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龍の秘宝

 血で濡れた草木は赤化粧をし、その重さで揺れない夜風を浴びながら、美しい月夜の明かりがそれらを照らす。

 もちろん周りには肉塊が飛び散り、その持ち主であるロアは見るも無残な姿になっていることだろう。しかしそれらが人間ではありえない理に反した行動を起こしたのはそれから数秒後だった。


 意識の消失。

 人は死後、どこへ行くのか。それはどこの世界でも倫理的、哲学的、科学的に議論され続ける課題の一つだろう。

 そしてそれはこの世界に生きる者も例外ではない。

 吸血鬼のような死とは決別した生き物ならいざ知らず、人間には死がある。ゆえに考えざるえない。

 人は死後、どこへ向かうのか。


 ロアは暗闇にいた。

 それは精神的暗闇ではなく、物理的暗闇。ロアが魂になったための、意識だけの概念的存在になったための暗闇ではなく。目を瞑っているがための暗闇だ。

 鼻腔が微かな血の匂いを感じ取る。それと同時に四肢が春の夜風を感じ取る。その上、追い打ちのように何か狼狽えるような声も聞こえてきた。


 どうやら僕は死んでいないらしい。

 それを喜ぶべきか、悲しむべきか俺にはわからないが少なからず、『何か』が僕を守ったことは確かだ。

 でなければ吸血鬼のパンチを食らって生きているはずがない。

 彼らの握力あるいは破壊力は龍すら恐れる折り紙つきの代物だ。


 ロアはゆっくりと目を開けた。

 そしてその光景に今まで冷静だったジエルも流石に動揺せざる得なかった。

 ルディアがレディアの心臓を貫いていたのだ。

 握られた拳が真っ赤に染まり、口からは血が流れ出た跡が残っている。

 もちろん再生は始まっているがそれも先ほどジエルがつけた傷とは違い。明らかに再生が遅い。


 「ち、違うの……私、そんなつもりじゃ……レディアを、傷つけるつもりなんて……」

 「大丈夫、大丈夫だよ、お姉ちゃん。だから落ち着いて。私の言葉を聞いて」

 「ごめんなさい、レディア。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 ルディアは赤く染まった自分の手を見て、顔を覆う。

 あまりにも衝撃的出来事に動揺し切ってるようだ。

 まるで記憶の奥底に封印していた記憶が再び解放されたような怯え具合だ。とても正気とは思えない。

 少なからずまともに会話できる状況ではなさそうだ。


 「それ……大丈夫なの?」


 ぽっかりと心臓部に開いた穴を指差しながら、ロアは聞く。

 到底、先ほど体に風穴を開けた人間のセリフには聞こえないが、そんな傷をつけた相手ですら心配したくなるような傷跡なのだ。


 「大、丈夫……」


 精一杯の強がりでレディアは言った。

 膝から崩れ落ちるレディア、それを咄嗟にロアは肩を掴み支える。

 そしてゆっくりと近くの岩によりかける。


 「あり、がとう。優しん、だね、ロアは……」


 先ほど彼女の体に穴を開け、殺しあっていた相手を助ける矛盾を優しいと呼ぶのか甚だ疑問だが、瀕死の重傷をおった彼女には僕が優しく見えたのだろう。


 「死ぬの?」


 ロアは聞いた。

 長い沈黙の後、彼女は「多分」と一言だけ答えた。

 ルティアに聞こえないためか、それても声を張る力も残っていないのかそれはひどくか細いものだった。

 ロアは着てきた上着を脱ぎ、レティアに被せる。

 そして背を向け一言言った。


 「30分だけ耐えてくれ。それだけ耐えてくれるなら必ず助ける」

 「え?」


 ロアの予想外の言葉にルティアは首を傾げた。

 殺そうとしていた相手に言われた『殺す』反対の言葉『助ける』。その言葉の衝撃が彼女の脳裏をかけ、いくつもの疑問を生み出す。


 「なんで助けてくれるの?」

 「目の前に死にそうな人がいるから」

 「さっきまで私たち殺しあってたんだよ?」

 「そんな過去のこと忘れた」

 「私たちはあなたを殺そうと本気で襲ったんだよ?」

 「でもあんたは僕を助けてくれた」


 ロアが動いたのはあくまで条件反射であり、正当防衛。彼には最初からレティアたちを殺そうと言う気が無かった。本気で戦ったのは自分たちでは殺せないと相手だと思わせ退散させるためだ。

 そもそも殺そうとしている相手なら二人の話している時間など与えず、その隙に攻撃を仕掛けるし、自分の命を捧げようともしない。


 ロアは放心状態のルティアに近づく。

 まるで抜け殻のように動かず虚空を見つめ懺悔し続ける少女の胸ぐらを掴み立ち上がらせる。

 それでもなんの反応を見せないルティアの頬をロアは叩いた。

 甲高い音が夜の闇に溶ける。

 突然叩かれたルティアは目を丸くして赤くなった頬を抑えてる。その光景に瀕死のはずのレティアも驚いた様子でこちらを見てる。


 「目は覚めた?」

 「うん……」


 ルティアが小さな声でそう言う。「よかった」とロアが答えるとそれに続くように言葉を連ねた。


 「今から龍の秘宝を取りに行く。助けるにはそれしかない」


 龍の秘宝、その言葉に真っ先に反応したのはレティアだった。

 先ほどまでか細い声だった少女が必死の決死で声を張り上げる。


 「龍の秘宝を取りに行くなんて自殺行為です!」

 「別に自殺行為なわけで自殺をしに行くわけじゃない」

 「無茶苦茶です!そんな屁理屈なんかで、なんで他人に命を賭けられるんですか!」

 「他人だろうとなんだろうと君は僕の前にいる。目の前で死んで行く人を無視はできない。それにその傷は僕にも非がある。助けようとして助けられてるんじゃあ、本末転倒だ」


 レディアは「そんなこと……」と言い、何かを言いたそうにするがセリフを言い切る前に、咳き込み倒れこむ。

 服が血で滲む。呼吸が浅くなり、冷や汗もすごい。どうやらことは一刻争うようだ。


 「君はどうする?」


 ルディアに尋ねる。

 龍の秘宝を取りに行く。それはレディアの言った通り、かなりの危険行為であり、自殺の域の行動だ。

 少なからず先ほどまで殺しあっていた相手を助けるために行く場所ではないことは確かだ。


 「行く……私も行く」

 「魔族である君が来てくれるなら心強いよ」


 そう言ったロアにルディアは言葉を重ねる。


 「でも行くのは、私一人でいい。あなたは場所を教えて帰って」


 それは冷徹で突き放すような声音だった。

 その鮮やかな双眸は鋭く光る。そしてその双眸に宿る光はどこか疑心暗鬼的、敵対心的何かが含まれているように感じる。

 おそらく信用されていないのだろう。

 当然だ。先ほど、ロアがレディアに風穴を開けた時、ルディアはひどく激昂した。それは姉妹愛の現れであり、大切な者を奪われる恐怖から来るものだろう。そんな家族愛に溢れた魔族が妹に風穴を開けた張本人でもあるロアを簡単に信頼できるわけがない。

 実際僕が彼女と反対の立場なら信用できていないだろう。


 それでも僕は言わなければいけない。彼女に残酷な一言を。

 その責任と義務を僕は持ち合わせている。

 ジエルは息を飲み落ち着いた声で言った。


 「無理だよ。君一人じゃあ」

 「なっ!?」


 思わず言葉の詰まったルディア。

 予想もしていなかった言葉のせいか、次のセリフが出てこない。

 その隙にロアは言葉を続ける。


 「戦い方すら知らなかった君が龍と対峙したなら、魔族と言えども5秒で炭になる」

 「そんなのやってみなきゃわからないでしょ!」

 「わかるよ。君たちが戦闘慣れしてない事も龍がどれ程怖いかも」


 そう語るロアの声は微かに震え、今にも消えてなくなりそうだった。


 「……なんで、私たちが戦闘慣れしてないってわかるのよ」

 「君たちが戦い慣れしてる魔族なら僕はもう二千回は死んでる……それに君たちは少し曖昧すぎるよ」


 そう彼女たちは曖昧すぎるのだ。

 殺し合いの線引きも敵に対する感情すら曖昧。今だに揺れ動く足場の上に立っているのにかわりない。

 それらはあまりにも脆くて、あまりにも儚い。未熟で愚かで純粋、そして優しすぎる。


 「君が僕を信用できないのはわかってる。だけどどうか僕に、君の妹を助ける手伝いさせてくれないか?」


 ロアがそう語ると同時にレティアが再び咳き込む、吐血する。

 その光景にロアは焦り、ルディアを急かす。

 ルディアも苦しそうに悶えるレティアを横目に頭の回転を加速させ考える。二人にとって最も正しくいい選択を。

 そして答えを出す。


 「……レティアを助けるのに力を貸して」


 その言葉にロアは胸をなでおろし、「もちろん」と頷く。

 夜風が流れる。血で塗られた草木はやはり揺れず、三人を静かに舐めるばかり。月夜の満月が鮮血を反射した。


 「一つ聞きたいんだけどいいかな?」

 「ええ、答えられることなら」

 「君たちは魔族。吸血鬼でいいんだよね?」


 それは答え合わせ、自分の推察と事実が当たっているのかの検証である。

 1秒でも惜しいこの状況、こんな質問など無意味に思えるが、ロアにとっては非常に重要なものだった。


 唐突にロアはそこらへんに転がっている剣を拾い上げ手のひらを切りつける。

 赤い鮮血が溢れ出る。


 「ちょっと、何やってるの!」


 ロアの突然の行動にルティアは激しく動揺する。

 着ているドレスの端を掴み破こうとするのをロアが止める。

 そしてロアはレティアの口の中にまるで血を流し込むように切った手のひらをかざした。

 流れ出たロアの血液がレティアの喉の渇きを潤す。

 しばらくして立ち上がり振り返る。

 そこには不思議そうに見ているルティアの姿があった。


 「延命処置だよ。これで少しの間は持つでしょ」


 そういうとロアは服の端を破り、包帯がわりに巻きつける。


 「それじゃあ、行こうか」

 「ええ、行きましょ」


 月の光がロアとルティア、二人を照らす。


 「行ってくるわね、レティア」

 「ごめんね、お姉ちゃ、ん」

 「気にしないで。私たち姉妹なんだから」


 レティアの手を握り軽くキスをする。

 そして頭を優しく撫で、もう一度「行ってきます」と言う。

 その言葉に返答はなかった。

 眠りについたか気を失ったのかはわからないが、ルティアの心に焦りと恐怖を生むには十分だっただろう。


 「大丈夫だよ。大丈夫……」


 ロアが咄嗟にそんな言葉をかけ、ルティアが恐怖に沈まないようにする。

 そして駆け始める。

 金色の月の中、月明かりの下で夜風を背に浴びながら、不安を払拭するように、死神から逃げ切れるように真夜中の野原を疾走した。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

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