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不思議でお菓子な夕陽屋  作者: 響ぴあの


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人生おきかえシール

 えみのお父さんが死んだ。今はお母さんとえみの2人暮らしだ。えみは、まだ小学4年生なので、お金を稼ぐことはできない。えみは早く大人になりたい、お母さんを助けたいと切実に願っていた。


 えみは、最後の望みとして、お父さんを生き返らせるということをお願いすることにした。そうすれば、すべて元通り、家族3人で仲良く暮らすことができるのだ。そして、お母さんも今の不安定なパートの仕事の掛け持ちをしなくてもよくなるし、私と一緒にいる時間が増える。さびしい気持ちもなくなる。なんて素晴らしいことだろう。たそがれ時に強い思いをこめると不思議なお店に出会えるらしいということをクラスの友達が言っていた。


 そんなはずがあるわけないと思いながらも、えみは試してみたいと思った。元々不思議な話が好きで素直に信じてしまうタイプのえみは、強い気持ちでお父さんの生き返りをねがってみた。その瞬間、夕焼け色に染まった景色が変わる。目の前に知らない古びた建物が現れた。えみが選ばれた子どもだったからなのかどうなのかはわからないが、どうやらうわさの不思議なお店にたどりついたらしい。古びたドアをゆっくり静かに開けてみる。


 えみは、これが最後の希望だと思い、すがるような目で夕陽をみつめた。そのまなざしは真剣かつ必死だった。


「お父さんがあおり運転という悪質な嫌がらせの事故で死んでしまったの。だから、おねがい!! お父さんを生き返らせて!!」


 夕陽の視線はずっとまっすぐで、一切えみから視線をそらすことはなかった。


「ここはねがいをかなえるお店ってわけじゃないし、俺は神様じゃないよ」

「でも、ここには不思議な商品があるんでしょ?」

「いっぱいあるから、使い方次第でねがいがかなうはずだよ」

「この世界にはたくさんの種類があって、たくさんの違う未来や過去があるんだ。並行世界って言うんだけどな。だから、君は別の世界とおきかえるという商品を使ってみるか?」

「世界をおきかえる?」

 えみの目は驚きで飛び出るかというくらいの大きさになる。


「並行世界に行ってしまうと自分がもう一人いることになる。だから、チェンジして、おきかえれば自分は一人だけになるっていうしくみさ」

「なんかよくわかんないけれど、世界をおきかえたいよ」

 世界の仕組みはえみにはわからないことばかりだったが、とりあえず今とは違う世界になるらしいことがわかった。それならば、試してみるしかない。


「おきかえシールっていうものがあるんだ。人生の地図っていう紙がセットでついているんだけどな」

 夕陽は丁寧に1つの箱を持ってきた。その箱は使われていない様子で日焼けしていた。そんな古そうなオモチャで大丈夫なのか、えみは少し心配になった。


「一見オモチャみたいだろ。でも、この人生の地図を広げて、シールを違う世界に貼ると、今とは違う世界に変わるよ」

「もしかしてお父さんが生きていない世界ってこともあるの?」

「大丈夫。お父さんは生きているよ。でも、今とは少し何かが違う世界になっている。少し何かが違う世界になるのとお父さんが死んでしまった今の世界とどっちがいい?」


 究極の2択を迫られたえみ。でも、お父さんがいないのは嫌だ。だったら、少し違ってでも家族がそろっている家族が仲良しの明るい家庭を選んだ。シールひとつでお手軽なおきかえができるなんて、なんて簡単なことなのだろう。おままごとあそびをするかのような感覚でえみはシールを貼った。ただ、人生の地図という紙に貼るだけの作業はとても簡単だった。


 まだ半信半疑でえみは自宅へ向かう。シールを貼っただけで葬式を済ませたはずの父親が生きているかもしれない、そんな夢みたいな話を信じてえみは帰路を急いだ。


 驚いたことにいつものえみの平和な家庭がそこにあった。普通はないことなのだが、交通事故はなかったことになっていたのだ。自宅には、見た目はいつもと変わらない父と母がいた。


 でも、何かが違うような気がした。たしかに少し違うと説明はあったが、具体的に何が違うのかは知らされていなかった。それは、両親の性格のようだった。温厚で優しい人柄だった父親はいらいらしていて怒りっぽくなっていた。そして、いつも明るい母親は、とても暗く落ち込んでいるようだった。あんなに仲の良かった二人があんなに仲が悪くなるなんて思わなかった。このまま仲の悪い家族として生活しなければいけないなんて――。


 えみは翌日たそがれどきにもう一度夕陽屋へ行こうと決心した。きっと、あの少年ならば助けてくれるだろうと信じていた。というより、もう夕陽屋にしか頼ることができない状態だった。


 しかし、えみがいくら強い思いで願っても、それ以降、夕陽屋が現れることはなかった。それは、少し違った世界には夕陽屋というお店は存在していなかったからだ。


 でも、えみの記憶は消えない。あの悲しい事故のことを頭の片隅に入れたまま、精神的に苦しい生活を送るのかもしれない。本当はお父さんが一度死んで生き返ったという事実を自分の中にしまったまま一生過ごすのだろう。心に秘め事を抱えながら、えみはいつも通り生活することに一生懸命になっていた。残酷な記憶は簡単には消えないのだ。そして、えみはちょっと違う世界の親のことがとても嫌いになっていた。


 ♢♦♢♦♢


「あの子の事故の記憶は消えないから、かわいそうだったな。でも、記憶は大事だよ。相手をうらむよりも、違う未来をねがったから正解だったと思うけど、必ず幸せが待っているとは限らないんだよな」

「そうふぁね」

「人は心に隠し事をしながら大人になるってことだ。何かを成し遂げるには何かを犠牲にしないといけない。例えば、何かを買うにはお金が必要だし、何かをするには時間が必要だろ」

「もうあのこはこの店に来れないふぁね」

「そうだな、残念ながら並行世界にはこの店は存在していないからな」

 夕陽は何かふっきれた顔をしていたが、ふわわは再び眠ってしまった。


 次の「病気を吹き飛ばす風車」のおはなしは、えみのクラスメイトだった少女の物語だ。とはいっても、その女の子は病気がちでほとんど学校に来ていなかったので、少女はえみがこの世界からいなくなったことに気づいていないようだ。

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