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下ごしらえ

 

「さて、今度こそは上手くいくかしら」



 そこはヴィヴィエッタの実験室だった。

 というのは嘘で、ここは公爵家の使用人棟調理場だ。薬の調合は調理と似通っている。すり鉢で胡麻をすり潰すように、葉や花をすり潰し、鍋でスープを煮込むように液体を煮込んでいく。


 材料を準備する様は、さながら魔女に近かった。

 よく分からない鼻歌を歌いながらくるくると踊っている。消音にして背景をダンスホールに変えれば、一気に麗しの公女が舞っているように見えるのだから不思議だ。


 調理台にはあの赤い吸魂花に加えて様々なものが置かれている。今回の5日間の公務(ヴィヴィエッタにとってはほぼ趣味)の間に採取してきたものもあれば、高い値で取引して手に入れたものまである。多くはリアンが『長旅』でとってきたものだ。


 用意した釜には液体が入っていて、良い感じに煮えてきている。



「まずは聖水に、この暗転の葡萄の皮を煮詰めたものを入れる」



 ヴィヴィエッタは暗転の葡萄は効力が強すぎると結論づけていた。

 けれど、暗転の葡萄はほぼお酒と同種の作用があるのみで、記憶を飛ばすという点に関しては問題がなかった。

 ということで、効力の強い中身を除いて皮だけを使用することにしたのだ。


 さらにそこにドワスレダケという毒キノコを刻んで投入する。ヴィヴィエッタは味にもこだわるために、ハーブや果汁を入れてフルーティなものにしていく。



「吸魂花をすりつぶして……うん、良い色」



 煮詰まった液体に赤い花を散らすと、たちまち釜の中身は赤色に染まる。ヴィヴィエッタは満足げにそれを眺めてから、鍵付きの箱に手を伸ばした。


 ヴィヴィエッタの首元からペンダントの紐を引っ張った。一見しただけでは小さなロケットペンダントだが、その中には鍵が入っている。


 丁寧に鍵を開けると、箱の中には青く光る粒がいくつか入った瓶がある。



(相変わらず綺麗だこと)



 ヴィヴィエッタはふっと笑ってから、ピンセットでそれを慎重に一粒取り出した。そのまま釜の中へと落とす。

 ぐつぐつと煮えていた赤くどろりとした液体は、その粒によって透き通った液体に変化した。火を止めて小瓶に移し替えて光に照らしてみる。



(今回も上手く魔力が行き渡ったかしら。けれどもう数も多くないから大切に使わなくてはね)



 小瓶をチャポチャポと揺らす。

 その粒は妖精の粉だった。妖精フェイの眷属たちが、羽などから落とす粒子。ヴィヴィエッタの持つそれは、母が落としていたものを拾ったものだ。

 時折羽を出し入れする母を、当時のヴィヴィエッタは自分の背にはそれがないことを不思議に思いながら眺めていた。



「さて、あとはこれが成功したかどうか確かめないと」



 ヴィヴィエッタは実に楽しそうに笑って、後片付けを始めたのだった。




 ***




「話とは何ですか、兄さん」



 不機嫌気味な様子で現れたのはルイ・アルドロート第四王子、渦中の人物である。リアンは弟の様子に分かりやすくため息を吐いた。


 滅多に人が通らないとはいえ、王城の廊下なのだからもっと丁寧な態度をとってほしいものだが。



「単刀直入に言うが、お前浮気はいい加減やめておけよ」

「……浮気などしていませんが」



 ルイのひねくれた返答にリアンは思わず顔を顰めた。

 婚約者ラリアがいながら、男爵令嬢リーリエを口説くその行為は一体浮気以外の何だと言うのだろう。



「兄さんはいいですよね。ヴィヴィエッタ義姉さまとの縁談が白紙に戻った後、面倒な縁談絡みの一切から逃れられているんですから。まったく、羨ましい限りです」

「一応、婚約は解消済みなんだ。お前も義姉と呼ぶのは慎んだ方がいい」



 ルイは少し不服そうにリアンを睨む。それは「まだ未練たらたらのくせして」という嫌味が含まれていた。



「いいですか。とにかく兄さんは婚約というしがらみから逃れてるんです。僕は好きでもないよく知らないひとと結婚しなくちゃならないっていうのに。どうせしないといけないのなら、それまで目一杯遊んでやるって決めたんです」



 すっかり開き直ってルイはそっぽを向いてしまった。

 貴族、いや王族として苦しみは分からないわけではないが、あまりに身勝手過ぎている。リアンはやれやれと肩をすくめた。



「じゃあリーリエ嬢のことも本気ではなく遊びだと?」

「彼女は没落して後1週間もしたらいなくなるんです。その程度の女です。僕もその頃には忘れているでしょう」

「……本当に? 絶対に忘れられると言い切れるか?」

「何が言いたいんです? まさか、引き摺るとでも……」



 嘲笑気味に言いかけていた言葉を飲み込む。目の前にいるその「手本」がどことなく自身の発言に自信を無くさせた。


 もちろん、彼は絶対的に引き摺らない自信があったのだ。そもそも彼はラリアやリーリエ、その他どんな女性にも興味を抱いたことなどないのだ。

 けれど最後に時間を過ごしたひとは別なのかもしれない。リアンを見てルイはついにその自信を半分ほど失ってしまった。



「忘れる、忘れられますよ」

「……そうか、何かあったら言えよ。俺でなくても、話を聞いてくれるひとはいるだろ?」



 ルイは少し目線を上に上げて、リアンが仄めかす人物に想いを巡らせる。そのあとふんっと鼻を鳴らして廊下を歩いていってしまった。


 リアンは去っていく弟を少々憐れんだ目で眺めた。

 それから少し決まりが悪そうに、



「……だそうだ。聞けたいことは聞けたかよ?」



 と曲がり角に向かって声をかけた。



 その曲がり角には美しく唇に弧を描いた公女の姿がある。



「上々ですわ」



 ああ、弟は一体どうなってしまうのだろう。

 リアンは弟の身を少しばかり案じるのだった。


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