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公女の秘密

 

「また妙な実験しやがって」

「あらあら、お口がひでーですわよ、第三王子殿下?」



 第三王子殿下こと、リアン・アルドロートは大股でヴィヴィエッタの横に並び立つ。


 彼はスカーレットの綺麗な髪を後ろで束ねている。束ねるくらいなら切ればよいのにとヴィヴィエッタは言うけれど、「イケメン王子は長髪って相場が決まってんだよ」と訳の分からない理由から切っていない。残念な志向云々は置いておいて、王家の証である群青の瞳を持つ、生粋の王子様だ。


 制服で隠しきれないオーラを放っている2人はそのまま廊下を並走する。半歩ヴィヴィエッタが速い。



「それで? 今回は何を作ってるんだよ」

「記憶をなくす薬、ですわ」



 得意げに告げたヴィヴィエッタにリアンは「なんでそんなものを」と分かりやすく疑問の表情を浮かべた。



「なかなかうまくいかないんですのよ、着手してから2ヶ月は経ちますわ」

「たしかに、ヴィーにしては長いな。『フェイの血を引く魔法使い様』ですら難しい薬品ということだな!」

「揶揄わないでくださいまし」



 ヴィヴィエッタはぷいと顔を背ける。


 リアンが彼女を慣れた様子でヴィーと呼ぶのも、全ては彼女の秘密を知る幼馴染が故である。




 ヴィヴィエッタ・ブルーベルはブルーベル公爵家の汚点である。

 というのも、彼女は公爵が美しい町娘に一目惚れした一夜の過ちによってできた私生児だから。けれどヴィヴィエッタが私生児として社交界で腫物扱いされないのは公爵による必死の隠蔽による。


 それに、彼女自身も非常に見目麗しく、優秀だった。

 社交界に出たばかりの頃は多少冷たい目で見られたものの、彼女は実績を上げ続け第三王子の婚約者にまで上り詰めることとなる。


 初顔合わせの日、10歳のヴィヴィエッタはあろうことかリアンを脅した。



『わたし、殿下が冒険ギルドに属しておられることを知っております』



 もちろん、秘密で行っていたことだったためリアンは慌てた。『な、な、何が目的だ!?』とそれはもう取り乱した。

 そんなリアンとは対照的にヴィヴィエッタは落ち着きはらったまま取引を持ちかけた。その時、彼女は自分の秘密をサラリと付け加えた。



『わたしは妖精フェイの血を継いでおります』



 この発言にリアンは今度こそ腰を抜かすことになった。

 妖精フェイといえば、この地の危機を救い現在のリモナ王国を作り上げる支えとなった伝説の大妖精である。非常に美しく青い色を纏う女性の妖精だ。国のあちこちに彼女モチーフのものがあるほど愛される存在である。


 けれど、虚偽の可能性も十分に考えられた。リアンと確実に結婚するための嘘だという方がよっぽど信じられた。



『それが真実だというのなら、俺の前で血を流せ。令嬢の言うことが正しければ青い血が流れるのだから』

『わかりました』



 ヴィヴィエッタは躊躇することなく、自分の腕に短剣を突き立てた。その腕からは青い血が流れ出る。

 リアンは信じられない、というような目でヴィヴィエッタを見つめた。さらに、腕の傷はみるみるうちに塞がっていく。ヴィヴィエッタはすかさず腕を長手袋で覆い隠してしまった。



『信じていただけましたか』

『信じないも何も……でもどうして』



 青い血は妖精フェイ、それから彼女の眷属たちの特徴でもある。けれどその血はいつしか文献では見かけなくなっていた。

 それなのに、なぜ私生児であるはずの公爵令嬢が。



『フェイの眷属たちはみな自由奔放なのですよ。何事にも縛られたくなくて、自由に愛を求める。母が、そうでしたから』



 その後もいまいち信じきれないでいたリアンにヴィヴィエッタは説明を続けた。王族しか読むことのできない文献の内容まで言われ、さすがに信じざるを得なくなった。



『わたしも彼女たちと同様に社交界に縛られず自由に生きたいのです。わたしは魔法を心得ております。薬や魔物の実験成果など殿下のお役に立てるはずです。もちろん冒険者ギルドに属していることも内密に致しますし、協力します。ですから、殿下もわたしが国を出ることができるよう協力していただけませんか』

『……考えよう。けれど、この婚約話はどうするんだ? 俺と婚約してしまうと令嬢は国を出るのは難しくなるんじゃないか』



 リアンの心配をよそに彼女は凄まじい勢いで実績を上げた。当時流行した疫病の後遺症の治療法や魔物の弱点の実験記録など有益な情報ばかりを王室に差し出したのだ。


 こうして彼女の価値は一気に跳ね上がり、もはや第三王子では割に合わないくらいにまでなったのだった。けれどその後婚約者のいる第一、第二王子の婚約者の座につくこともなく、彼女は宙ぶらりんの状態をかれこれ7年ほど保ち続けている。

 それはリアンも一緒で、ヴィヴィエッタと競うように実績を上げた彼もまたふさわしい婚約者がいないままだ。


 こうして2人はお互いの秘密を抱えながら、なんだかんだで仲良く幼馴染をやっているのである。



「で、今回の実験結果はどうだったんだよ? ていうか合意とはいえ人で試すのもやめろよな……」



 リアンは肩をすくめた。たぶん合意が「合意」ではないことくらい、なんとなく想像がついている。けれどその辺りも綺麗に後始末をして、なんなら利益に変えてしまうのがヴィヴィエッタという令嬢なのだ。そうやって長年「美貌の公女」の地位を保っている。



「この前リアン様が『長旅』で持ち帰ってきてくださった『暗転の葡萄』を使用したところ、自白作用がかなり出てしまいまして」



『長旅』というのは冒険者ギルドの隠語だ。リアンがギルドの依頼で何日か城を空けたときに使っている。といっても3日が限度のようだ(3日間執務室に篭ったことがあるらしいので不自然に思われないらしい)。

 王城の者には秘密で冒険者ギルドに属していることを庇い立てしているのはかなりの割合でヴィヴィエッタだ。なので毎回依頼先の危険箇所でしか採取できないようなものなどをお土産に頼むのだ。



「あれけっこう探すの苦労したんだぞ……このためのものだったのか」

「かなり強いお酒になりそうでしたわ。リアン様なんて一滴で2日は酔うことができそうな」

「おいそれ馬鹿にしてるのか?」



 リアンが不服そうにヴィヴィエッタの顔を覗き込んだとき、不意に背後から視線を感じた。ヴィヴィエッタもそれを感じ取ったようで振り返る。


 そこには先日ドレスにカシスのシミを作っていたラリア侯爵令嬢が少し決まりが悪そうに立っていた。



「なるほど、これからが本番ってわけだ」

「そうですわ。昔に比べたら随分冴えましたわね」

「一言多いんだ、ヴィーは」



 リアンはそう呆れたように言いつつも、ラリアに礼をしてその場を離れていく。ラリアはそれを見送ってからようやくヴィヴィエッタと向かい合って話を切り出しそうとする。



「先日のパーティの件ですね? そろそろいらっしゃるころではないかと思っておりました」



 ヴィヴィエッタは水色の瞳を目一杯細める。

 そうして何食わぬ顔でラリアをテラス席へと促した。


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