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雨、晴れる時  作者: サトウ・レン
7/20

かくれ鬼は、見つかる時を過ぎて。

 かくれ鬼、という遊びがある。

 僕は誰もが知っている遊びだ、と思っていたのだけれど、そうではない、と知ったのは、つい一年ほど前のことだ。どんなきっかけか、までは覚えていないが、大学の同級生と子どもの頃の話になり、僕がかくれ鬼の話を振ると、その同級生は困ったように首を傾げていた。何それ、と。

 かくれ鬼は、かくれんぼと鬼ごっこを一緒にしたような遊びだ。鬼がかくれんぼと同じ要領で、隠れている人間を探すが、見つかればそれで終わりじゃなく、そこから走って逃げることができる。

 仲良くなって、まだそんなに経っていない頃だから、僕たちは四年生だったはずだ。

 葉瑠にとっても、それなりに仲の良い生徒も増えつつあって、以前ほど周囲から見ても、孤独な雰囲気はなくなっていたが、それでもときおり、他の生徒たちとの間に、ちいさな距離がかいま見えていた。そんな時期だ。

 当時、僕たち男子たちの中で流行っていた遊びが、キックベースだ。野球とサッカーを混ぜたような遊びで、そんなに運動神経がよくなかった僕にとっては、あまり参加したい遊びではなかった。まぁただの偶然でしかないのだけれど、かくれ鬼にしろ、キックベースにしろ、当時の僕たちの間では、何かと何かの遊びを掛け合わせたものが流行っていたのだ。

 放課後の、よくキックベースに参加するメンバーの中に、最初は僕も入っていたのだけれど、途中でみずから外れることにした。別にのけ者にされたわけじゃない。ただチームリーダーがじゃんけんで自分のチームのメンバーを取り合うのだが、毎回僕が最後に残ってしまうくらい、僕はこの遊びに向いていなかった。わざわざそれを口にするクラスメートはいなかったけれど、やっぱりひしひしと伝わってくるものがあり、僕はそれとなく断るようになったのだ。

 菱川も、このキックベースには、ほとんど参加していなかったはずだ。

 確か秋頃だった。僕と菱川と、葉瑠、そしてあと何人かの生徒が、決まったメンバーとして、よく放課後の教室に残って、だらだらと話していた時期がある。僕と菱川だって、もちろんそんな毎日、秘密基地に行っていたわけではなく、この時期はあまり、あの屋敷には顔を出していなかった。放課後の教室で、気の合う同級生と複数人で話すのを、楽しんでいた頃だ。

「ねぇ、いまからさ。公園に行かない?」

 そう言ったのは、小林だ。彼女は、市内のテニスクラブに入っている、明るく活発な女の子で、静かに本を読んだりするよりも、身体を動かしたりするのを好む性格だった。男女分け隔てなく接するクラスの人気者で、いつも周りに自然とひとが集まってくるような、そんな子だ。僕は彼女と話す時、つねに緊張していた。小学校を卒業するまで変わらずに。嫌いだったわけではもちろん、ない。彼女を嫌いなクラスメートなんて、あの頃もしいるとしたら、その人気にやっかみを覚えていた子くらいだろう。

 眩しいくらいに、目立つ女の子だった。

 だからこの緊張は、気後れに近い。僕はどちらかと言うと、目立たない存在だったので、彼女との間に隔たりを、僕自身が勝手につくってしまっていたのだ。小林は、そんなこと何も考えていなかった、と思う。

 僕の小林への接し方を、葉瑠は勘違いしていたみたいだ。

「ねぇ、結城くん、小林さんのこと、好きでしょ」

 と言われたことがある。これに関しては何年生の時だったか、まったく覚えていない。

「小林のこと?」

「うん」

「なんで? 別に、そんなことないよ」

 そう返した時、僕はきっと驚いた表情を浮かべていた、と思う。隠していた気持ちを言い当てられたから、ではなく、なんでそんなことをいきなり言い出すんだろう、という驚きだった。もしも彼女から好意を持たれていたとしたら、僕は嬉しい、と感じるはずだ。だけど小林が、僕に恋愛感情を持っていたとは考えられない。僕にしたって、小林のことを、かわいいなぁ、と感じることがなかった、と言えば、嘘になるけれど、その心持ちが、恋だったか、というと首を傾げてしまう。

 まぁなんというか、僕と小林はそれくらいの関係だった。

 かくれ鬼の場所として、僕たちが選んだのは、学校の近くにあるそれなりに広々とした公園で、ブランコやシーソー、ジャングルジムなど多くの遊具が備えられていて、中央には広場があり、小高い丘を駆け上がると、そこには屋根とテーブル付きのベンチがあった。悩みのある時なんかは、僕はもうすこし大きくなってからも、そこによく訪れた。あまり褒められたことではないのだが、中学や高校の時、どうしても学校に行きたくない気持ちが限界に来ると、ひとりでこのベンチに座って、特に何をするわけでもなく、空を眺めていた。ただぼんやりと景色を見ていると、悩んでいる自分が馬鹿らしくなってくる瞬間がある。その一瞬を、僕はたびたび、この景色に求めたのだ。もちろん悩みの大きさ次第では、どうにもならないのだけど……。

 その時、一緒にかくれ鬼をすることになったメンバーは、僕、菱川、葉瑠、小林、あと三人、クラスメートがいた。全部で七人。男子が四人で、女子が三人だった。

 七人で円になって、鬼役決めの、じゃんけんをする。

 鬼になったのは、僕だ。隠れる場所自体はすくない、とはいえ、この広範囲の中から六人を見つけるのは、結構大変だった。木やベンチの裏、さすがに僕が入れないので女子はそんなことしないだろうけど、男子ならトイレの中、隠れやすそうな場所から探していく。

「菱川! 見つけた!」

 最初に見つけたのは、菱川だった。

 公園での注意事項などが書かれた看板の裏に隠れていたのだ。見つけてしまえば、僕より足の速い子はその中にはいなかった。そもそも運動が好きなタイプの男子は、ほとんどキックベースのほうに参加しているからだ。

 そのあと、次々と見つけていき、残ったのは、小林と葉瑠のふたりになった。

「もうだいぶ、遅くなってきたな……」

 そう言ったのは、菱川だ。辺りは橙色に染められていて、逢魔が時なんて言われるのが似合いの景色になっていた。

「私たちも手伝うから、早く見つけようよ」

 とクラスメートの女の子が言うので、僕たちはみんなでふたりを探すことになった。数人がかりだと、小林は意外とすぐに見つかった。木々と金網の間の、どうやってそんな場所に入ったのだろう、という狭い場所に隠れていた。

「どんなところに、隠れてるんだよ」

「へへっ、ごめん」

 と、僕の呆れた言葉に、小林が照れたように笑った。

 とりあえずこれで、あとは葉瑠だけだ。

 そう思った時、

 大きな笑い声が聞こえた。聞いた瞬間、あぁ嫌だな、と思う、そんな印象の。僕たちがその声のほうを向くと、中学校の制服を着たちょっと不良な感じのグループが数人集まって、大声を張り上げていた。うちの小学校の卒業生なのだろう、見覚えのある顔もいる。小学生をいじめている中学生の話を、その時期よく聞いていた僕たちは、その雰囲気から、彼らが犯人だ、と思った。

「とりあえず急いで永瀬を見つけて。逃げよう!」

 僕の言葉にみんなが頷き、僕たちはこっそりと行動した……つもりだった。

 だけど、こんな時に限って、タイミング悪く見つかってしまうのが、僕の運の良くないところだ。

 僕と中学生グループのひとりの目が合ってしまって、そのひとりが僕たちのほうへと向かってきた。

「逃げろ!」

 と、菱川の言葉を合図に、僕たちは散り散りになった。僕は小高い丘を駆けて、ベンチへと向かい、テーブルの下に隠れる。

 そこに葉瑠がいた。

「結城くん!」

「永瀬」

 僕たちは互いにびっくりした声を上げた。

「びっくりした――」葉瑠の言葉を止めようと、僕は慌てて自分の唇の前に、人差し指を付ける。驚きのせいか、想像以上に、その声が大きかったからだ。「どうしたの? 鬼でしょ。なんで隠れようとするの?」

 僕の行動に従って、彼女は声をちいさくしてくれた。

「実は、それどころじゃなくて……」

 僕は葉瑠の耳もとで、これまでの出来事を話すことにした。ここまでの経緯を聞き終えた彼女は、ごめん、と言った。

「すぐに見つかってたら、良かったね」

「いや、永瀬は悪くないよ。でも、ここ探した記憶が……」

「あっ、実はあんまり来るの遅いから、一度トイレに行ったんだ。その時に、もっと見つかりやすい場所にしようかな、って」

 もともとは茂みの中に隠れていたらしい。そこも探しているので、タイミングが悪かったのだろう。

「まぁ、見つかって良かった……。じゃあ、とりあえず反対の坂をおりよう」

 僕と彼女がテーブルの下から出ようとした時、叫び声が聞こえた。菱川の声だ。遠くから、その様子が見えて、中学生のひとりと追いかけっこをしているような状況になっていた。いまになって思えば、あれはとても滑稽な光景だったように思う。だけどあの頃の僕たちは必死だった。身の危険を感じるくらいの恐怖が、そこに確かにあったのだ。

 小学生にとって、三つ四つ離れた中学生は、強大で、とても凶悪な存在で、そんな菱川の姿を見ながら、助けなきゃ、と焦った。

「永瀬は、逃げて! 公園の外に!」

 僕はそう言って、菱川のもとへと、駆ける。

 そして僕は中学生のグループに、ぼこぼこに殴られて……走りながら、そんな不安が駆け巡った。怖い。逃げたい。自分の行動に後悔しなかったか、と言えば、それは嘘になる。

「お、おい、ちょ、ちょっと待てって……」

 近付くと、そんな声が聞こえてきた。声の主は、その中学生グループのひとりだ。状況に違和感を覚えたのは、その時だ。

 結果から言ってしまうと、彼らは小学生いじめの犯人ではなかったし、さらにとても優しい性格だった。ごめんなさい、と疑ったことを謝ると、おそらくそのグループのリーダーっぽい雰囲気の中学生のひとりが、

「いやぁ、顔を見た瞬間に逃げられたから、あっ、怖がられてる、って思って。なんとか勘違いされてるなら、解きたいなぁ、なんて思ってさ。追いかけたんだけど、余計、怖がらせちゃったな。こっちこそ、悪かった」

 と、言った。体躯は大きく、目つきも鋭かったので、外見の印象は怖かったけれど、穏やかなしゃべりかたには、安心感がある。

 僕たちの周りを渦巻く雰囲気が和やかになった。

 それを遠くから見て、察したのかもしれない。散り散りになっていたクラスメートたちが、集まってくる。葉瑠以外の、四人全員がいる。公園の外に出たものだとばかり思っていたので、その時には、本当にびっくりしてしまった。

 公園の中で、全員が隠れて、こちらの様子を見守っていたのだ。

 もう一度、中学生グループを相手にして、新たにかくれ鬼をしているような状況だったわけだ。ただ中学生たちの人柄が分かってしまえば笑い話でしかないけれど、それまでは遊びではない、緊張感があったわけだ。

「大丈夫、なんだよね……?」

 こっそり他のひとに聞こえないように、僕の耳もとに囁いたのは小林で、僕はそれに頷いた。

 それにしても無謀な行動をしてしまった。みんなが公園を出なかったのは、僕たちのことが心配だったからだ、と思う。それでも隠れていたのは、一歩間違えていれば、大惨事になっていたからだ。中学生くらいの少年が、自分よりもおさない小学生をいじめて、死なせてしまう、という事件は実際に存在するわけで、場合によっては僕たちがその当事者になっていたかもしれない。そう考えると、結局、運が良かっただけなのだ。

「永瀬、探さないと」

 菱川が、ぽつり、と言って、僕以外は葉瑠がまだ、かくれ鬼を続けている、と思っているのだと気付いた。

「あぁ、永瀬はもう帰ってもらったから、大丈夫。さっき偶然、見つけたんだ」

 だけど公園前の自転車置き場まで行くと、そこには葉瑠の自転車が残ったままだった。

「みんなで手分けして探す?」

 僕は首を横に振った。大丈夫だ、と。

 葉瑠がいる場所に、見当はついていた。きっと彼女は、そこにいる。

 小高い丘をのぼって、テーブルの下に隠れているだろう葉瑠のもとへと行くと、彼女はすこし顔を赤くして、ほおを膨らませていた。

「ごめん、遅くなって」

「見つけるの、本当に遅い。……あんな言い方されて、無視していけるわけないよ。それなのに、なんか楽しそうに話してるし……」

「見てたなら、くれば良かったのに」

「なんか、悔しくて」

 つまり彼女は、遠くから僕たちと中学生たちが仲良くなっている光景を見ていたらしい。それで自分だけ仲間外れになってしまったのが、嫌で、ここで拗ねていたわけだ。改めて隠れていたわけではなく。

 とりあえず謝り続ける僕に、ちょっと冷たい目を向けてはいたものの、彼女はテーブルの下から出てきてくれた。

 見回すと、辺りの景色は暗くなっていた。

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