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不思議でお菓子な夕陽屋  作者: 響ぴあの


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20/26

永遠ループドリンク 

 リョウの所属するサッカーチームは一度も勝利したことのない超弱小チームだ。来年は中学生になるが、このメンバーでサッカーができるのは6年生である今年までとなっている。リョウは勝利を勝ち取るには、都市伝説のお店しかないと思った。


 普通ならば、練習をもっと頑張るとかスクールに通うとか現実的に実力をつける方法はいくらでもあるかもしれない。でも、リョウたちには時間がない。みんな中学生になると学区がばらばらになり、同じ中学には進学しないし、受験や転校で違う学校に行ってしまう友達もいる。今度の試合に勝てなければ小学校生活でのサッカーは引退ということになる。


 リョウたちは今までだって努力もしたし、一生懸命練習もした。11人しかいないチームなので補欠はいないし、ケガをすれば10人で戦わなければいけない。いつだって、真剣に健康管理にも取り組んだし、走り込みもした。でも、勝てないのだ。


 元々、このチーム結成のきっかけは、運動が得意じゃない子供をもつ親が運動をしてほしいということで、サッカーチームに入れたのがきっかけだ。リョウも小さい頃は体が弱かったので、体力をつけてほしいという親の願いでサッカーをはじめた。はじめは走ることも好きではなかったけれど、なんとなく気の合うメンバーが集まったので、リョウたちは友達と遊ぶことがサッカーの練習となり、結果的にサッカーが好きになった。もっと彼らと試合をしたい。そう思った。


 だから、1試合でも多く勝てば引退が遅くなる。もっと一緒にプレーをしたいという強い願望が夕陽屋を呼ぶことができたのかもしれない。全ての野望は願望から始まるのだ。


 道徳とか決まり事よりも、少なくともその時点では、自分の思いの方がずっと大事だった。6年生という時期は今しかない。そして、試合も今しかできないのだ。あのメンバーで一緒にできる最後の夏が終わる前に、ずるをしてでも一緒にプレーをしたい。


 たそがれどきに強く願う。すると、味わったこともない光が体を包む。まるで紅葉が散った後の赤いじゅうたんが敷き詰められた感覚に近い。


 願望がかなったのだろうか。夕陽の光がまぶしいけれど、見上げると夕陽屋と書かれた看板が見える。古びた店が現れた。これは、やったんだ!! 夢の勝利への切符を手に入れたような予感がすでにあった。ずるいかもしれないけれど、それでも勝ちたい。反則でも勝利という事実がほしい。おっかなびっくりで店に入ってみる。横開きのドアをおそるおそる開けてみる。


 店の中は古びたにおいがたちこめていた。そして、たくさんの見たこともないような商品が並んでいた。まつりの屋台に並んでいるようなお面もあってにぎやかな雰囲気も店内にはただよっていた。リョウの心は、少しわくわくしてくる。


「いらっしゃい」

「こんにちは。僕はリョウです。あなたは夕陽屋の店員?」

 あの都市伝説の店なのだろうか。リョウは確認してみた。

「夕陽屋の黄昏夕陽だ」


 店員の夕陽は不思議な気配がするとリョウは感じていた。人間が持たない何かを持った異質なものとしてリョウは夕陽を受け入れていた。見た目からは想像もできない冷酷さを秘めたような感じもしていた。リョウは第6感が鋭いとよく言われる。だから、なんとなく夕陽の不思議なオーラを感じ取っていた。


「僕はサッカーの試合に勝って、少しでも長くこのチームのメンバーでプレーしたいんだ。それに合う商品はあるかな?」

「君のねがいはサッカーの試合に勝ちたいってことか?」


 慎重に店内の品物をみつめる夕陽。きっとリョウに合った品物をみつけてくれるのだろう、リョウは心の中で祈っていた。

「そうだよ」

 でも、本当にいいものを提案してくれるのだろうか? よくうまい話には落とし穴があったりする。少しばかり警戒していた。


「1試合だけでいいのか?」

「そりゃあ1試合だけではなく2、3試合くらいは勝ちたいよ」


 人間は欲がある生き物だから、1試合よりは2試合、3試合勝ちたいと思うのが人間だと思う。それは誰でも同じだろう。

「市で一番? 県で一番? 国で一番? 世界で一番?」


 リョウはただ勝ちたいと思っていたけれど、市で一番の人は県で一番になりたいだろうし。日本で一番の人は世界一を目指す。あたりまえの図式が夕陽の言葉によって認識できた。


「じゃあ、日本で一番ということも可能なの?」

「可能だけれど、そのあと本当は弱いと知られたら大人たちは手のひらを返すだろうけどな」

「テストで100点とったのに次はなんで10点なのとかそういうこと?」

「人は期待をしてしまう生き物。そして、裏切られるとがっかりする。期待をされなくなるもの。それでもいいか?」

「少し考えてみるよ。ちなみに、リスクってあるの?」

「体に負担がかかるかもな。今まで弱小だった人が本格的な選手と戦えば、体に負担がかかる。元々サッカーというスポーツはケガがつきものなのだから」


 リョウは少々考え込んだ。素敵な思い出作りのために期待をさせて、がっかりされるという結末、体に負担をかける未来。僕たちはまだまだこれからがある。今、体を壊したら、中学校、高校でのサッカーはできなくなる可能性もある。でも、リョウのねがいは、みんなと仲良くサッカーを続けることだ。


「じゃあ、時を止められる? ずっと小学生の今の時期を過ごしていたい。時がとまったらいいなぁってみんな言ってたよ」

「可能だけれど、きみたちは異次元でずっと今を過ごすことになるぞ。ここの世界では不可能だからな」

「歳を取らずに時が進まないということ?」

「永遠に時が回り続けるってこと」


 少し怖くなった。浦島太郎のような昔話を思い出すとなおさら怖い。あとで、しっぺ返しが来るような気がした。僕たちは1試合勝つことができたら奇跡だ。でも、魔法という魔力によって、名誉とかトロフィーとか賞賛とかせんぼうのまなざしという結果が欲しくなった。人間の欲なのかもしれない。


「市の大会で1位になりたい」

「県の大会で大敗しても?」

「じゃあ県の大会で1位になりたいよ」

「地区大会は?」

「それは、やめておくよ」


 自分たちの実力を冷静に分析して、そこは辞退しておく。

「ループドリンクを飲んだら、リョウ君が一番過ごしたい時期が何度もループできるんだ。永遠に……」


 そのとき、リョウはもうあともどりできない錯覚におちいった。一口飲めば迷いは消えてしまう。この時間を大事にしたいと思ったからだ。

「飲んでみるよ、いくら?」

「50円だよ」


 リョウはごくごくドリンクを飲みほした。炭酸水のようなしゅわしゅわな味わいで甘い香りがするジュースだった。見た目は青くてどくどくしい色あいだが、かき氷のブルーハワイみたいな感じだろうか。嫌いな色ではなかった。


 リョウはそれを励みに一生懸命サッカーの練習をした。そして、チームメイトたちは、まさか県で1位になれるなんて思ってはいなかったが、少しでも上達しようと勤勉に取り組んでいた。才能ではなく努力の塊のチームだった。あっけなく1回戦は勝利した。たまたまボールがゴールに入った、そんな風に見物人からは見えただろう。でも、ラッキーの連続は終わらなかった。


 1回戦負け決定だと思われていたリョウのチームは、市の決勝戦ですら、余裕の優勝だった。それは、疲れてはいたものの、すごいスタミナがなぜかリョウたちには身についていた。世にも不思議なスタミナに対して、誰も不思議に思わなかった。みんな人一倍、努力はしていたのだから。


 ボールがいい方向に動く。不思議な現象が続き、県大会に出場した。学校や市などから表彰の連続だった。リョウたちは鼻が高かったし、大人たちも手のひらをかえしたかのように、急に応援をはじめる者もいた。強い中学校のスカウトも目を光らせている、そんな空気の中、リョウたちは県大会で優勝した。そして、地区大会であっけなく敗北した。もしかしたら、実力が本当についたのではないかとリョウは内心思っていたのだが、やはり違ったようだ。実力の差は歴然だったが、それでもいい思い出になった。


 大人たちの間では中学生になったらすごいことになるだろうと期待をするものも大勢いたが、それはかなわないことをリョウだけは知っていた。世の中にはたくさん、世界一になれるという魔法をかけてほしい人はたくさんいるに違いない。リョウたちはラッキーだったし、幸い何も悪いことは起きなかった。しかし、これはラッキーなだけで、中には最悪な結末を迎える人もいるのかもしれない。


 でも、2回目以降も必ず同じ結果になることをもうリョウは知っていた。どんなにがんばっても県大会までしか勝ち進めないことも全部決まっていることだった。この先、ずっとこのメンバーでプレーできるということは、3回目くらいからありがたみはなくなっていた。この先、もっといい友達やチームメイトに出会えるかもしれない人生を捨てて、今を選択したのだから仕方がないのかもしれない。リョウ以外のメンバーは、2回目の試合なのに1回目の記憶が消えていた。しかし、リョウだけは記憶が消えないのだった。永遠に続くこの時間は愛おしくもなんとも感じなくなっていたのはリョウだけのようだった。


 みんなはじめて体験するという新鮮な気持ちでいられるようだ。1回ごとに記憶が消えている彼らはそういった意味では幸せだ。リョウだけはなぜか記憶が消えないしくみのようだ。あのドリンクのせいで、ループする異世界にとじこめられたリョウは世界一の不幸せものとなっていた。


 幸せのはずな時間も事と場合によって不幸せになるのだ。新鮮な楽しさもなく、次に起こることが手に取るようにわかるわびしさ。そして、またいちからはじまる試合。そして、必ず巻き戻されてしまうので、未来がない。どきどきもわくわくも今しかないという気持ちもゼロだった。効果が切れてくれないかな、リョウはそんなことを考えるようになっていた。


 試合の合間に夕陽屋に行こうと、たそがれどきに思いを強めた。すると、3回目のループのときになんとかあの不幸を売りつけた店をみつけることができた。


「どういうことだよ、僕はずっと同じ時間を繰り返すだけなのかよ!!」

 リョウは、激怒しながら、殴り込みのような感じで入店する。

「俺は、君のねがいをかなえただけなんだけどね」


 座りながら手を組み、その上にあごを乗せながら上目づかいで夕陽がほほえむ。ループの不幸のどん底にいるリョウにとって、これ以上の不幸はない。


「じゃあ、ループを止めて元の世界に戻るドリンクもあるよ。10円だよ」

「ただでよこすべきだよ。売りつける気かよ?」

「君はずっと今の時間が続けばいいと言っていた。永遠に今のメンバーでサッカーをしたいという願望をちゃんとかなえるドリンクを売ってあげたのに……」

 夕陽の悪びれた様子もない顔を見てリョウはいらっとする。


「わかったよ。10円は払う。今度は変な世界に行くとか副作用はない?」

「このピンクのドリンクは解毒剤だから。元の世界に戻るだけさ。サッカーでは負けちゃうと思うし、今のメンバーで永遠にサッカーをすることはできないけれどね」


 少し意地悪そうな夕陽の顔を見ていて、いらっとしたリョウはそのまま10円を置いて、そのままピンク色のどくどくしい色のドリンクを飲む。かきごおりのいちごの色に似ている。味は炭酸ジュースのようにしゅわしゅわしてひたすら甘い。


「楽しかったけれど、一度しかないから貴重なのかもしれない。どんなに楽しい時間も何度も繰り返すと楽しくないな」

 そういって、リョウは店の外に駆け出した。


 夕陽とふわわはリョウの夕陽の当たる背中を見ながら、見送る。リョウの背中が少しばかり大きくなったような気がした。まさか、リョウの息子がのちにリョウの罪を消すためにこの店に来ることになろうとは……。その時、リョウも夕陽も思ってはいなかった。

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