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不思議でお菓子な夕陽屋  作者: 響ぴあの


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病気を吹き飛ばす風車

 ふたばは、余命があと少しらしい。完治が不可能だという病気にかかっているのだが、病気を直す薬がないのだ。もし、魔法でもあればこの病も治ったのかもしれない。そんな絶望と失望の中で、病気の痛みと体調不良との闘いだった。


 まだ何も成し遂げていない。10代半ばで亡くなってしまうのだろうか? スマートフォンでネットサーフィンをしていたときに、生きたいという検索の中で、夕陽屋という言葉が出てきた。聞いたこともない名前だ。


 夕陽屋とは、どういったものだろう? 何かの医療行為をする施設なのだろうか? それにしてはお店みたいな名前だ。生きたい人を支援する団体だろうか? 夕方、夕ご飯前の看護師が検温に来る前の時間、入院中の病室から夕陽が広がる赤と青と紫色が入り混じった空を眺めながら、ふたばは生きたいと願った。それは、心からのねがいだった。


 入院していて外出なんてできないはずのふたばはなぜか知らない店の前に来ていた。そんなはずはない。外出許可だって出ていないし、病室のベッドにいたはずなのに……。久しぶりの外の世界の空気だった。お店にだって最近は来ていない。もしかして、病気で外出もできないふたばのために神様か誰かが夢を見せてくれたのかもしれない。


 いつもより体が軽く、楽な感じがする。夢なのかもしれない、ならばお店に入って買い物を楽しもう。そう思って、扉を引いて開けてみる。横開きの扉は思ったより軽く開けやすかった。


「いらっしゃい」

 夕陽が出迎えた。パジャマ姿のふたばは少し年上の少年がいることに驚き、少し恥ずかしくなった。でも、夢だと思い直して、普段なかなか同級生と話せない分、この人と話してみようという気持ちになった。


 全てを見通したかのように冷静な瞳で夕陽はふたばをみつめながら話しかけた。ビー玉のような、まあるいきれいな瞳は、汚れのない透明な美しさがあった。ふたばは思わず見とれてしまった。美しいというのはこういった顔立ちをいうのだろうと、彼の顔のパーツを眺めていた。


「ここは駄菓子屋さんかな? うしろに飾ってあるお面と風車が縁日を思い出すなぁ。ここ最近は体調が悪くてお祭りにも行っていないし、入院生活をしいられているの」

「ここは、不思議なお店だよ。君の望みをかなえるお店だ」

「なあに? そんなお店があるはずないでしょ?」

「夕陽屋はたそがれどきに強いねがいを持った人しか来れない店なんだ。1回に1個しか売ることはできないけれど、そこにある商品はおすすめだよ」


 ふたばは夕陽が指さすほうを見てみた。すると、病気を吹き飛ばす風車と書いてある。痛みという文字が真ん中に書いてある。


「私、病気で体が痛いの。これで痛みがなくなるの?」

「ああ、この風車は痛みを感じるという代償と引き換えに病気がなくなるんだ。おまえは生きたいのか?」

 いきなり確信に迫る質問だ。


「生きたい」

 ふたばはきっぱり答えた。


「私のねがいは病気を治して長生きしたいの。本来の健康だった寿命を全うしたいの。このままだったら死ぬだけだから、未来はないの」

「今後、君には痛みがなくなってしまう。人間は痛みがあるから無茶をしない。それは命を守るために大事なことなんだぞ」

「でも、治療で痛い思いをした私は、人よりも痛みを知っている。これ以上はいらない。それに、今痛みと毎日闘っているから、代償というよりはむしろ痛みがなくなることはねがいよ。痛み自体いらないの」


「この風車は10円だよ」

 ふたばはお金を持っていないことに今更気づいた。しかし、パジャマのポケットを探してみると、偶然入っていた10円玉を取り出す。ふたばもなぜここに入っていたのかと意外そうな顔をした。


「使い方は?」

「この風車に向かって息を吹くと回るんだ。ここに痛みという代償が書いてあるから、この風車が回り終わったら痛みを感じない体になり、病気は完治している。君は病院のベッドに戻っているよ」


 痛みが大事だという意味も知らずにふたばは風車に向かって思いっきり息を吹きかけた。世の中にはあったほうがいい痛みというものがあるのだ。でも、今のふたばには痛みはなくていいものだった。


 風車は一息でとてもはやい勢いでぐるぐる回った。それは信じられない速さだった。その風車を見つめていると目がぐるぐる回った。そして、ふたばは気を失い、気づくと病院のベッドの上で眠っていた。


 これは、夢だろうか? ふたばは信じられない気持ちになっていた。きっと夢を見ていたのだろうと思ったのだが、注射の針が痛くないことに気づく。その後、とても体調がよく、病院で検査をしたところ、医者も驚いていたのだが、無事に完治していたらしい。


 夢じゃなかった――ふたばは感じていた。

 風車ひとつで難しい病気も治るなんて、あの店は本当だったんだと。


 ♢♦♢♦♢


 夕陽はその様子を本で読みながら、ふわわに語りかけた。


「無痛というほど怖いものはないんだよ。痛いからケガをしないように、やけどをしないようにと人間は自分の体を守っているんだ。先天的に痛みを感じない体の人は成人まで生きることがが難しいらしい。だから、人間には痛みはとても必要なものなのさ」

「じゃああの子は長生きできないふぁ?」

「さぁ。何とも言えないけれど、あの子次第だよな。せっかく長生きできたのに大切な能力を失ったってことだ。やけどをしても何も感じないのでは、体を守ろうと思わなくなるってことさ」


 夕陽はため息交じりに夕焼けの空を見つめた。なんて不思議な色合いだろう。赤と紫と水色が混じりあう一言では表せない色が空には存在していた。人間もひとくくりにできないのは空の色と同じだと感じていた。ここはずっと夕方の時間で止まっている。


 そのあと、1年くらいあとにふたばは亡くなったらしい。病気は奇跡的に完治したのに……。それは、痛みを忘れたために無茶をして事故にあったそうだ。自己防衛の痛みがないことは命を縮めることにつながるらしい。


 失っていいものと悪いものがある。でも、それは個人の価値観によって変わってしまう。正しいということは決まっていない。長生きできて、痛みがないことは幸せだろう。でも、それが悪い方向に行く可能性もあるということで、人生はわからないのだ。

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