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龍の誓い

 夜の湖に小さな波紋がゆらゆらと広がっていく。それは徐々に大きくなり次の瞬間黒い影が水面に姿を現す。一人の少女と少年の姿だ。

 水飛沫があたりに大小様々な波紋を作り出す。それはお互いがお互いにあたり相殺しその数を減らしていく。

 そして少女の肩の上には一人の少年が力なく寄りかかっていた。その状況から見て自ら水面に上がってきたようには見えない。おそらく少女に引っ張られる感じでその顔を水面に出したのだろう。


 「ロア?ロア!」


 少女は少年の名前呼びながらその呼吸を確認する。

 なんの音も聞こえない。その事実に冷たい湖の水で濡れた体を芯からさらに冷たくする。

 すぐに少年の胸に耳を当てその音を確認した。嫌な予感がした。何か大切なものを失う時に感じるあの感覚に似た予感だ。あの時も今回のレティアの時も似たようなまるで心臓をチクチクと刺すような嫌な予感に苛まれる。

 しかし彼女の心を合理的で理論的予想よりも感情的本心的な奇跡にも近い事柄を願う。

 だがやはり心臓の音は聞こえなかった。


 嫌な予感が当たった。

 それもそうだ。龍を殺すために一人で囮役を行いあれだけの激しい動きをして体力を消耗しないはずがない。その上、一度片腕を失い。大量の血を失い。その後すぐに再び囮役に買ってでた。そのあと龍から逃げるため全力疾走しその後すぐに潜水し地上まで戻ってきた。よくよく考えれば心臓が止まらないほうが異常だ。


 ロアは境界と境界の狭間を抜けるときその意識を手放した。いや手放したというよりも手放さざる得なかったとでもいうべきか。大量の体力を消費しあまつさえ自分の血も大量に提供した上に魔力もほぼ全て出し尽くした。あの状態で気絶しなかったのは彼の忍耐力ゆえかそれとも偶然なのかわからないがどちらにしろすごいことには変わりない。

 もしあの時、ロアの腕を引かず一緒に戻ってきていなかったら彼が気絶したことに気づかずそのまま彼を境界と境界の狭間に置き去りにしてしまっていたかもしれない。

 その事実にルディアは静かに恐怖する。


 しかし彼女にそんな些細なことに思考を割いている時間はない。彼女は今、恩人の命と妹の命を背負っているのだ。

 少女はロアは抱えたまま対岸まで泳いでいく。

 ジエルを寝かせ心肺マッサージを行う。胸を何度か押し込み人工呼吸を行う。まさかいつの日か習った応急処置を使う日が来るとは思わなかった。

 しばらくするとロアが口から大量の水を吐き出し咳き込む。心臓が動き出し呼吸も戻る。どうやら心肺の蘇生に成功したらしい。

 わずかならが心のどこかで安堵する。


 「はぁはぁ……戻ってきたのか……」とジエルはあたりを見渡し呟いた。

 ルディアが「あの世からもね」と付け足す。

 その言葉を聞いたロアは全てを察する。そして言った。


 「ありがとう」

 「別に気にしないで。友達なんだから当然でしょ?」

 「そうか……どれぐらい気絶してた?」

 「1分くらいかな?」

 「ごめん、時間取らせたね、これ持ってて」


 そういうとロアは一つのメモを胸ポケットから取り出す。水でびしょびしょになり文字がにじんでいるが決して読めないわけではない。すこし読みづらい程度だ。

 そこには龍の秘宝の使い方を記したものだ。

 基本的には飲ませればいいだけの代物だがその要所要所に注意点がある。この紙はその注意点を記したものだ。


 「僕はここで少し休んでから行くよ。体力がそこを尽きたみたいで歩けそうにないや」

 「そう……わかったわ。先に行ってる。ちゃんと後で来なさいよ。待ってるから」

 「ああ、必ず……」


 ジエルはそう行ってレティアの元へ走り出したルディアの背中を見送った。

 自分は歩くたびに激痛の走る体で近くの木々に腰をおろしそして背を預けた。


 「いいよ。もう出て来て」


 それは水面を穿つ小石のよう。いや爆発物のように派手な水しぶきを上げながら顔を出した。

 それは肋骨を手足とし有機物と無機物のような融合体のような見た目で身体中が結晶で覆われた生物。冒涜的で不気味なその見た目は生物としての認識以前に生物として認めたくないと脳が叫ぶ。だがそんな中でも唯一顔だけは体とは違い生物らしき形を保っていた。

 龍。生物界の頂点に立ち超自然的生物。その絶対的力はこの世界において対抗できるものはごく僅かである。


 そしてその龍が蔑むような目でこちらをみてくる。

 目と目が合いふとその虚空を見つめるような瞳を覗き見た。


 「哀れだな、人間。あの魔族の女に見捨てられたか?」

 「見捨てられた方が楽だったかも」


 そう笑ってみせる。

 ルディアに助けられた。つまりはルディアは魔族の身でありながら人間である僕に本気で生きてほしいと思っているのだろう。

 そして僕はそんな彼女とまた会う約束をしてしまった。どんな絶望的な状況であれ、それが自分の命を狙う龍を前にしてもその約束を果たすため全力で足掻くのだ。

 まるで血が逆流している気分だ。今すぐ意識を手放してしまいたい。息を吸うたびに全身を打つような激しい痛みが襲う。凡才である僕が天才たちの技を使いすぎた代償のようだ。先ほどまではアドレナリンとその危機的状況が痛みをシャットアウトし気づけなかったが、今となってはそれらもなくなり痛みだけが残った。

 気持ちが悪い、吐きそうだ。


 手にはまだ剣が握られている。我ながら凄まじい執念だと思う。まさか心臓が止まっても剣を握り続けられるとは思っていなかった。これもあの厳しい訓練に耐えたからなのだろうか?

 しかしまあ、今やそんなことどうでもいい。重要なのはこの状況どう切り抜けるかだ。

 まさか龍がここまで追ってくるとは思わなかった。


 「少し、いいかな?」

 「なんだ、人間」

 「あんたの行動に、少し、矛盾を感じるんだ……」

 「矛盾?」


 痛みに耐えながら問いかける。


 「ああ、矛盾だ。最初こそあんたは僕たちを敵どころかおもちゃとしか思っていなかっただろう?だけど時間が経つにつれあんたは必死になって行った。僕たちを完全に殺そうという意思が強くなっていた。一体なんで?龍であるあんたがなんでそこまで僕たちの命に固執する?」

 「なら問おう、人間。お前はなぜ出口を知っていた?」


 龍は聞いた。


 「なぜって、一度来たことがあるから……」

 「それはおかしい。お前は私と戦い帰るときの記憶がないのだろう?それこそ矛盾ではないか」


 ロアは驚いた。目を見開き龍の顔から視線を離せないほどに驚いた。この際考えたことが龍に読まれていたことは突っ込まない。問題はその後だ。確かになぜ僕はあの時の記憶がないのに帰り道を知っていたんだ?

 それは龍がして来た通り矛盾だ。それもかなりの矛盾だ。

 潜在的意識がその時の記憶を一部呼び起こした?いや、なら他のそこに至るまでの記憶も思い出すはず。いくら思考しても答えはわからない。帰って思考の海に溺れていくような感覚を覚える。


 「まあいい。どうせ考えたところで答えは見つからない。そうだな。理由も知らずに殺されるのは不憫だろう。少しだけ事を話そう。我がお前の命に固執する理由、それは至極明快なものだ」


 龍は少し溜めて言った。


 「盟約……この場合は使命と言うべきか。我が使命を持ってしてお前の命を狙っている」

 「使命……」

 「そう使命だ」


 一体どういう使命で自分たちを殺そうとしているのかわからないがそれだけの理由で殺されるのはごめんだ。

 少なからずルディアたちと再び会うまでは死ねない。こちらもまたそれは使命のような強い意志を持った約束だ決して破るわけには行かない。

 使命と使命。相反する意見。その行き着く先は一つ闘争だ。果てなき闘争しか存在していない。少年は無理に体を起こす。

 「どうする再び殺しあうか?」と龍が聞いてくる。それに「できれば穏便に済ませたいなぁ……」と返す。

 しかし龍の心の中はおそらく殺すという一つの意思に固まっているだろう。

 炎を吐き出される一瞬、痛みに阻害された集中力で一つの解決策を導き出す。


 「協力しよう」

 「は?」


 龍が間抜けな声をあげた。


 「今何といった?私の聞き間違えでなければ『協力しよう』といったか?」

 「ああ、その通りだ。僕とあんたで協力するんだ」

 「馬鹿馬鹿しい。なぜ貴様と協力せねばならん」

 「僕と協力すれば、あんたに面白いものを見せる」

 「面白いもの?」

 「そうだ。あんたはあの何もない空間に閉じこもり退屈しているはずだ。あんたは龍だ。地上にこようともそう簡単には来れない。姿を見せたら混乱するから、だったら僕の目をあんたに貸そう。そして僕があんたの目となってこの世界を見せよう」

 「なるほど、その身を我が依り代にしようというわけか。実に面白い。面白い考えだ」


 確かに何もない空間で眠り続けるより、この人間を使い俗世を見てみるというのも悪くない。面白い提案だ。

 だとすれば私がこの男を監視することも容易い。問題があれば直接邪魔に入ればあの未来を引き起こす可能性を限りなくゼロにすることもできる。その上自分は一時だが退屈をしのげる。確かに今ここで殺してしまうより有意義な選択かもしれない。しかし不確かな要素に賭けるというのは我々の存在意義に反することでもある。だがそれでもーー

 しばしの熟考の後。龍は答えを出す。


 「いいだろう。その交渉引き受けよう」

 「それはよかった」

 「しかし条件がある」

 「条件?」

 「ああ、まず視界を共有することに関する龍の鎖契約を結ぶこと、もう一つは今よりより強くなると努力すること。それこそ私と対等になるほどの強さだ。そして最後の条件は決していかなる時も希望を見失わず人々のために生きろ。決して絶望に身を落とすな。それが条件だ」


 最初の条件以外、龍にとって何か結ぶメリットがあるようには思えないが、龍といえば人知を超えた超自然的生物だ。それこそ比喩なく人とは違う次元に生きる存在なのだから凡人である自分には到底考えようもつかないこともあるだろう。


 「わかった。その条件を受けるよ」

 「ならば交渉成立だ。『偉大なる龍の王<アルベルテリィア>に告げる。我が名は<ガルバイン>地上に降りし流然納司の十三龍である。<ジエル・アストラング>を契約者に龍の鎖契約を行うことをここに誓う。死しても消えることのない未来永劫の他者不可侵の原初の契約。今ここに示されたり』」


 龍がそう言うと空間の至る所から黒く変色した銀の鎖が姿を現し二人の手を結ぶ。それは何か強い引力のようなもので二人を縛り上げその手に黒い鎖型のあざを作り上げる。それは次第に腕へ沈み消えていく。


 「これで契約は完了だ」

 「本当?」

 「ああ、自分の左目を見てみろ」


 そう言ってガルバインは結晶でできた鏡を投げ渡す。ロアは投げ渡された鏡を落とす前にキャッチし中を覗き見た。そこには極彩色に輝く爬虫類らしい長細い黒目が存在する龍の瞳と酷似したものがあった。

 それは元の碧眼からは到底考えられない瞳の色だった。

 これが龍の瞳。俗に『龍眼』と呼ばれるものだろうということは明らかであった。

 自分の体にこれだけの変化が生まれたということはつまりはそれだけの何か事象は起きたということだろう。


 「どうだ?龍と契約した気分は?」

 「少し左目が痛むけど特に問題ないかな?」

 「この程度のことで痛みを伴うとは人間の体は随分と脆弱だな」


 自分の目が入れ替わるようなことがあれば痛むことは随分と普通のことに感じるが龍の感覚から言えばおかしなことなのだろう。

 ガルバインがロアに背を向ける。

 もう行くのかと問うと「もはやとどまる理由がない」と言って体を湖に沈め始める。水面が静かに波打つ。

 その姿が全て見えなくなる寸前、ガルバインはロアに言う。


 「ついでに貴様の体も治してやった。体力は戻っていないからせいぜい苦労するんだな……」


 体を見てみると先ほどまで全身にあった傷跡が消え、天才たちの技を酷使したその反動も綺麗に消え、その血の跡だけが今もなお先ほどまでの激闘の痕跡を残しているのみとなった。

 随分と粋なことをしてくれる。しかし今の状況としてはかなりありがたい。体力は戻っていないにしても先ほどの状態でルディアたちのところまで戻るのはかなり厳しいものがあった。だが肉体が治った今、いつもより少し時間はかかるがそれでも格段に合流する時間を短縮できただろう。


 龍であるガルバインが何を考えているかはわからないがそれでもしかし少しは分かり合える気がしてきた。

 もしかしたらこうして体を治してくれたのも彼なりの誠意の表れだったのかもしれない。これから築くであろう信頼関係の。

 ロアはその龍の姿が見えなくなった湖に「ありがとう」と言い残しルディアたちが待つあの野原にまで駆け出した。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

面白いと思ったらブクマや感想をしてくれると嬉しいです。

あと主人公の名前をジエルではなくロアに戻しました。

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