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不思議でお菓子な夕陽屋  作者: 響ぴあの


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人間をコピーする風船

 自分がもう一人いたとしたらいいのに。もうひとりの自分がいれば、代わりに宿題をしてくれたり、自分が疲れていても学校にいってくれるだろう。その間、本当の僕はのんびりしていられる。だから、もう一人の自分がいてほしいとジローは思っていた。しかし、本当の自分が楽ばかりしていたら、コピーのほうがずるいと言ってくるっていう結末になっちゃうのかもしれない。ジローにとって、そんな馬鹿なことを神社の境内に寄り道しながら考える。そんな時間が唯一のやすらげる自分のための時間だった。


 ジローは体力テストを受けたくなかった。運動は苦手だし、体力が女子よりも全然ないので、クラスのやつらに馬鹿にされたくないというのもあった。それに長距離走はとても疲れる。親は教育熱心で、ジローは親に逆らうことはしない。帰宅して習い事に行って宿題をして……そんなことを考えただけでため息が出た。逆らおうという考えすらジローには湧いてこなかった。なぜならば、ジローは波風立てるような性格ではなかったし、もめごとが大嫌いで何事も穏便に過ごしたいという性格だった。ただ、逃げたい、ゆっくりしたいという気持ちだけだった。


「体力テストを受けたくない」

 小さな声だったが、涙を浮かべたジローは小さな体で号泣しはじめた。家に帰ってから泣いてしまったら母親が心配するだろう。でも、この誰もいない神社の境内ならば、クラスのやつらも知り合いもいない。放課後のわずかな時間だが、ジローの心を安定させる秘密の場所だった。最近は日が暮れる時間が早いので、小学校の下校時刻には空が少し暗くなっていた。カラスの鳴き声が聞こえる。境内の気温は少し低く肌寒い。竹林に降り注ぐ夕陽の光がジローの足元を照らした。


 そのとき、急にまわりの景色が変わった。不思議な現象が起きたことに戸惑いを隠せないジロー。境内だった場所になぜか商店らしきものが現れた。どう考えてもあり得ないことだった。あんなにたくさん生えていた竹林もない。先程まであんなにうるさかったカラスの鳴き声は聞こえない。


 とりあえずお店に入って、ジローはここがどこなのか聞いてみることにした。不思議な雰囲気をかもしだす店内に圧倒される。おめんと風車が印象的な店内の商品はどこか不思議で懐かしく思えた。


「すみません、ここ、どこでしょうか?」

 奥にいた店員の夕陽に聞いてみるジロー。


「ここはたそがれどきに現れる夕陽屋だよ」

「夕陽屋?」

「きみのねがいをかなえるお店だよ」

「体力テストを受けたくないけれど、学校を欠席はしたくない、親を心配させたくないんだ」

「じゃあ君をもう1人作ろう」

「どういう意味?」

「君をコピーするんだ」


 書類をコピーする要領で人間をコピーするという店員のことがジローは不思議だと思い、こわいとも感じていた。


「君に10円でコピー人間を売ってあげる」

「コピー人間?」

 

 夕陽は風船のようなオモチャを取り出す。


「風船?」

 ジローは驚いて質問した。


「これをふくらませると、息を入れた人のコピーができあがるんだ。人形みたいなものだけれど、本当の人間と見たところ変わらないんだよ。だから、誰にもばれないのさ」


「でも、風船は僕がしないような行動をとったりしないよな? 実は犯罪を犯すとか、けんかするとか、そういったことはごめんだ」

「大丈夫。この人形はあくまで本人がやることと同じことしかやらないよ。だから、運動神経が良くなることもないけれど悪くなることもないよ」

「その間、僕はのんびりしていればいいの?」

「のんびりしていればいい」


 世の中ちょろいものだな。余裕のよの字でジローは翌日の朝、風船をふくらませた。そして、本当に自分と同じ姿かたちになった人形を目の前にしてジローは驚いた。あまりにも本物と変わらない人形に驚きを隠せなかった。触った感じも見た目も人間だった。そして、それはジロー自身だった。


「今日は僕の代わりに学校に行ってくれる?」

「わかったよ」

「体力テストがあるから。特に長距離走が僕は苦手だから、君にお願いしたい」

「了解」


 返事や話し方も自分そのものだということにジローは驚いていた。声も自分の声がそのままだなんて、信じられない気持ちだった。親は仕事で昼間はいない。だから、家にいてもばれないだろう。そう思って、部屋でのんびりしていた。あの人形って1日限定なのかな? ちゃんと説明書を読んでいなかったので、人形が登校した後に読んでみた。学校でちゃんとしてくれるかな、でも、今日の出来事は本体である自分が覚えていないと、後々まずいのかな、なんていう不安もわきあがる。


「この人形は役目を終えたら消えてしまいます。そして、その間の記憶はふくらませた本人に消える瞬間に移動されます」


 説明を読んで、ジローはほっとしていた。なぜならば、人形が消えると同時に自分に記憶が戻るのならば、後々約束していたことを知らなかったということもないだろうし。でも、役目を終えるという意味があいまいだなぁと思っていた。きっと今日の体力テストが役目を終えたらの意味だろうとジローは勝手に思っていた。


「ただいまー」

 元気に自分の姿をした人形が帰ってきた。1日中ゲームをして過ごしていたので、少し飽きたなぁと感じていた。一人というのは気楽だが、退屈でもあるなんて思っていたので、人形には消えてもらってこれから何事もなかったかのように習い事に行こうかなどと考えていた。習い事先には気の合う友達もいるので、友達に会うことは楽しみのひとつでもあった。


「君は消えていいよ。どうもありがとう」

 ジローが言うと、人形が答えた。人形の話し方も人間そのもので違和感はどこにも感じられなかった。誰も、どちらが本物かと言われてもわからないレベルになっていた。


「まだ僕の役目は終わっていないよ」

 人形はもっとこの世界にいるつもりのようだった。


「もし、自分のかわりに必要な時のために、人形君はどこかに隠れていてくれない?」

「あいにく、体を小さくして隠れることはできないから、僕はこの世界で生きることにしたよ」

「はあ? 人形のくせに、人間になるつもりか?」

「誰も僕が人形だなんて気づかなかったし、能力はきみと同じだ」

「じゃあ、風船にもどってよ」

「僕は風船に戻ることもできないんだ。選択肢は消滅ということになる。人間の生活が気に入ったんだ。だから、僕が君にになる。本体がこの世界から消えてくれないか?」


 人形の目が鋭く光る。ジローは何かの物語で読んだSFを思い出す。人間以上に優秀なロボットが人間に成り代わって世界を作っていくというような話だ。でも、目の前にいるのは、ロボットではない。そして、自分と能力は同じはず。だから、力で負けることもないだろうし、知識で負けることもない。でも、勝つこともできそうにない。穴をあければ風船が割れるということはないだろうか? 


「僕を消そうとしてもむださ。君に消えてもらおう」

 人形が知らないカプセルを持っていた。そのカプセルのふたをあけてこちらに向ける。すると、僕の体が吸い込まれそうになった。これでは、目の前のダミー人形に本物であるジローが消されてしまう。


 説明書には消す方法が書いていなかった。掃除機がごみを吸い込むときのような吸引力だ。どうすればいいのだろうか。なんとか足で踏ん張るけれど、髪の毛のほうから吸い込まれていく。ジローは柱につかまって僕はなんとか吸い込まれまいとがんばる。


 そのとき「ジロー、いるんだろ?」とお兄ちゃんが部屋にやってきた。お兄ちゃんと僕は仲良しだ。お兄ちゃんは、僕が二人いるという現象に驚いていた。僕は「おにいちゃん、助けて!!」と叫んだ。


 体のちいさいお兄ちゃんに僕を助けられるということは可能性としては低いし、本物を見分けられるはずはない。肉親でも見た目は一緒だからわからないだろう。


「おまえ、ジローのにせものだな!!」

「僕が本物さ。こいつがにせものジローだから消しているだけだよ」

「ジローは穏やかな性格だ。無理ににせものを消すということはしない。だから、吸い込もうとしているお前がにせものだ!!」


 その瞬間、吸引力が止まった。危機一髪のところでにせものの人形が元の風船に戻り、そのまま縮んでしまった。


「ありがとう、おにいちゃん!! なんで僕が本物だとわかったの?」

「あいつの目つきが今まで見たことがなかったくらいの鋭さだったんだ。お前は弱虫だが、人に危害を加えることはしないだろ」

「さすがおにいちゃんだ!!」


 目の前にはしぼんだ風船と説明書の紙切れが落ちていた。説明書の一番下のらんに小さな文字で書いてある文字に気づいた。それを読むと、

『人形の役割が終わるときは、にせものだとばれた時です。人形が人間として生きようとしたときには誰かににせものだと見破ってもらおう』と書いてある。


「にせものだとバレなければずっと人形は消滅しなかった。なんて危険な風船なんだろう」


 わけがわからないという顔をしているお兄ちゃんにジローは事細かに出来事を話した。夕陽屋という幻の店のことは、二人の心にしまうことにした。そして、もしその店に入ってしまっても絶対になにも買わずに出ようという約束を交わした。きっと、これから先、この二人の兄弟は夕陽屋を頼ることはないだろう。


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