表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不思議でお菓子な夕陽屋  作者: 響ぴあの


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/26

少年Zが黄昏夕陽になるまで

 死にたいと思っている少年Zがいた。Zとしたのは、もう後がないという意味で、そういった仮名にしておいた。でも、Zはどうやったら死ぬことができるのかわからずにいた。正確に言うと、死にたいけれど死ぬという勇気がないという少年だった。Zは大切な人を守ることができなかった。彼女は死んでしまった。それは自分のせいだとずっと悔いていた。そして、彼女のいない世界で生きるということが苦しみとなっていた。


 Zは考えた。痛くない苦しみのない死に方を。生きるという選択肢もあるだろうが、Zの中で、生きることを考える余裕はなくなっていた。生きるとしても苦しみから逃れる方法だってあるだろうし、誰かに助けを求めればいいと思う。でも、Zは孤独だった。誰にも頼ることができない状況だった。人間、切羽詰まるといい考えが浮かばないのだ。もっと柔軟に広い心で思考すればいいと思うのだが、当人は狭い視野でしか物事を見ることができない。そんな狭い通路に立たされた少年Zの物語だ。


 チラシが落ちていた。Zは拾ってみる。すると、地図が書いてある。方向音痴でもわかるように、非常にわかりやすい書き方をしていた。現在地からあるいてすぐだということだ。『ねがいをかなえる商品あります(死にたい方大歓迎)』チラシの言葉が心に刺さった。


 これは、自分のための店じゃないだろうか? 死に方ばかりを考えていた心にぽうっとあかりがわずかに灯ったような気がした。一筋のまばゆい希望の光がZに微笑んだような気がした。Zはそのチラシを握り締めて、まるで生きる希望でも見つけたかのように一気に走り出す。


 Zは店らしきものを見つけるとガッツポーズをした。その姿はとても死に急いでいる人だとは思えない元気な姿だったと思う。まさか10代の健康な少年が死ぬことを考えているなんて思う人は少ないかもしれない。でも、若い体に痛みと暗闇を抱えていることだってある。若くても健康でも、辛いことだって人間関係の闇だって持ち合わせている。


 いかにもそれらしい雰囲気の店が存在している。今まで見たこともない建物だが、それなりに年数は経っているものだと思われる。縁日のような明るさと夕暮れ時の不気味さが重なる独特の雰囲気の扉を開いてみた。少し勇気が必要だったが、死ぬことにくらべたら簡単なことだったので、Zは迷うことなく、扉を開けた。


「いらっしゃい」

 出迎えてくれたのは知らない若い女性だった。ふわふわした白い生き物が女性の肩に乗っている。店員は1人しかいないようだ。


 Zは、手に汗を握りながら女性に質問した。

「なんでもねがいをかなえてくれるのですか?」

 チラシを差し出して、Zは質問をした。

「君は死にたいの?」

 女性は真剣なまなざしでZを見つめた。真剣に対応してくれるのだろう。そう思った。

「俺は死にたい」

「死ぬなんて簡単なことなのに、なぜここにきたの?」

「簡単? そんなことはない。死ぬことは生きるよりもある意味大変なんだぞ。苦しみや痛み、別れを覚悟しないといけないんだ」

「覚悟はあるの?」

「……ない。だから、チラシをみて、この店ならば何とかしてくれるかなって思って」

 Zは本音で語った。


「殺すことはできるけれど……」

 無表情で淡々と説明する女性にZは恐怖を覚えた。背中がすーっと凍るような怖さを感じた。この人は命の重みをわかっていないんだ。もしかしたら、死に対しても痛みに対しても何も感じない人なのかもしれない。女性の無表情な様子から、Zは色々推測していた。


 こんな怪しい店にいる人間が普通の感覚を持っているはずはない。店内の商品も空気もどこか普通ではないような気がする。よく見ると、店の商品は普通ではない名前のお菓子や文房具が並んでいた。本当に効き目があるのだろうか? Zは半信半疑で商品をじっと見つめた。


「死ぬときの恐怖とか苦痛がやっぱり立ちはだかって、死ぬことはできないんだ」

 Zはこぶしをぎゅっと握り締めて、てのひらが汗ばむことを感じていた。


「じゃあ、恐怖や苦痛なしで一瞬で命を落とすことも可能よ」

 女性の顔は真剣で嘘をついているようにはとても思えない。やはり、まずい人と関わってしまったのかもしれないとZは思った。


「でも、色々考えると、自分がこの世から無くなるということが一番の恐怖なんだ」

 人としての弱さをこのときのZはまだ持っていたように思う。


「みんなそんなことをいうけれど、いずれはみんないなくなるのよ。早いか遅いかだけよ」

 落ち着いた様子で話す女性の話は正論だった。しかし、そんなことを平気な顔をして語る目の前の女性のことが、Zはとてもとても怖くなった。


「もし、私の後を継いでこの店を守ってくれるのならば、あなたは死にながら生を受けることができるのよ」


 女性は思わぬ意外な提案をした。さっきまで恐怖しか感じなかったのだが、女性が思いのほか不思議な提案をしたので、Zは少し安心をしていた。どこかで、殺されるのではないかという恐怖心があったからだ。Zは平凡な一般市民なのだから、特別な力はない。


「どういう意味だ?」

「私は引退しようと思っているの。あなたがここのお店の店主になれば、見殺しにした少女の生まれ変わりに会えるかもしれないのよ」

「おまえは死んでいるのか?」

「私はずっとこの仕事をやっているの。見た目も変わらずにね。ここでは生きているけれど、実は現世では死んでいるの。不老不死って結構大変なのよ。あなた、私の仕事やってみない? そうすれば死んでもあなたは消えないわ」

「でも、普通の人間ではなくなるし、仕事でしか人間とは接することはできないってことだろ?」

「意外と賢いのね。依頼がなければ私は、ずっと孤独よ。人間の欲望には終わりがないの。だから、この仕事には終わりがないのよ。でも、もうあきらめているの。だって、こんな仕事やりたい人なんていないでしょ」


 女性の話が本当ならば、かわいそうな人だとZは同情を感じていた。ずっと変わらずに淡々と仕事をこなすというのはとても大変だろう。定年というものがない永遠という仕組みは普通の人間には到底無理な話だ。


「俺は罪をつぐないたい」

「この店には、欲望にまみれた人間がやってくるのよ。人間のこっけいなねがいにつきあうのも罪をつぐなうことになるのよ」

「あなたはこの立場を俺にゆずったらどうなるんだ?」

「私はそのまま消えて生まれ変わるのかもしれない。詳しいことはわからないけれど」

「ここの店主になったら、俺はちゃんと会いたい人に会えるのだろうか?」

「ここの店主になると、本当の名前を忘れてしまうの。でも、大切な人のことは覚えているのよ。生まれ変わった大切な人のことはわかる能力が身につくの。そして、つぐないはここで人のために一生懸命仕事をすることなのよ。そうすれば、次に後継者を見つけた時に、あなたはちゃんと生まれ変わることができるでしょう」


「俺の本当の名前は……」

 Zは先程まで覚えていたはずの名前が出てこないことにあせりを感じた。


「もう、本当の名前を忘れかけているのね。私の後継者となって、この店をふわわと一緒に守ってね。黄昏夕陽くん」

「黄昏夕陽?」

「今日からあなたは黄昏夕陽として夕陽屋を守ってちょうだい。今日あなたが来ることはわかっていたわ。私も罪を充分つぐなったもの。綿の妖精ふわわと一緒に夕方の時間が続くこの空間で、時が止まったままの世界で生きるのよ」

 

 にこやかに優しい笑顔で女性はほほえむ。

「会えてよかった、さようなら。あなたの前世は私の大事な人だったのよ。人と人はつながっているの。きっと縁があなたと大切な人をめぐりあわせてくれるはずよ」


 そう言うと、女性はそのまま店を出た。Zの前世があの女性の大切な人だったという記憶は全くZにはなかった。そして、多分、現世のZは今日死んだということだろう。死ぬというねがいはかなったのだ。しかし、死んだような気はしないが、どことなく体が軽い。不老不死の状態で、時の止まったこの店で一生懸命働くことで、罪をつぐなっていくということなのだろう。


「こっちには人生の書庫があるふぁよ」

 白いわたがしのようなふわわが店内を案内する。店の一番奥の部屋には不思議な扉があり、ずらりとたくさんの本が並んでいた。


「ここは?」

「人間の一生を勝手に記している本が置いてある部屋だふぁ。夕陽の一生の話も書いてあるふぁ」


 1冊の本を手に取る。そこには、少年Zから黄昏夕陽へと書かれた本が置いてあった。他の本に比べて比較的分厚い本だが、最初のほうにしか文章は書いていなかった。半分以上白紙だ。


「この本は、俺の人生の本?」

「この本にはこれからの夕陽の人生が書き込まれる予定だふぁ。夕陽の人生は長くなる予定なので、他の人より分厚いふぁね」

「俺の以前の名前って何だっけ?」


 普通はありえないのだが、夕陽は本当の名前を忘れてしまったのだ。いくら思い出そうと思っても全然覚えていなかった。


「本当の名前と引き換えに、この店の店主になれたふぁね。だから、もう本当の名前は思い出すことはできないし、思い出す必要もないふぁ」

「だから、俺だけ名前が書いてないのか?」

「もうあとがないから、少年Zとしたふぁよ。Zはアルファベットで一番最後だふぁね」

「名前なんていらないよ。俺はこの店で大切だった人に会えたら、そのときこそ彼女を守ってやるんだ」

「何年かかるかわからないふぁよ」


 そして、店の裏側をふわわが案内した。何部屋かあり、生活ができる台所や風呂場やトイレが設置されていた。ごく普通の家だった。でも、並んだ商品は見たこともない商品ばかりで、夕陽はひとつひとつの商品の使い方や危険性を学ぶこととなった。


 夕陽は死を普通とは違った形で迎えることとなった。死は生と反対なものだと思っていたのだが、夕陽屋の店員として永遠に働くことがZにとっての死となったのだ。


 誰にだって苦労も大変なこともあるが、それを乗り越えて毎日を生きなければいけない。その命が自然と尽きるまで。わたしたちは生きるべきなのだ。その価値は自分で見出すのだ。


 ♢♦♢♦♢


 あなたも夕陽屋に来た時は、慎重に買い物をすることをおすすめします。たそがれどきに強いねがいを込めると不思議な夕陽屋に出会えるかもしれません。チャンスを生かすも殺すもあなた次第。運がよければ店主になれるかもしれませんが、現世での死を意味するらしいので要注意です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ