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不思議でお菓子な夕陽屋  作者: 響ぴあの
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過去につながる公衆電話

 たそがれどきに思いを念じると不思議なお店にたどりつける。そんな都市伝説を聞いたことがある。この話は小中学生の間では結構有名だけれど、実際どの程度の人が行ったことがあるのか、実在するのかどうかも確かめるすべがないので、あくまで都市伝説なのだろう。


 霧生きりゅうかすみはもうすぐ中学1年生になる。少し前に妹が亡くなった。まだ、心の傷は消えていない。生まれつき病弱な妹は、長い間闘病生活を送っており、治るという見込みはほぼゼロだった。いつかはお別れの日が来ることを感じていた。わかっているはずのことだったが、家族が一人いなくなったという事実が受け入れられず、さびしい日々を送っていた。もうすぐ中学校に入学して、新しい生活がはじまる。部活に勉強に恋に友情に……考えただけでわくわくする日々がはじまるけれど、自分だけが楽しく生きることに罪悪感さえ感じていた。


 妹だって、もっと生きたかったと思う。それなのに、病気という理不尽な運命をたどってしまった。かすみよりも幼いのに、これから生きて生活を送ることができない。これは永久に確定されてしまった未来なので、変えることはできない。


 かすみはおばあちゃん子だったので、同居する祖母が高齢なのでいつ死んでしまうのかが気がかりで不安に押しつぶされそうになった。歳を重ねれば寿命が来ることはわかっているつもりでも、家族が次々といなくなってしまう現実を受け止めることはこわかった。大好きな母親や父親が死んでしまったらどうしよう……そんなことを考えるだけで心がしめつけられる。


「妹ともう一度話したい」


 かすみは声に出して、薄暗くなってきた夕暮れの空を見上げた。西の空が赤い。昼でもない夜でもないこの不思議な時間がたそがれと呼ばれる時間なのだろう。青と赤が白い雲と混ざり合う紫色や濃い青色の空はかすみの好きな色だったりする。まるで、小学校を卒業したのに中学校に入学していない今の自分のようだ。昼でもない夜でもない夕暮れを今の自分のようにも感じた。


 すると、思いが強まった瞬間に夕焼けの空の色が目の前に広がった。まるで秋の紅葉の季節にもみじが広がるような景色だ。そして、みたこともない建物が現れた。夕陽屋という看板があり、古びた昔ながらの木造の建物が目の前に現れた。


「これが、都市伝説のお店屋さん?」

 おそるおそる入り口に近づき、横開きのドアを開けてみる。扉を開けて入る瞬間は、ドキドキのマックス状態だ。中に1歩、2歩、おそるおそる入ってみると中学生か高校生くらいの年上であろう少年がレジに座っていた。なんとなくだが古びた店にはおばあさんの店員がいることが定番のような気がしていたので、かすみにとって若い男性の店員というのは想定外の出来事だった。


 きれいな顔立ちの少年は「いらっしゃい」とそっけなく言葉を発した。店員なのに決してしたでに出ることはなく、少し冷めた感じがクールであり、少しかっこよくも思えた。少年のうしろの壁には風車やおめんが並んでいた。まつりの屋台を思い出す。夕陽がふりそそぐ店内は秋祭りのような気配がした。そして、彼の肩の上に乗っているふわふわした綿のようなものが少し気になった。


「あの……過去につながる公衆電話ってありますか?」

「これのこと?」

 少年は脇にある赤い電話を指さした。ボタン式の電話だったが、かすみは公衆電話を使用したことがあまりなかったので、どうやってかければいいのだろうと少し戸惑った。


「この電話、普通の電話じゃないから、かけたい日時をまずは押して。それから、相手の電話番号を押す」

「日時って1年前ならば2019って押せばいいのでしょうか?」

「西暦から日にちと時間を指定して、電話番号を押すとつながる。でも、ちょうど相手が外出していたり、話したい人以外が出ることもあるから運もあるかな」

 そっけない感じで夕陽は説明をした。


「あなたはここの店員さん?」

「俺の名前は黄昏夕陽たそがれゆうひ。ここの店員だよ、肩にとまっているのは綿の妖精ふわわっていうんだ」

「ふわわ、かわいいのね。このお店はあなたの家族が経営しているの? まだ中学生か高校生くらいだよね? お手伝いしているのかなと思ったの」

「いや、俺はこの店の番人だよ。学生じゃないし」

「学生じゃないの?」

(もしかして、中学を卒業して高校を受験しなかったのかな……)

 はじめて出会った目の前の少年のことがかすみは少し気になってしまった。


「こうみえて大人だけれど、年齢は秘密」

 不思議なことを言う少年は、口元に一本指を当てて、はじめて少しだけ笑った。かすみは、謎の少年のきれいな顔立ちとさらさらの髪の毛がとてもきれいだと思った。


「この電話は何回でも使えるの?」

「この店にたどり着けたならば、何回でも使うことができるよ」

 何度でも電話が使えるという事実と、これからも少年に会えるかもしれないということを確認したかすみは自然とうれしい気持ちになっていた。


「もしかして、この電話を使ったらあとで悪いことが起こるとか、そういったことはない?」

 都市伝説でよくある怖い話を思い出して、少年に確認する。


「大丈夫、この電話は無害だよ。ここのお菓子と文房具は使い方次第で幸せにも不幸にもなるから、気をつけろ。うちの商品は1日1個しか買えないから。買いしめはだめだぞ」

「電話を貸して」

「10円入れたら、つながるぞ」

「普通の10円でいいの?」

「もちろん」


 少年の横でかすみは電話をかけた。死んだ妹と話がしたいと思ってダイヤルをまわす。でも、妹が留守にしている可能性もあるし、日時までは覚えていない。うちの電話は母が出ることが多いので、代わってもらわないといけないが、私が自宅にいるのに私が電話をすることはおかしいだろう。怪しい人だと思われて切られてしまうかもしれない。


 とりあえず自分が学校に行っている時間で、妹が在宅していそうな時間帯を選んで番号をプッシュする。


「もしもし」

 母の声だ。すると、妹の声が部屋のどこかから聞こえてきた。

「ママ―」

 今は聞くことができない妹の声を聞いただけで満足な気持ちになった。かすみは、少し慌てながら「間違いました」と言って電話を切った。今、もう話すことができない人の声を聞くという禁断であり不可能である領域に足を踏み入れたかすみの心は満足していた。


「ありがとう。この電話は10円を入れたら延長できるの?」

「この電話は普通の電話ではないから、10円で3分しか会話はできない。延長はできないんだ。でも、次回またこの店に足を踏み入れることができたら、同じ人と話すことは可能だよ」


「不思議なお菓子がいっぱいあるね」

 かすみが商品を見ていると、きれいなあめを見つけた。それは、りんごあめのような光沢があり、まるで宝石のような輝きがあった。


「この赤いあめ、おいしそうだね。りんごあめみたいなつやだね」

「これは、寿命が見えるあめだ」

「なにそれ?」

 かすみの大きな丸い目がさらに大きくなる。


「寿命を知りたい人の前でこのあめをなめると、その人の寿命が見えるんだ。でも、効果は1回だけ。一人の寿命しか見えない」

「寿命って生きられる長さだよね? それって決まっているの?」

「運命は決定していることだから、変えることはできないんだ」

「こっちにあるお菓子や文房具も面白そうだね」

「次回ここに来ることができたら売ってあげてもいいけれど。お菓子も文房具も不思議な力があるから、遊びで使うととんでもないことにもなるからな」

「このあめって危険なの? 見た感じの味はおいしそうな気がするけど」

「このあめのおいしさは保証するよ。でも、見える力が身に着くだけでそれ以上の能力が身につくわけじゃないから」

「自分の寿命も見えるの?」

「自分の寿命は見えるが、それはおすすめしないな。鏡にうつった寿命を見てがっかりした人はたくさんいる。もし、今日死ぬってわかったら絶望するだろ?」

「使い方次第で恐ろしいあめになるんだね」

「そのとおり」

「夕陽君、また会いに来るよ」

「たそがれどきに強い思いを念じたら会えるかもしれないな。ちゃんと妹と話をしたいんだろ?」

「次回は妹と話すことができたらいいな」

「最近、身近な家族がいなくなってしまうということが怖くって。私、おばあちゃん子だから。おばあちゃんは高齢だから、あと何年いきられるのかわからないでしょ。家族が死んでしまうことが怖いの。考えただけで胸がざわっとする変な気持ちになるの」


 ふとかすみは奥のほうにある不思議なとびらを見つめた。とびらは重そうな作りだった。

「あのとびらの向こうには何があるの?」

「あのとびらの向こうは人生の書庫だよ。面白い本がたくさんあるから、俺は退屈することはないんだけどな」

「どんな本なの?」

「人間の一生が1冊の本になっているんだ。楽しい話もあれば、恐ろしい話もあるよ。でも、あの部屋には決して入ってはいけないよ」

 その話をした夕陽の瞳が全然笑っていないので、何かとても危険なことがあるような気がして、かすみの背筋が一瞬凍った。


「人の人生を読むことができるのは番人だけ。俺はここの番人だから、読み放題だけれど、君自身や大切な家族の本だってあるのだから君は入るべきじゃないだろ」


 踏み入れてはいけない領域……なんだかよくはわからないけれど、かすみは元々言うことを聞くタイプなので、だめだという場所に入ろうとは思わなかった。番人と名乗っているあたり……きっと普通の人間ではないのだろう。こんな不思議なもので埋め尽くされた空間にいる人が普通の人間であるはずはない。


「このあめはいくらですか?」

「10円だよ」

「特別なあめなのに安いんだね」

 お金を置いて、あめを買う。


「値段は比較的安く設定しているよ。ものによっては高値がつくことだってあるけどね。この店の利用者は強い思いと願望があれば、子供から大人まで利用はできるよ」

「じゃあ、また来るよ!!」

「またの来店を待っているぞ」


 かすみは一歩店を出る。すると、景色が先程の強く願った場所に変わった。時間は全然変わっておらず、夕焼けの色も全く変わっていなかった。さっき店で過ごした時間はなかったことになっているのだろうか? あの店にいる間だけ時が止まっているのかもしれない。この不思議な感覚と現象に少し驚いたが、あの少年のことが気になる。かすみはまた会いたいと思うのだった。


 たそがれ時の夕焼けは徐々に赤から青に変わり、徐々に深い青に染まる。吸い込まれそうな大きな空の下で、かすみは自宅へ向かう。私たちは空の下ではちっぽけな存在だ。そして、手に握り締めたあめはもっと小さい。でも、いなくなったらさびしいと思える家族がいる。かすみの今回の目的は高齢の祖母の寿命を見ることだった。


 ♢♦♢♦♢


 かすみが帰宅したあと、店の中でふわわと夕陽が会話をしている。

「寿命なんてみてもいいことないのにふぁ」

「人間は知りたがり屋な生き物なのだよ」

 ふわわは綿の妖精だが、人間の言葉を話すことができるようだ。

 夕陽は人間を客観的に見ている少し冷めた少年だった。


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