貧乏
「人は見た目じゃないよっ」
そう言って私の肩を叩く彼女の名前は美緒。
名前の通り、息継ぐのも忘れるほど美しい女の子だ。私とは違って、生まれた時からずっと可愛がられ、愛され、皆の愛情を一身に受けて育ったんだろうなと想像できる。
人生は不公平だ。
自分が望んでもいない親元に産まれ、望んでもいない容姿に生まれ、望んでもいないのに美人だ、ブスだと格付けされる。
ただ息をして、食事をして、眠って。
楽しければ笑って、悲しければ泣いて、腹が立てば怒って、嬉しければ喜んで。
ただ普通に生きているだけだった。みんなと何ら変わらない、何の変哲もない日常。
だけど誰かが言った。「お前の笑い顔ブサイクじゃね」と。そしたら忽ちみんなは笑い出して。そこから人生は一変した。
ブスなんて言われたくなかったから、段々と笑わなくなった。笑い顔がブサイクだから。
そしたら今度は咀嚼してる時の顔が醜い、なんて言われた。だから私はみんなと一緒に食事するのをやめた。
そして次には、黙ってても鼻がブサイクだよねって言われた。それから俯くようになった。顔がブサイクだから。
私は何もしていないのに。
私は何もしていないのに……ッ。
ただ生きているだけで何でこんなことを言われなきゃいけないのか、私の中にどっぷりと黒い感情が渦巻くようになった。
それは私をブスだと罵るみんなに。そして私を励ます彼女に。
段々と矛先は一人の人間へと向かっていった。「人は見た目じゃないよっ」と何の気なしに慰めてくる彼女へ。私達は友達だよ、とそう言って笑う彼女へと。
蟠った憎悪が恐ろしい速度で膨れ上がっていった。
いつしかそれは殺意にも似た感情へと変化したのを憶えている。
心の中で「死ねばいいのに」と何度も、何度も、何度も、何度も吐き捨てた。
持つ者には分からない、持たざる者の気持ち。美人には到底分からない、醜く無様なブスの一生。
………………死ねばいいのに。
そんなある日だった。彼女が事故に遭ったという知らせが入ったのは。
担任の先生が悲痛な面持ちで皆にそう告げたのだった。当然、みんなは動揺して、ざわめきが収まることは無かった。
彼女の悲報から数週間。面会謝絶も解かれ、程無くしてみんなでお見舞いに行くこととなった。
花束に菓子折りを引っ提げて赴いた病室だったが、美緒は「会いたくない」と言っているらしく、彼女の母親が忙しく頭を下げて謝っていた。
その様子を少し離れたところから見ていた私は、無性に美緒に会いたくなった。
少し時が流れて、ほとぼりが冷め始めたころ。私は一人で美緒の病室へと行った。
途中、手土産でもと考えたが今はまだ要らないかと思い、手ぶらで向かった。
「……久しぶり」
そう声を掛けてきたのは意外にも美緒の方からだった。私も呼応するように挨拶する。どうやら母親は不在みたいだった。
「調子はどう?」
「…まぁまぁ、かな」
消え入りそうな声でそう絞り出す美緒は布団のシーツを頭から被っていた。
「どうして顔を見せてくれないの?」
私は無邪気に尋ねる。
「…………その、顔…怪我しちゃって」
「そっか。見られたくないのね」
「………ぅん」
遭難者みたくシーツを身に纏う彼女には明朗快活で天真爛漫だったかつての面影は無かった。
その悲嘆に暮れている様子がとても愛おしかった。
「見られたくない気持ちは痛いほど分かるけど、これから先も誰とも顔を合わせずに生きていくの?」
「………分からないょ」
「なら、まずは私で人前に立つ練習をしてみたらどう?」
「…………」
どのくらい、こうしていただろう。
私が提案してから少しばかり長い時間が経ったあと、美緒は静かにシーツを剥いだ。
私は思わず息を呑んだ。美緒の顔が余りにおどろおどろしい変貌を遂げていたからだった。
顔全体が恐ろしく腫れ上がり、爛れた皮膚の重みで瞼は開いておらず、あれほど美しかった鼻筋は見る影も無く落ち窪み、呼吸をするためなのか唇はだらしなく開けられたままだった。
あの容姿端麗で誰もが憧憬の眼差しを向け、見るものを魅了してきた美緒とは到底思えないほどに酷く歪で、誰もが目を背けたくなる有り様だった。
でもそんな美緒の顔でも私だけは見ていて上げようと思う。
だってそれが友達だから。
「大丈夫よ。人は見た目じゃないから」