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令嬢の弁明 2

 

 ルイ・アルドロートに関する記憶を消したい。


 ヴィヴィエッタはラリアの願いを反芻しながら教室へ向かう道を歩く。うんざりするほど広い中庭を突っ切りながらちらりと腕時計を見る。もうすぐ予鈴が鳴ってしまう。



(わたしには全く必要のない授業だけれど)



 社交界でのマナーや国の歴史、経済学。どれもこれもとっくに知っているし、国外逃亡をしようとしているヴィヴィエッタからしたら面倒なことこの上ない。本当なら今すぐにでも実験に取り掛かりたいくらいだ。


 そうして東屋の脇を通り過ぎようとした。



「可愛い、授業なんて忘れて君と一緒にいたいな」



 ここにもサボろうとしている人が1人。

 ヴィヴィエッタの顔は盛大に歪む。


 少し移動して覗き込むとそこにはラリア嬢の悩みの種たちが近距離で何かを話し込んでいる。会話の内容など知りたくもない。


 授業の予鈴が鳴る。けれど2人は移動をする様子はない。どうやらここに居座るらしい。



「あっ……ルイ様、駄目です、いくら人がいないとはいえ……」

「いいだろう、そうでもなきゃできないんだから」



 リーリエはどうやら身を捩らせてそれを拒んでいるらしい。さすがにヴィヴィエッタの位置からでは本気で嫌がっているのか、あえての駄目なのか分からない。


 いっそのこと希釈なしの試薬をぶっかけてやろうか――そうヴィヴィエッタが考えていたとき、視界の奥から「殿下!」と駆け寄ってくる人物が映った。侍従だろうか。


 それが何か大事な要件だったようで、「ごめんね、リーリエ、行かなければ」と謝るとルイは東屋から出て行った。



「ずいぶんとお盛んなこと」



 ヴィヴィエッタはリーリエの背に向かって声をかけた。

 びくりと肩が跳ねて、リーリエはこちらへ顔を向け、決まりが悪そうに俯いた。



「見ていらしたのですか……」

「あら、あんなに堂々としてらしたのに、何か後ろめたいことでもありまして?」



 嘲笑たっぷりにヴィヴィエッタは問いかける。

 リーリエのエメラルドのような瞳がわずかに揺れる。じわりと潤むその目は男をその気にさせるのに十分だろう。



(先ほどのはあえての駄目だったようね)



 ヴィヴィエッタはこれ以上の会話は無駄だと感じて踵を返す。

 よくある話だ。婚約者のある身の男が可愛らしい女にうつつを抜かす。



(ラリアにはアホ殿下に加えてリーリエさんに関する記憶も消す薬を調合してあげた方がよさそうだわ)



「すみません!!!」



 どしゃっと転げ落ちたような音と同時にリーリエの叫ぶような声が聞こえた。さすがに驚いて、ヴィヴィエッタも振り返る。

 なんとリーリエが東屋に這いつくばって頭を下げているのだ。

 その姿にヴィヴィエッタは余計に腹を立てた。



「謝るのはわたしにではないでしょう?」



 もちろん誰になど言うまでもない。



「もちろん、ラリア様にも謝ります。ただ……ただ、もう少し待ってほしいのです、もう少しだけ」

「どうして? 謝罪に待つも何もないわ、それをあなたが決める権利もないわ」



 ヴィヴィエッタの威圧感にリーリエは少し怯む。けれど、公然で浮気をする度胸があるのだ、彼女は何かを決意したようにヴィヴィエッタを見据えた。



「私は後半月でこの地を離れます。没落するのです」



 没落、という大層な言葉を聞いてヴィヴィエッタは一度口をつぐんだ。

 リーリエ・ラントン。彼女は男爵家の末娘だ。



(まあ、あの白豚男爵ならあり得る話ね)



「そう。あなたの言いたいことはよく分かったわ。首都を離れ遠い田舎へ向かう前の最後の一時を幸せに過ごしたい、そういうことね」



 リーリエは深く頷いた。けれど実際言葉にされると何か思うところがあるらしく、また顔を伏せてしまう。



「けれど、あなたがしていることが誰かに迷惑をかけて、誰かを傷つけていることは分かっていて?」

「…………分かってはいます」



 歯切れの悪い返事にヴィヴィエッタはまた口を歪めた。

 王子に愛されるということが、これから貧乏暮らしをする彼女の支えになっているのだろう。


 ヴィヴィエッタは少し考えて、また口を開いた。



「では、あなたは半月が過ぎていざ別れの時が来たときにどうするつもりでいるの? ラリア様に謝罪して終わり? 何も知らないルイ王子はそのまま放っておくの?」

「で、でもそうするしか」

「虫がいいわね。王子にずっと恋情を抱かせたままにしておくのね。あなたは身分を失ってもう王子にふさわしい立場になんてなれやしないのに」



 リーリエは押し黙る。アイボリーの長い髪の間から見えた表情は青ざめている。



(まあ、あのアホ殿下に限って誰か1人に執着することなどないんでしょうけど)



 けれどそんなことは口に出さない。

 今、リーリエは勝手に追い詰められているだけなのだ。

 恋は盲目と言うけれど、恋をしているときは相手の気持ちさえも都合良く押し測ってしまうものだ。



「私、私、どうしたら」



 リーリエは焦った顔を跳ね上げた。ヴィヴィエッタは少しだけ笑って、彼女の前にかがみ込む。


 その姿はさながら人々の前に降臨する女神のようで。



「私が助けてあげられると言ったら、あなたはどうする?」



 女神の皮を被った実験狂いの救いの手を取ってしまったなど、リーリエは知る由もなく。


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