ドレス騒動
「わたくしのドレスがっ……!」
「も、申し訳ございませんラリア様! 決して、わざとでは……!」
学園のパーティで、飛び散る火花。
第四王子の婚約者であるラリア侯爵令嬢、もう一方は最近その王子の寵愛を受けているのではと噂のリーリエ男爵令嬢だ。
ラリアの華やかなドレスにはカシスジュースの紫のシミが出来上がっていた。髪を逆立てる勢いで怒っているラリアに睨まれ、リーリエは今にも涙をこぼしてしまいそうだ。
早速起こった面白い出来事に周りは少し楽しげだ。揃ってちらりちらりと件の2人を盗み見る。噂の王子もこの騒動に気がついたらしい、話を切り上げてこちらへ向かってくる。
そんな中、ヴィヴィエッタ・ブルーベルだけが白けた目を向けていた。
壁に張り付いてピクリとも動かない彼女だけれど、その美しさは目をひいてしまう。透き通るような青色の髪に、全てを見透かすような空色の瞳。肌を見せないデザインのドレスが彼女の白い四肢を隠してしまっているのが惜しい。
先ほどからなんとかお近づきになりたい殿方たちが彼女を窺うが話しかけるなオーラが酷すぎた。その上彼女は公女なのだ、半ば諦めムードが漂っているのも無理はない。
そんなこんなで、場をおさめることができるのは第四王子だけかと思われた。
「ごきげんよう、少しよろしくて?」
公女の微笑む姿はそれはもう美しかった。
けれど、なぜか彼女は件の2人ではなく、ラリアの取り巻きの令嬢たちにその微笑みを向けていた。
いかにも取り巻きA、Bというべき2人の令嬢はゲストルームの前に突っ立っていた。
あの後、ヴィヴィエッタは思い出したようにラリアとリーリエに挨拶をした。ラリアのドレスのシミに目を向けて「あら大変」と呟くとそのままラリアを連れ出した。
颯爽と会場をさっていく様を、しばらくみんな見つめてしまった。
それから、第四王子は完璧に忘れ去られていた。
「部屋に間違って誰かが入らないように見張っていてくださるかしら」
取り巻き2人は頷きつつ、そんなことだろうと思った、とも思っていた。でなければ、わざわざ公女が話しかける理由がない。
「私、てっきりバレたのかと……」
「しっ、聞こえたらどうするのよ」
取り巻きAことサーシャが不安そうに言う。けれどB、ナタリーも不安だった。証拠は、回収できていない。
「終わりました。ラリア様を会場にお連れしてくださる?」
部屋からヴィヴィエッタが顔を出した。続けて出てきたラリアはなぜか頬を赤らめていた。部屋で何をしていたのか聞きたくなったが、2人は我慢する。
それと同時に紫のシミはすっかり目立たなくなっていた。裾には大きなバラの花が咲いている。
「本当に、ありがとうございます。なんとお礼をすれば……」
「あら、お礼なんて。こちらこそドレスに勝手に手を加えてしまってごめんなさいね」
ヴィヴィエッタはゲストルームの花瓶に生けてあったバラの花をドレスに挿してシミを目立たないようにしたのだ。その際、ジャキジャキと遠慮なくハサミを立ててはいたけれど。
「会場に戻りましょうか、ラリア様」と取り巻き2人が歩き出そうとしたとき、ヴィヴィエッタが声をかけた。
「ああ、どちらかは残ってくださらない? お片付けを手伝ってほしくって」
サーシャはなるほど、と理解した様子でナタリーにラリアを託して残ることにした。
「何からいたしましょうか」とサーシャが声をかけた瞬間、ドアが勢いよく閉められた。驚いて振り返るとそこには公女が麗しい笑みを讃えている。
「これ、あなたの落とし物かしら?」
ヴィヴィエッタは透明なテグスをちらつかせていた。それは間違いなく取り巻き2人の落とし物だった。サーシャは苦虫を噛み潰したような顔でヴィヴィエッタを見つめる。
「あ、そんな目で訴えなくたって、わたしはあなたを貶めたりなんかしないわ。あなたたちの確執なんて興味ないもの」
「では、どうして」
「少しお茶がしたかったの。ほら、わたし会場で浮いてしまっているでしょう?」
ヴィヴィエッタは眉を下げた。つまり、寂しいから話し相手になってほしいと。美しくて目立ってしまうのも大変なのだろうとサーシャは思う。
ヴィヴィエッタがあっさりテグスを返したため、サーシャはすっかり気を緩めて椅子に腰掛ける。公女が自ら準備してくれたらしい紅茶を口に含んだ。
「それで、日頃のラリア様への意趣返しとリーリエさんにも一泡吹かせたのね。面白いわ」
「そのくらい、許されるはずです! だって、常にラリア様の言いつけを守ってずっとそばにいて。こんなに頑張っているのに、ポッと出の男爵令嬢なんかが王子の寵愛を受けるだなんて、不公平です」
「あなたたちだって好きで、取り巻きなんてしているわけではないものね。でも恥じることはないわ。生き残る術ですから」
にこにことヴィヴィエッタは話を聞いた。絆されるようにサーシャも話してしまう。
「ねえ、でも嫌なら離れるというのも、一つの手よ」
「でも、そんなことできないです……」
「じゃあ、わたしに任せてくださらない?」
え、とサーシャは顔を跳ね上げた。公女が自分を贔屓にしてくれれば価値も跳ね上がる。侯爵令嬢の取り巻きよりも公女の友人の方がずっといい。
「あなたも、もうお一方もラリア様とは距離を置きたくて、目障りなリーリエさんは視界からいなくなってほしい……そういうことで相違ないかしら?」
サーシャは大きく頷いた。
けれどその拍子に強烈に視界がまどろむ。なだれ込むようにテーブルに突っ伏してしまう。
目を閉じる寸前、視界に映った美しき公女は笑ったままで。
「あらあら、睡眠作用まであったなんて。まったく、また失敗ね」
眠ってしまったサーシャをヴィヴィエッタはじっと見下ろした。ため息まじりにドレスポケットから小瓶を取り出し、いかにも怪しげな瓶の中身をちゃぽりゃぽと揺らす。
サーシャをきちんと寝かせ、廊下にいた召使いに「疲れて眠ってしまった」と伝え帰りの手配もさせておく。ケアに余念はない。
「さて、もう1人のモルモットさんはどうなっているかしら」
何食わぬ顔で会場へ戻ったヴィヴィエッタは存外早くナタリーを発見した。
ソファを独占して眠りこけるナタリーの隣には、渋い顔をしたラリアが立っていたのだった。




