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侯爵領へ 1

 

 馬車に揺られて半日ほど経ったころ、ベイリー侯爵領に到着した。

 侯爵領とはいえどかなりの田舎なので、やってきた王子一行に領民はかなり驚いていた。



「お疲れでしょう、お部屋に案内しますね」



 出迎えてくれたのはアルバート・ベイリーだ。ベイリー侯爵の次男であり、つまりラリアの兄だ。この侯爵領の管理と同時に騎士団の団長を務めている働き者だ。

 ラリアに似た黒髪を緩く縛った彼を見てヴィヴィエッタは隣の赤髪の王子に目を向けた。髪型被りをしている。



(人気なのかしら、この髪型)



 そんなことを考えつつ部屋へ向かう。どうやら部屋数が少ないらしく、ヴィヴィエッタの部屋とリアンの部屋は隣になるようだ。同室にならないことを最大に配慮したせいで、王城から伴ってきた何人かの侍従や召使は同室になってしまうらしい。


 けれど婚姻を結んでいない男女、それも王子と公爵令嬢が一晩同室かつ密室で過ごすのはかなりの醜聞となるだろう。



(申し訳ないけれど、それは避けないとわたしの努力が無駄になってしまうわ)



 ヴィヴィエッタは軽くアルバートに礼を言い、少し部屋で仮眠を取ることにしたのだった。





 午後から騎士団へ向かった。

 アルバートに案内する後をヴィヴィエッタとリアンがついて歩く。

 事前に訪問のことは知らせてはあったとはいえ、騎士団員たちはすっかり色めきだってしまっている。道をさっと開けたり、キレ良く敬礼をしてみせたりと様々だ。



「申し訳ありません、滅多にヴィヴィエッタ様のような美しい女性にはお目にかかれないものですから。何せ、ここには女性団員がいませんからね」



 ヴィヴィエッタは少し眉を下げて困ったように笑う。



「ヴィヴィエッタ様の魔物の研究成果のおかげで我々も随分と安全に職務を全うできるようになりました」

「わたしの研究がお役に立っているようでよかったですわ」

「それにしても、どうやってあのような研究を――」



 そこでリアンがわざとらしく咳き込んだ。アルバートはヴィヴィエッタへ質問を投げかけることをやめて、そこからは案内に専念した。


 ヴィヴィエッタはちらりとリアンを盗み見る。顔は外面用の王子スマイルを貼り付けてあるが、不機嫌そうなオーラが滲み出ていた。



「全く、大人気ありませんわよ」

「……庇ってやったんだから少しくらい感謝しろよな」



 魔物の研究はヴィヴィエッタがフェイの魔法の力を持つからこそできた実験だった。ツタや木々を操って動きを封じたり、少しの間気絶させたり。そうして魔物の体を調べているうちにそれぞれ急所となる赤黒い核があることが分かったのだった。



「……わたし、陛下の前で実験の概要を報告しましてよ。その辺りの嘘まできちんとでっち上げてお伝えしたこと、お忘れで?」



 つまり嘘は完璧に作り上げてある、と。

 訝しげに覗き込むヴィヴィエッタからリアンは視線を逸らす。


 そうこうしている内に、どうやら目的の場所に着いたらしい。



「着きました。こちらが療養所です」



 ヴィヴィエッタたちが中に入ると、患者が弱々しくこちらを向いた。片腕のない者や、ギブスをした者、頭に包帯を巻いている者などで様々だ。

 療養所の衛生面はあまり良いとは言えなかった。匂いがこもっていて、これでは気分も滅入ってしまう。


 ヴィヴィエッタは窓を開け放つと、持ってきた革のスーツケースをガバリと開ける。そこには事前に準備してきた薬品やらが詰め込まれている。



(腕や目を再生させることはできなくはないけれど……)



 ヴィヴィエッタの持ち込んだ薬品には微量の魔力が込められている。治癒が速くなったり、傷跡を綺麗に消したりなどで効果は多岐に渡る。

 もちろん、フェイの魔力を継ぐヴィヴィエッタは失った手足を再生させるほどのことはできる。しかし、この国で魔法を使えるのはフェイのような妖精だけだと言われている。ヴィヴィエッタが魔法を使えると知れたらすぐさま聖女だの魔女だのと騒がれることになるのだ。



(一度失ったものを再生させることには危険が伴う。自然の理には逆らわない方がいい)



 それは幼い頃母とした約束でもあった。

 もしこれが戦争の前線だとしたら、傷を負っても戦地に駆り出される生き地獄となるだろう。


 ヴィヴィエッタは指で注射器を弾きながら、患者を見つめた。

 片腕のない団員だ。失ってから少し経つのか、巻かれた包帯に血が滲んでいる様子はない。


「少し痛いかも知れませんが、我慢してくださいね」と声をかけて注射をする。痛みはすぐに引いていくはずだ。

 お礼を言われて、ヴィヴィエッタは少し心苦しくなる。


 その後も治療は続いた。患者の容態に合わせて薬品を変えていく。

 薬がなくなる頃にはすっかり日が落ちていた。



 ヴィヴィエッタが希望したこともあり、夕食は団員たちも交えて取ることになった。その中には先ほど治療した団員も何人かいて、ヴィヴィエッタに改めてお礼を言いにきたりした。

 完全に元気になったわけではないだろうが、楽しそうに喋ったり料理を食べている彼らをヴィヴィエッタは少し目を細めて見つめていた。



「丁重にもてなされてしまいましたわね。リアン様がたぶん一番喋ってましたわ」

「それは、俺が喋らないと場がなんかこう、気まずくなるから」



 くすくすと笑うヴィヴィエッタにリアンは慌てて弁明する。

 お互い部屋のドアノブに手をかけたところで、リアンが口を開いた。



「元気、ないだろ」



 ヴィヴィエッタは虚をつかれたように視線を落とした。



「魔法を人前で使いたくないのは理解している。けど、それがヴィーを苦しめているなら、俺は……俺が、守ってやるから。知られたくないならどんな手を使ってでも口封じする」



 ヴィヴィエッタは何も言わない。



「なあ、どうしてほしいか俺に言ってくれ。そうしたら、何か力になれると思うんだ。だから」

「もう、職権濫用はよくありませんわ」



 顔を上げたヴィヴィエッタは少しいたずらっぽく笑う。いつも通りのリアンの前で見せる笑顔だ。



「明日も早いですからよくお休みになってくださいませ。1人で十分だと豪語したのですからね、しっかりわたしを守ってくださいね」



 ヴィヴィエッタはひとしきり言い終えると、「おやすみなさい」とドアノブをひねって部屋の中へ消えていった。


 リアンはドアが最後まで閉まるのを見つめていた。

 はあ、と盛大にため息がこぼれ落ちる。



「いつになったら本音を言ってくれるんだろうな……」


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