友達
蝉が鳴くよりも早くに釣り竿を持って自転車で駆け出す。長い夏休みが始まった。
真夏の太陽が突き刺さるような暑い日。皮膚がジリジリ焼けて体中の水分を蒸発させてしまいそうな中でも、僕は宇治川に立ちルアーを投げていた。
初めて宇治川でバス釣りをした日に43cmもの大物を釣り上げてヒーローになってから、もう何回釣りに来ているだろう?
みんなに夢を与えバス釣りブームを築いたのも束の間、それ以降誰もブラックバスの姿を見れない日が続き、1人また1人と釣り仲間は減っていった。
「今日は釣り行くのやめとくわー!」
それもそのはず、
釣り以外にもポケモンとかミニ四駆とか競走馬カードとかエアーガンとか、男心をくすぐるホビーは溢れていたわけで、こんな暑い日に釣れる望みもないモチベーションでルアーを投げ続けるのは小学生にはちょっと厳しすぎた。
ただ、実際にブラックバスを目撃した僕とヘニーとタケとミチモは、やはり衝撃的だったこともあり足繁く一緒に宇治川に通っていた。
赤トンボと友達と一緒に、堤防を自転車で走る。
真っ赤な夕焼け空を背に帰る時間ギリギリまでルアーを投げた。
真っ白な息を吐きながらも、強風吹き抜ける宇治川に立ち、果敢にルアーを投げた。
ルアーが水流を受けてブルブルと震える振動だけが、糸から竿から手へ伝わってくる。
宇治川に引っ張られるようなあの感触が来る日を待ち望みながらルアーを投げる日が続いた。
琵琶湖疏水を満開の桜が包んでいた。
あっという間に時が過ぎていた。
でも、僕たちは
魚が釣れなくても楽しかった。
釣れないことは、やっぱり悔しい。
けれど、釣れるかもしれないという望みが、僕たちの毎日をキラキラと輝かせてくれた。
いつか、自分のルアーにブラックバスが食らいついてくることを信じて宇治川に集まった。
宇治川の激流の中に潜むブラックバス、奴が食らいつきたくなるルアーはこんな色で、こんな形で、こんな動きでと考えに考えて、少ないお小遣いを握りしめながら釣具屋さんに集まった。
宇治川沿いを自転車でどこまでも走り、新しいポイントを見つけてはルアーを投げた。
観月橋から山科川、宇治川を上流へ向けて登っていったり、はたまた逆に宇治川を下り伏見の琵琶湖疏水の方までも足を伸ばして探検した。
いつもみんなで情報収集して、ミーティングして、作戦を練って行動した。
僕たちにとって教室は作戦会議室だった。
それでも釣れない。
でも、僕たちは楽しかった。
日焼けで真っ黒になりながら、自販機で買ったコーラをみんなで一気の飲みして大ゲップ大会をし合って笑った。
川を流れるエロ本を引っ掛けて釣り上げようとバス釣りそっちのけでみんなで追っかけた。
雪のチラつく帰り道、屋台のたこ焼きを買って熱々をみんなで頬張った。
いつも振り返れば、友達がいた。
同じ目標を持って、自然と集まり協力した。宇治川に並んでいろんな話をした。絆が深まった。
そんなことを自然とやってのける僕たちは、絶対カッコよかったと思う。
何事も自分達の意思で決め、全身で自然を感じ、いつも友達を想い、希望に溢れていて、生きている今に全力だった。
*
「俺、今日から釣り行けへんわ。」
小6も2学期に差し掛かった頃、いつも一緒だったヘニーが言った。
え⁉︎
何の前触れもなく言われたもんだから、僕はしばらく言葉が出なかった。
「どうしたん⁇なんかあったん?」
声を搾り出すように、僕はヘニーに言った。
「受験あるから、もう遊びに行けへんねん。」
そういえば最近、塾に行きだしたという話を聞くことが多くなった。
まさか、ヘニーもか。
それは仕方のないことだった。
これから先をどう生きていくか、それぞれに道がある。
今はたまたま同じ小学校で同じ教室にいるだけ。
ずっと同じ道を進むことは出来ひん。
俯くヘニーと僕のあいだを
ひんやり渇いた風が通り抜けていった。




