侯爵領へ 2
翌日は朝早くから起き出して、領地の調査へと向かった。
ヴィヴィエッタはシャツにズボン姿、それに大きなマントという、騎士団さながらの凛々しさを見せつけていた。
リアンは時々ヴィヴィエッタを羨ましそうに見ている。というのも、彼は王族としての公務でこの場に来ているために、冒険ギルドの時のようなラフな格好が許されないのだ。
本日もヴィヴィエッタとリアンと共にアルバートが行動している。
不本意ながらも、この地を治める者が同行するというのは当然ではあるために、ヴィヴィエッタはにこにこと公女スマイルを貼り付けたままだ。
「それで、アルバート殿。この辺りが魔物の侵入が多いそうですね……」
リアンはそう問いかけつつ、ヴィヴィエッタに目線で合図を送った。引きつけておくから、自由に行動してもいいと伝えたいようだ。
(そう言われても、わたしのほしいものはすぐ見つけられるようなものではないのよ)
というわけで、ヴィヴィエッタは華麗に合図をスルーして、しれっと会話に加わった。
「1日にどの程度魔物が出るのですか」
「1日ですと、中級レベルのものが5、6体ほどですね」
すぐ考え込んだヴィヴィエッタにアルバートは首を傾げた。
リアンはなんとなくこの破天荒幼馴染が何を考えているか予測できてきて、気づかれない程度にため息をついた。
「中級レベルをまとめ上げている長か何かがいるのだろうな。アルバート殿、確認をしたいのだが」
「は、はい。すぐに援軍を呼んで参りますのでしばしお待ちを」
アルバートは特にヴィヴィエッタに気を遣って待つように言う。
どうやらヴィヴィエッタにまだ夢を見ているらしい。
「これでいいか?」
「それでこそ王子ですわね。良い感じの威圧感でしたわ」
「ヴィーには及ばないよ。さあアルバート殿が戻ってくる前にさっさと片付けちゃおうぜ」
少し悪い笑みを浮かべたリアンを追い抜いてヴィヴィエッタは深い森へ踏み込んだ。急に空気が重たくなる。
「昔フェイが張った結界が破れてきているように思いましたわ。わたしたちは今その結界の外にいますから、十分注意しなければ」
「剥がれてるって、まずくないか!?」
「破れているといってもまだ向こう500年くらいは持ちましてよ。その頃の国王がどうにかすれば良いですわ」
興味ない、というようにヴィヴィエッタは辺りを散策し始めた。リアンは王族として今のを聞かなかったふりは流石にできずに、500年後の王のためにメモでも残しておこうと思った。
「で、何を探してるんだよ? どうせ面倒なものなことは間違いないだろうけどな」
「色々ですけれど……メインは魔物の角に絡みついている、吸魂花ですわ」
「きゅうこんか? ……ああ、あれか」
リアンが以前ヴィヴィエッタが研究した記録の詳細を思い出している中、ヴィヴィエッタは持ってきたカゴにポイポイと草やら花やらキノコやらを投げ入れた。
吸魂花というのはその名の通り、魂を吸う花のことだ。なぜかは分からないが魔物たちの角の付け根の付近から根を生やし、花を咲かせる。非常に鮮やかな赤色の花だった。
「花のサイズと魔物の知識量に少し差が見られまして。以前研究した時にあの花に知識や記憶を奪い取る作用があったことを思い出しました」
「なるほど、じゃあなるべく大きい魔物を所望してるってわけだ」
「話が早くて助かりますわ」
満足げに笑った直後、ヴィヴィエッタは目線をサッと動かした。
リアンもそれに気がついて剣を構える。
「あれだったら満足か?」
鹿のような見た目の黒い魔物が木の陰から顔を出す。2本の角には鮮血のごとく赤い吸魂花が咲いている。ヴィヴィエッタは品定めをするようにそれを眺めてから「及第点かしら」と呟いた。
「多い方がいいだろ」
「まあ、そうですわね。ああ、わかっているとは思いますが、生捕りですよ。色々バレると後々面倒ですから」
はいはい、とヴィヴィエッタの忠告を流すと、リアンは一気に走り込んでいく。鞘から剣を抜いてから、切り掛かるまではほぼ一瞬の出来事だった。ヴィヴィエッタはしばらくその剣技を見つめてから魔物に近寄っていく。
「あ、リアン様その辺りで。いい感じですわ」
ヴィヴィエッタはまるで絵を描くかのように、アングルを調整する動作を行うと納得したように笑う。ちょいちょいと手を動かすと、ツタや草がパキパキと音を立てながら魔物へ向かって伸び始めた。
ツタは青い光を纏っている。そう、これはフェイの魔法の力だ。
あっという間にツタまみれになった魔物は、依然としてリアンに食いかかっていたが、いよいよ身動きができなくなったらしくその場にばたりと倒れた。
「まあ、綺麗な吸魂花ですわ。遠目では微妙かと思いましたけれど、意外と良いサイズでしたわ。きっとたくさんの記憶を喰ったのでしょうね」
リアンはヴィヴィエッタが角から引っこ抜いた吸魂花とヴィヴィエッタの評価に、思わずうげ、と声を漏らしてしまった。
「さあさあ、次も行きますわよ!」
ウキウキであちこち動き回るヴィヴィエッタが珍しいのか、魔物たちはどんどん集まってきた。リアンが上手く引きつけて、時には採集に夢中のヴィヴィエッタを庇ったりもした。
そうしてカゴの中がたくさんの吸魂花でいっぱいになってきた頃、ようやく森の境界付近から2人を探す声が聞こえてきた。
「あら、もう見つかってしまいましたわ」と残念そうにヴィヴィエッタはマントの裏にカゴを隠して、儚げな公女の表情に戻す。
リアンは1時間近く王子と公女が失踪してアルバートはさぞかし胃が痛かったことだろうと、申し訳なく思いつつ、こちらも王子スマイルを装備した。
近くでツタまみれになっている魔物については、王子が応戦した結果だということにしよう。もしくは勝手にツタまみれになったといってもヴィヴィエッタの言うことなら信用されそうだ。
そんなことを考えつつ、ヴィヴィエッタはやってくるアルバートを見つめていた。
「なあ、ヴィー。アルバート殿の髪型は似合っていると思うか?」
「なんですの、突然」
本当に急すぎる変な質問に、ヴィヴィエッタは一瞬鉄壁公女スマイルを崩しかける。
「彼に似合っているかという質問でしたら、まあ似合うと思いますけれど」
「ふうん」
聞いてきた割にはリアンはそっけない返事をした。
正直、アルバートの髪型が例えショートでも、なんなら頭部が煌めいていたとしても興味はない。たぶん似合っていると返答するはずだ。
「髪型が被っていてライバル視してしまったのですか?」
「ちげーよ! ああもう、覚えてないんならいい!!」
リアンはそう言い捨てるとそれきりそっぽを向いてしまった。
その内にアルバートが合流して、泣きつかれ、対応に追われることになってしまった。
けれど、ヴィヴィエッタは忘れていたわけではない。
昔、一緒に勉強をしていた頃のことの記憶。
教科書にはかつての王たちが乗っていた。どれも皆長い髪をまとめていた。
『王族はやはり髪を結っている方が様になる気がしますわ』
『……かっこいいと思う、ということか?』
『え? ああ、どちらかといえば、そうかもしれないですね』
その頃のリアンは短髪だった。
別にヴィヴィエッタはリアンを馬鹿にしようと思って言ったわけでもなんでもなく、特に深い意図などなかったけれど。
その隣でリアンが目をまん丸にしていることや、それからなぜか髪を伸ばし始めたことなどその時のヴィヴィエッタは気付くこともなく。
ヴィヴィエッタはこっそりと、
「どんな髪型でもリアン様はよくお似合いでしてよ?」
と呟いてみた。
リアンは振り返りはしなかったけれど、どんな顔をしているかなんて明白だった。




