赤ちゃんが産まれたら殺されるようです。
ピキッ
おなかで音がした。
「あ、うごいた。わたしの赤ちゃん」
嬉しくて、思わず、ベッドでぴょんぴょんとび跳ねる。
「アリシア様、おやめなさい!」
怖いメイドが、にらみながらわたしの腕をつかんでくる。
爪があたって痛い。私の爪はいつも噛んじゃうから、伸びてなくて、ぜんぜん痛くないのに。
メイドの爪は赤くて長い。
「いたいっ! いたいのいや、いやだ〜」
大声で泣き叫ぶと、ようやく手を放してくれた。
「もうっ、暴れたら赤ちゃんが落ちるでしょ! 今日は領地から来る伯爵に、妊娠中の姿を見せないといけないのに」
「パパがくるの? やったぁ。お土産にクミンの実をいっぱい持って来てくれるかな」
真っ赤でビチョビチョの甘いクミンの実は大好き。毎日食べたいのに、このお家じゃ食べられないの。でも、パパが持ってきてくれる。
「きちんと妊婦姿を伯爵に見せられたら、ごほうびにしますよ」
「うん、アリーとガイの赤ちゃんって、ちゃんとパパに言うね」
早く生まれないかなぁ。ドレスの下から手をつっこんで、すべすべの卵を触る。
いつもは冷たくて、おなかが痛くなっちゃうけど、今日はあったかい。もうすぐ生まれてくるんだね。ヒビが入ってるかも。
取り出そうとしたら、また腕をつかまれた。
「取ってはだめです! 赤ちゃんが死んでしまうでしょ。ドレスを捲くるのもだめです。はしたない」
「ええーっ。じゃあ、どうやってパパに赤ちゃん見せるの?」
「ドレス姿を見せるだけで十分でしょう。お腹が膨らんでいるのが分かりますから。ああ、触らせてはだめですよ。赤ちゃんが壊れるかもしれないですよ」
「うー。やだぁー。こわれちゃだめ」
我慢しなきゃ。おなかにくっつけてるせいで動きにくいし、走れないし。でも私の赤ちゃん、パパも喜んでくれるかな。
赤ちゃんのためって言われても、一日中部屋にいるのはつまんない。
こっそり部屋を抜け出して、ガイに会いに行こうっと。
怒られるかな。
ううん。今日はパパが来るから平気かも。
パパがいると、ガイはアリーのこと、お姫様って言ってくれるの。大切な妻だって。
でも、ガイがお婿さんになってから、優しいメイドはみんないなくなっちゃった。一緒にお人形遊びもしてくれないし、絵本も読んでくれない、意地悪なメイドばっかり。
最近は出てこないけど、一番意地悪なのは、赤髪のメイド。いつもアリーのこといじめるの。
「!」
こっそり部屋に入ったら、あのいやなメイドの声が聞こえてきた。いそいでクローゼットの後ろに隠れる。
「あのお嬢様は、本気で卵から子供が生まれると思ってるの?」
「ああ、宝物庫に入ってたドラゴンの卵を渡したら、喜んで温めてたぞ」
「でも、カイザール辺境伯は、娘の腹部を見ただけで妊娠してると思ってくれるかしら?」
「戦うしか能がない男だからな。おれが、本当にアリシアを愛してると思ってるくらいだ。爵位が手に入るのじゃなかったら、あんな頭のおかしい女と結婚するわけないのに。おれたちの子が生まれたら、あいつの子供だってことにして、この家はおれのものだ」
「ふふっ。悪い男ね。でも、頭はアレだけど、顔はかわいいじゃない。くやしいけど。……ねえ、いっそのこと、産後病気になったことにして、始末しちゃえば?」
「おまえこそ悪い女だ。まあ、それもいいかな」
赤髪のメイドがガイにキスしてる。口と口のキスは、夫婦じゃないとしちゃダメなのに。アリーも結婚式の一度だけしか、ガイとしたことないのに。
二人の話は難しくってよくわかんない。でも、赤髪のメイドも、卵をおなかにいれてるんだ。
どうして?
結婚しないと赤ちゃんできないんじゃないの?
よくわかんない。
そっと、音をたてないように部屋からでた。
リハルトがいたらいいのに。
アリーにいつも優しくしてくれたのに。
結婚するなら、リハルトがよかった。
よくわかんないけど、ガイはアリーのこと好きじゃないかんじ。
リハルトは魔法を見せてくれるし、アリーのことバカって言わない。
「ううっ。うぇーん」
リハルトを思い出したら悲しくなってきた。
パパと一緒にお山のお城で住んでた時、一緒に暮らした男の子。
会いたいよ。
ピキッ
廊下で座り込んで、泣いてると、また卵が割れる音がした。
「赤ちゃん…」
おなかを押さえて、急いで自分の部屋に戻る。
そうっと卵を取り出して見る。
「あ!」
卵が急に熱くなって、金色に光りだした。
まぶしくて目をつむったその瞬間。
頭の中に、いくつもの映像がパラパラ降り注いできた。
ドラゴンの生まれる時、浄化と癒しの光があたりを照らす。
無事に生まれるために、周りの環境をよくするためだって言い伝えは真実だったのね。
頭の中のもやが解消されると同時に、私はすべてを思い出した。
私の名前はアリシア・カイザール。物語が始まる前に、夫に殺されてしまう辺境伯の一人娘だ。
カイザール家に婿として入ったガイウスは、メイドとの子供を跡継ぎにするために、アリシアを殺して家を乗っ取る。
ガイウスとメイドの息子のディートは、ヒロインをめぐってヒーローの王子と恋のライバルになる。いわゆる当て馬だ。最終的には、生まれの真実を知って、退場する。
大好きだった小説の世界。
小説の世界に転生したとわかった0歳の時、絶望した。
だって、0歳はしゃべれない、歩けない。
何にもできない。
それなのに、母親は死ぬし、父親は魔物退治でいつもいない。
ベッドの上で1日中眠ってないといけない。
ずっと側にいて、赤ちゃん扱いする乳母には、うんざり。
頭は30歳、体は0歳。
どうしろっていうの?
で、まあ、つい神様に祈ってしまったのだ。
物語が面白くなるくらいまで、とばしてくれないかなぁ、と。
それを聞き届けてくれたのかどうか。
ついさっきまで、私、眠ってました。
って、もちろんアリシアは生きてるんだけど、脳がだいぶん眠ってる状態で。
結果、いつまでも子供のような、天使のアリシアちゃんの誕生! いや、原作のアリシアってそうだっけ?
いま、ドラゴンの卵の光のおかげで、頭がすごくクリアになった。
全部覚えてる。
父がだまされて、ガイと結婚させられたことも。
赤髪のいじわるメイドのメリッサにされた嫌がらせも。
ドラゴンの卵を服の中に入れられて、父に妊婦姿を見せろって言われたこともね。
うちの宝物庫に永く眠ってたドラゴンの卵は、私の魔力を帯び続けたせいで、もうすぐ孵るのだ。
私、魔力、めちゃくちゃある。なんせ、かつて東の魔女と呼ばれた母を持ち、南の凶戦士と呼ばれる辺境伯を父に持つのだから。もう、有り余るほど。
まあ、今までは意識が半分眠ってたせいか、魔力なしって判断されてたけどね。
というわけで、殺されそうになったおとしまえ、つけさせてもらいましょうか。
メイドが呼びに来たから、おとなしくついていく。
部屋に入ると、父の辺境伯が驚いたような顔をして私の腹部を見た。
「! いや、いや、まさか! し、しかし、いや、いや。……早すぎないか?」
「お父さんっ。愛するアリーと私の愛の結晶が、もうすぐ生まれるのです! 辺境伯の跡継ぎです。お喜びください!」
ガイが私の手を取って、満面の笑顔を父に向けた。
手を振り払いたい。
そりゃあ、ガイは侯爵家の三男で、甘いマスクで、社交的で、脳筋の父は簡単に騙されたと思うよ。
でもさ、辺境イコール魔物退治ってことだよ。こんなへなへな軽薄男を婿にして、やっていけるの? 魔物の一匹も殺せないよ。
「パパぁ。アリーねぇ。もうすぐ赤ちゃんうまれるの!」
ぱっとガイの手を振り払って、父に抱き付く。
「あ、アリーあぶないよ」
偽装妊娠がばれると焦ったガイが引き戻そうとするけど、父から離されないように踏ん張る。そして、服の下に入れた卵をぎゅっと父に押し付ける。ヒビの入った卵は、やけどしそうなほど熱くなっている。
あと少し。もうちょっと魔力を加えると、生まれるはず。
ピキッ、ピキピキ
ほらね。
私に不足してた炎の魔力を、父から吸い取った卵は、孵化しようと割れ始めた。
「な、なんだ!?」
顔色を変えた父と夫に、にっこり笑って、
「私、ママになるのね」
服の下から、割れた卵を取り出した。
それは、頭からぴょんと飛び出し、羽を広げて、私を見上げ、ピーと鳴いた。
うわっ、生まれた瞬間から飛んでるよ。
トカゲとコウモリを足したような、小さなドラゴン。
結論から言うと、偽装妊娠で家を乗っ取ろうとしていた夫のことよりも、300年以上姿を見せていない伝説の生き物、ドラゴンの誕生に、屋敷中が大騒ぎになった。
騒ぎに乗じて逃げ出そうとした、夫のガイと赤髪メイドのメリッサは私が指示して別室に監禁。
裁判を待つことになった。
「誤解だよ。愛しのアリー。ほら、僕たちの愛の力でドラゴンが生まれたじゃないか。これで僕たちは大金持ちに」
などとほざいているガイの口を部下に命じて塞ぐ。
肩の上でドラゴンが怒ったように「ピー」と鳴く。
うん、夫の愛の力(魔力)は全く入ってません。
白い結婚が認められたら、すぐに夫でもなくなるけど。
まあ、傷物になっても辺境伯の跡取りで、魔力めっちゃあり、ドラゴンも付いてる私の前途は明るいはず。
こんな男はさっさと追い出して、辺境に帰ろうっと。
確か、小説で出てきた失われた聖杯は、うちの辺境領の洞窟にあるんだっけ。ドラゴンがいるから入手は楽勝。
あと、宝剣は近くの山脈だっけ。
登山はめんどいなぁ。
でも、場所が分かってるから、父に行ってもらえばいいか。ガイのことで貸しがあるし。
それから、それからっ。
初恋のリハルトにも会わなきゃ。
「うふふふふ」
思わず一人で笑ってしまった。控えていたメイドがおびえてる。
「ねえ、手紙を書くからペンとレターセットを持ってきて」
「はっ、はい」
ぴゅーっと出ていく新しく雇ったメイドの背中を見ながら、思い出す。
幼いころ、辺境領に療養に来ていたリハルト第一王子。
身分の低い側室から生まれたせいで、王妃から命を狙われていた。
人間不信に陥ったところ、アリシアに出会い、その純粋さに癒される。
とまあ、ありがちな不遇の王子。
でも、いい人なんだよなぁ。文武両道でかっこいいし。
みんながアリシアを子ども扱いする中、レディとして扱ってくれたし。
すごく好き。
大好き。
冬になるたび、辺境領へ遊びに来てくれてたけど、私の結婚を機に、臣籍降下して辺鄙な田舎に引っ込んでしまった。
原作ではアリシアの死後、リハルトが冒険者として活躍している時に、主人公たちに出会って、一緒にパーティを組むんだっけ。
いやいや、そんなことしなくても、今から私と一緒にダンジョン制覇してよ。
そうだ、そうしよう。
待っててね。リハルト様。
え、原作小説?
いや、赤髪メイドのメリッサが妊娠中のディートは、孤児院に入る予定だから、ライバルになれないし。
ライバルのいない小説は、もりあがりにかけるしなぁ。
ヒーローの第四王子とヒロインは、普通に何事もなくハッピーエンドでしょう。
冒険パートは私とリハルト様でやっときまーす。
ここからは、私とリハルト様の恋愛小説だね。