には3人の人間が倒れている。タローの位置からは生死の判断は出来なかった。
「くそっ!こんな化け物が生まれていたとは!」
剣士の女性はじりじりと獣の側面に回る。背後の仲間たちにこれ以上攻撃が加えられないようにするためだ。しかし、この場にはもう1人いる。やがて獣の視線は女性と直線上にタローを捉える。
その瞬間。
獣は大口を開けて鋭い牙を突き立てようと地面を蹴った。女性は剣で牙をいなしながら右に避ける。しかし、獣は勢いそのままにタローへと向かっていった。
「うわぁぁ!!ファイア!ウォーター!」
標的が自分と気づいたタローは咄嗟に両手を前にして魔法を適当に叫ぶ。すると獣とタローの間にマグマが生まれた。マグマに獣の脚が触れると悲鳴を上げる。脚はすぐさま炭化して獣の体重を支えきれなくなって崩れ落ちた。
黒色の毛はたちまち燃え上がり獣を炎で包んだ。しばしの間、獣はのたうち回りやがて絶命した。
タローは何が起こったか分からずに涙を流して尻もちをついた。結果的に彼は女性を助けることになった。
女性は呆然とタローを見つめていた。