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不思議でお菓子な夕陽屋  作者: 響ぴあの


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自分で死亡日時を決められるエンディングノート 

 寿命を延ばすための禁じ手アイテムがここにある。「エンディングノート」だ。現在大人たちの間で流行しているというエンディングノートとはちょっと違う。どんなノートかって? 人生の終わりに向かって歩いている大人たちのエンディングノートは、自分が死んだら葬式はこうしてほしいとか、自分の人生の記録を記すノートだ。


 でも、夕陽屋のエンディングノートは未来日記に近いものだ。何歳で眠ったように死んでしまうとか、人生を決定するノートだ。書いたことが事実になるメモ帳と紙の成分は少し似ている。しかし、メモ帳はひとつしかねがいごとは書けないが、エンディングノートは自分の死ぬことに関することしか書けない。書いたことが事実になるノートと言ってもいいかもしれない。しかし、死ぬ日時と死因を書いたら、あとで書き足したり修正することもできない。使い方次第でおそろしいノートだ。


 自分は何歳でどのような死因で死ぬかを決定するのはとても難しいものだと思う。運命ならばしかたのないことだが、死ぬ日や時間を自分で決めないといけないということは誰でも大変悩むだろうし、死ぬ時期を知っているというのは死ぬまで辛い。使い方次第で自殺ノートにもなるのだ。


 そして、効果が本物なので、とても危険な商品だ。だから、夕陽屋でも扱い方が普通の人間には難しいので、普段は売ることはないが、かすみのために入荷を決断した。夕陽が考えたのは、人生が決定していることを消すには、それなりに効力が強い商品で太刀打ちするしかない。考えに考えぬいた結果、これしか打つ手はないと夕陽は思った。


 他に夕陽が思いついた商品の中には「夢をかなえるペン」というのもあったのだが、夢をかなえる効力だけでは寿命を延ばすには力不足だと夕陽は思った。


 寿命を延ばし、人生を変えてしまうというのは人間の長い人生を変える大きな力が必要となる。大きな力には代償がともなうし、人生を自分で決めるというのは13歳にまだならない年齢の人間には過酷すぎるとも感じた。


 もし、かすみが夕陽とこの時代に出会わなければ、幸せだったのかもしれない。そう考えると夕陽の心は後悔の気持ちにおそわれる。たとえ寿命が短くとも知らないでその時を迎えたほうが幸せだったのかもしれない。しかし、かすみは自分の寿命を知ってしまった。ならば、責任をもって夕陽が前世のつぐないをしよう。今こそ彼女に恩返しをしたいと思っていた。もう、前世の自分の名前も忘れてしまったけれど、それでも、思いだけは消えていなかった。


「かすみ、このノートを使ってみよう」

 最近、ちょくちょく夕陽屋に来るかすみに向かって、心の距離が縮んできたと感じていた夕陽は思い切って切り出してみた。店外持ち出し禁止ともいえる商品を棚から出す。


「エンディングノートっていうんだ。これは、書いたことが本当になる力がある。死に方の希望をここに書いてほしい。そして、最後に死因と死亡日時を書いたらこのノートは修正できなくなる」

「これで寿命を延ばすの? でも、死に方の希望とか日時のねがいなんて思いつかないよ」

「ちゃんと考えてからでいいよ。これは使い方によっては自殺ノートにもなる。でも、これならばかすみの寿命は確実に長くなる。そのかわり自分が死ぬことを知っていながら生きていかなければいけない」

「代償は死ぬことを知っていながら生きていくこと?」

「それも代償のひとつだけれど、このノートを使ったら夕陽屋のことは忘れてしまうんだ。でも、死ぬ日だけはなぜか覚えていると思うよ」

「夕陽君のことを忘れてしまうの?」

「元々俺たちは知り合いではなかった。だから、それでいいだろ?」

「私とあなたは前世で恋人だったの?」

「血のつながらない兄と妹だよ。前世で義理の妹を守れなかった。そして、妹は死んだ。それ以上のことは俺は覚えていない。でも、ようやく生まれ変わりの妹に会えた。だから、この世界でつぐなわせてほしい」

「でも、本当にあなたの妹だったのかもわからないし……」

「俺にはわかる。かすみは俺が愛していた大切な人だ」


 夕陽のまなざしはとても真剣でまっすぐだった。少し、涙を浮かべているような気もする。同級生の男子にもそんなセリフを言われたことがないかすみは顔が真っ赤になる。そして、初恋のような淡いけれどとても大切な人を想う気持ちを感じた。この人を忘れたくない。でも、忘れなければいけないの?


「他に未来を変える商品はないの?」

「……」


 夕陽は黙ってしまった。

 夕陽を忘れたくないと思ったかすみは必死に店内の商品をくまなく探す。もしかしたら、夕陽を忘れずに未来を変える商品を見つけられるかもしれない。過去へつながる公衆電話も使えないかを考えたが、5年後の自分の死は過去を変えることで変わるものではないと思えた。


「寿命をのばすラムネやせんべいを食べればなんとかなるよね」

「大人になると周波数が合わなくなって夕陽屋に来れるとは限らないしな。あのお菓子は、一時しのぎでしかないんだ。老衰ならば太刀打ちできるけれど、突発的な事故ならば効き目が薄いと思う」


「事実を変えることができるメモ帳は? 死なないってかけばいいでしょ?」

「不死はこのメモ帳ではねがえないからな」

「じゃあ5年後に死なないと書くとか」

「5年後に死ななくても6年後に死ぬってこともある」


「事実を消すことができる消しゴムは?」

「まだ死んではいないから、事実にはならない」

「私が死んだら夕陽君が消しゴムで死んだ事実を消して」

「俺は死んだ人間だ。そちらの世界に直接的に関わって生き返らせることはできないんだ。ここの商品は俺には効かないし、使っても意味をなさないんだ」


 かすみは思いつくだけ提案してみる。

「病気を吹き飛ばす風車とかは?」

「病気が死因なのか今のところはわからないだろ」


「じゃあ、人生の書庫で未来のページは読めないの?」

「人生の書庫の本は毎日文字が自動的に増えている。未来を読むことはできないんだ」


「じゃあ、このエンディングノートしか手はないの?」

「他の商品だと決定した命に関わる未来を変える力は弱いと思う」

「私、夕陽君を忘れたくない」

「俺は忘れないよ。自分のために生きてほしい。来世でまた会おう」

「そのときは、もっともっと一緒にいようね」


 かすみは涙を流した。忘れてしまうさびしい気持ちと夕陽と心が通じた気持ちが混じりあったような涙だった。その涙を夕陽の長くて細い指が拭ってくれる。心が通うというのはなんて心地がいいのだろう。どきどきしているはずなのに、落ち着いた気持ちになる。


「まだ時間はある。このノートを持っていけ。じっくり考えてからノートに書き込むんだ。そして、誰かに勝手に使われないように保管には注意しろよ。それと、寿命がのびるお菓子にはあまり期待するなよ」


 ♢♦♢♦♢


 かすみはまだこのノートに自分が死ぬ日を記すことができないでいた。自分で死ぬ日を決めるということはあまりにも自己責任が大きすぎるからだ。そして、寿命が途切れる前にこれを使って寿命を延ばせば、夕陽屋のことも黄昏夕陽のことも忘れてしまうという事実もかすみには大きな悲しみとなっていた。


 それから、半年ほどで、おばあちゃんはあっけなく持病の悪化で突然亡くなってしまった。それは老衰と呼ばれるもので、寿命を全うしたのかもしれない。でも、寿命がのびるせんべいを食べさせていたのに、ラムネだって毎日渡していた。どうして……。


 かすみはあれから、せんべいを1か月おきに食べさせた。そして、メモをとりながらラムネもその間のつなぎとして食べさせていた。


 お母さんがおばあちゃんの部屋を掃除していると、引き出しからラムネが出てきたとお母さんが言っていた。おばあちゃんはラムネが好きではないけれど、ありがとうと受け取って、食べたふりをしていたみたいだ。渡したはずのせんべいも1枚出てきた。


「食べ忘れたのね」とお母さんは言ったが、おばあちゃんはだいぶ食欲がなくなっていたのは事実だった。寿命がなくなりつつあるとき、高齢になると食べる量が減るという。きっとお菓子を食べたいと思わなかったのかもしれない。最後に夕陽が言っていた「お菓子には期待をするな」という意味はそういったことなのだろう。それに、決まった寿命に対しての効果が必ずというわけではないという効き目の弱さについての話も気になった。寿命への万能薬はないのだろう。かすみは、自身のためにエンディングノートに真面目に向き合うことにした。

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