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嘘だらけ

 

 夜、寝巻き姿でヴィヴィエッタは机に向かっていた。

 ぼうっとついた手元の明かりは実験手順やらを書き殴った紙を照らしている。


 自ら進んでモルモッ……被験者を提供してくれた2人の令嬢のためにもなるべく早く成功させたいところだ。



(リーリエさんのことを考えると半月後がタイムリミットね……)



 あの後リーリエとは上手く話をつけた。

「彼のために、彼に薬を飲ませて私を忘れてもらう」乙女全開でリーリエはそう泣く泣く決めたのだった。

 無知ほど恐ろしいものは無いとつくづく思う。


 アホ殿下に薬を飲ませる必要はないかと思うが、この際劇薬を飲ませてやろうかとも思っている。どうにか問題にならない程度にあの色狂いを痛めつけられやしないか。



(特に下半身辺りにダメージを与えたいわね)



 うんうんと唸りながら薬学書などを睨みつけていると、ノック音が聞こえてきた。時計は夜11時を回ったところだ。



(侍女ではないわね、ましてやあの体裁ジジイがわたしを訪ねてくることなど滅多にないし……)



 ヴィヴィエッタはそれ以上の催促をしないドアの外側にいる人を想像して「入っていいわよ」と声をかけた。散らかった本たちをとりあえず奥へ押し込める。

 遠慮がちに半分ほど空いたドアの隙間からは黒髪の美少年が顔を覗かせていた。



「お姉さま、まだ起きてらしたのですか」

「うん、まだ明日の課題が終わっていなくって。それに、ルカ、あなただって寝ていないじゃないの」

「そうですけど……」



 もじもじとルカは視線を逸らす。

 ヴィヴィエッタは聞こえない程度に息を吐くと、ガウンを羽織り直してドアの方へ歩いていく。



「ルカも明日早いでしょう? 大丈夫よ、わたしもすぐに寝るわ」



 ほんの少しだけ目線を下げて微笑むと、ルカは頷いて挨拶をしてからドアをゆっくり閉めた。



 ルカこと、ルキウス・ブルーベルはヴィヴィエッタの2つ下の義弟だ。

 しかし、実は血はつながっていない。ヴィヴィエッタの母がヴィヴィエッタを身籠っているころに正妻のブルーベル夫人が不貞を働いてできた子供がルキウスだ。この真実は魔法の力を持つヴィヴィエッタと夫人しか知らない。


 ルキウスはブルーベル家で浮いたヴィヴィエッタを心配して、こうして度々気にかけてくれている。



(この家は嘘だらけね、まだ使用人棟にいた方がマシだったわ)



 ヴィヴィエッタはもう少し幼い頃、使用人棟に押し込められていたことがある。無論、それはルキウスが元気に育ち、ヴィヴィエッタは用済みになったからであるのだが、そこから本邸に移れるよう口聞きをしたのもルキウスだった。


 実は使用人棟では毎夜、夜通し危ない実験を繰り広げる毎日を送っていた。使用人棟といえど別格の広い部屋を与えられていたために出来たことなのだが。なので、爆発や怪我はしょっちゅうで、ルキウスはそれを虐待か何かと勘違いしたらしかった。



「後ろめたいのなら、いっそ関わらないでくれたらよかったのに」



 ヴィヴィエッタは奥に押し込めた本を引っ張り出して、続きを読み始めた。




 ***




「ヴィー、これは一体なんだ!?」

「機密文書をそう持ち出してきてはダメですわ、リアン様」



 ヴィヴィエッタは機密文書、のところでわざとらしく吹き出してみせる。リアンの手には薄い紙が一枚握られている。



「見たとおりですわ、5日間のベイリー侯爵領調査。ヴィヴィエッタ・ブルーベルと共に赴くこと。あら、わたしの判ももう押されてありますわね」

「いや、なんで急にって聞いてるんだよ」

「それはもちろん、わたしがベイリー伯爵と交渉したからですけれど?」

「は? なんでさも当然かのように」



 ヴィヴィエッタはリアンの反応を見てひとしきり笑ってから経緯を軽く説明してあげた。



「わたしの気になっている薬草がいくつかベイリー侯爵の管轄領に生息していまして。表向きは国境の整備、それから騎士団員の治療という名目ですわね。で、ついでに必要な薬草も取ってきてしまおうというわけですわ」

「…………もしかして、それで初めからラリア嬢に目をつけたのか?」

「あくまでリアン様の領地調査のお供をするだけですわ」



 ヴィヴィエッタはうふふ、と笑みをこぼす。

 リアンは相変わらず底の知れない幼馴染に盛大にため息をついた。それからふいに期待の込めた目を向けた。



「もしかしてだけど、俺の剣の腕が鈍らないように配慮してくれていたりもする?」



 ベイリー侯爵領は魔物の発生件数が多い国境近くにある。リアンは普段から剣の鍛錬こそすれど、実践経験は少ない方だ。むしろ第三王子が魔物と自ら戦っていることが露見すれば、また勢力絡みなどの問題が発生して面倒なのだが。


 彼が冒険ギルドに属する理由の1つがそれだ。実践を積み、いざ必要になったときに立ち振る舞えるようにすること。

 なんだかんだ民を思う正義感の強い王子だとヴィヴィエッタは評価している。



「あら、腕が鈍ってきているのですか? わたし、リアン様がいれば十分だと考えていたのですけれど」



 護衛を連れていくか、はたまた自分も戦うべきかと算段を始めるヴィヴィエッタだったが、リアンが慌てて遮った。



「鈍ってない、俺1人で十分だ!」

「そうですか?」

「それにヴィーだって、余計な詮索をされたくはないだろ?」



 捲し立てるとヴィヴィエッタは「そうですわね」と少し満足げに笑った。



 そうしてベイリー侯爵領へ向かう日になった。


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