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令嬢の弁明 1

 

「先日は本当にありがとうございました。ドレスから、何から何まで」



 ラリア・ベイリー侯爵令嬢は丁寧に礼をする。

 あの日逆上していたとは思えないほど気品に溢れた姿だ。黒い艶のある髪はきっちり結えられていて、マゼンタの瞳は真っ直ぐヴィヴィエッタを捉えたまま変に動くことはない。



「わたしは憶測を喋っただけでしてよ」



 優雅にティーカップを受け皿に戻してヴィヴィエッタは微笑む。

 あのパーティの日、ドレスを直しながら部屋ではこんなやりとりがされていた。




『手際がすごくよろしいのですね、ドレスを直された経験が……?』



 ラリアは生粋のお嬢様だ。もちろんヴィヴィエッタとて繕うほどボロくなったドレスを着たことはないけれど、針仕事に触れる機会はその辺の令嬢よりは多いだろう。

 ヴィヴィエッタは少し皮肉めいた笑みを返した。



『ラリア様のご友人方より出来がよいみたいでよかったですわ』

『……サーシャとナタリーのことですか? 彼女たちをまるで召使いのように言うのはおやめください』

『あら、わたしてっきりお2人はラリア様の召使いだとばかり』



 やはり、ラリアは生粋の令嬢だった。侯爵令嬢という地位も相まって尊大に扱われることに慣れきってしまっている。

 ヴィヴィエッタはやれやれ、と肩をすくめた。それから隠し持ってきたテグスを見せた。



『それは……?』

『ラリア様が立っていた近くのテーブルに張ってありましたわ。これにリーリエさんが躓いてしまったのでしょうね』

『どうしてそんなものが? まさか、リーリエさんがわざとジュースをこぼしたのではないというのですか?』

『彼女が仕掛けたものでなければ、そうでしょうね』



 ラリアはいまいち状況を理解できていないようだった。第四王子の寵愛を受けたリーリエの思い上がった行動だと本気で思っていたらしい。



『数あるテーブルに、ラリア様がどこにいらっしゃるのかもわからないというのに、テグスを仕掛ける必要がありまして? ただ普通に転ぶ真似をした方が楽でしょうね』

『ですが、ではどうして普段近づくことのないわたくしと彼女がよりにもよってあれほど近くにいたと?』

『それはただ彼女の友人が呼んでいたから、というだけでは? もっとも、それも計算の内でしょうけれど。そもそもラリア様をそこで待たせていたのは一体誰です?』



 そこまで言うとラリアは少し表情を変えた。言うまでもなく、彼女をあの場で待たせていたのはあの取り巻き2人だ。



『まあ、信じることなど難しいでしょうから……こうしましょう。お2人のどちらかにこのクッキーを食べさせてみてください。もしかしたら何か聞けるかもしれませんよ』



 ヴィヴィエッタが差し出したのは小袋に包まれたクッキーだ。ヴィヴィエッタ特製の記憶をなくす薬(暗転の葡萄をふんだんに使用した)が練り込まれている。

 ラリアは訝しげにそれを受け取った。小袋からはほんのり甘いワインのような香りがして、思わずラリアはふわふわした気持ちになってしまう。


 その赤らめた顔のまま、ラリアはお礼を言って部屋を出ると、ナタリーを連れて会場へと戻っていった。




 まあ、ヴィヴィエッタとしては液体と固形で反応が変わるのか調べたかっただけではあるが。どうやら結果は一緒だったらしい。



(暗転の葡萄はやはりお酒の要素が強かったみたいだわ。モルモットさんたちの行動はまるで酔い潰れた方みたいだったもの)



 ヴィヴィエッタは小さくため息をついた。



「今彼女たちは私のことも、リーリエさんのこともあまり覚えていないようなのです。これはやはり、あのクッキーに何か……?」

「それが何か勘づいたからわたしの元へ来たのでしょう?」



 記憶がなくなっているというのは良い実験成果だ。無駄な自白作用と睡眠作用さえなくなればかなり求めている薬になりそうだ。

 ヴィヴィエッタは朗報を耳にし、少し上機嫌になった。



「ご想像の通り、あれはわたしが作成した試薬ですわ」



 やはり、とラリアは表情を明るくする。ヴィヴィエッタは薬学や研究などに長けていることで社交界では有名である。国王が彼女の力量を褒め称えているのだから当然だ。



「サーシャとナタリーはわたくしのことやリーリエさんのこと、煩わしいと思っていたのですね」



 それが記憶を消したいほどまでだったかは定かではないけれど。

 ヴィヴィエッタはすまし顔で「そうかもしれませんね」と言ってのけた。



「それで? ラリア様はそのわたしの試薬で何をなさりたいのですか?」

「え、あはは……お見通しなのですね」

「深刻そうな雰囲気が漏れ出てましたから」



 ヴィヴィエッタはまた紅茶を口に含み、ラリアの言葉を待つ。ヴィヴィエッタの透き通った水色の瞳に抗えずにラリアは口を開いた。



「ルイ・アルドロート第四王子のことを忘れたいのです」


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