第160話
■side:琵琶湖女子監督 前橋 和歌子
夏の大会は、ウチの3連覇という形で終了した。
霧島アリスが居るのだから当然だと言われているが、ここに来るまでは大変だった。
上の方で勝手に行われる足の引っ張り合いに、新人選手の育成。
一歩間違えれば、本当に霧島アリスのワンマンチームになっていただろうし、ここまで大会も盛り上がらなかっただろう。
何より、ウチに来た選手達があそこまで強くなることもなかった。
それだけは彼女達を見てきた私だからこそ断言できる。
そして、来年以降も決して弱小チーム化しないだろうと言える。
何故なら―――
「どうしたっ!!もっと積極的に仕掛けてこいよッ!!」
「中途半端に突っ込むなッ!!チーム戦だってこと忘れてるのッ!?」
「もっと全体を見ろっ!!見れてないから不意打ちなんて食らうんだッ!!」
激しい叱咤が飛ぶ。
それもそのはず。
本来、冬の大会には出ない我々の学校では3年生は引退する。
しかしそうはならない。
U-18世界大会があるからだ。
ウチのチームは主力メンバーが全員招集されている。
だからこそ、そのための練習を兼ねて次世代の主力メンバーを鍛えている状態だ。
2年生を中心に1年生を加えた次世代主力チーム対3年生チームに1年生を混ぜた混合チーム
2年生の方には1年生でも上位のメンバーを。
3年生の方には1年生でもベンチ入りメンバーを。
それぞれ入れての練習試合なのだが、流石というべきか、やはりというべきか。
3年生側が圧倒している状態だ。
しかも霧島アリスを抜いているにも関わらずである。
彼女は試合全体を見て、1試合ごとに全員に良かった点・悪かった点を挙げてアドバイスする位置に居た。
本来そこは私の位置なのかもしれないが、彼女ほど的確に指摘出来ないので、後ろから彼女のアドバイスを聞いている。
次年度からは私がやらねばならないのだ。
今は少しでも彼女の技術を盗まなければ。
試合形式の練習が一旦終了となると、各自個別練習となる。
そこでは様々な課題を霧島さんから与えられた部員達がクリアに向けて努力をしている。
ただそんな中でも集団練習をしているグループもいくつかあった。
宮本と三峰の2人に1年生の新人が2人に同じく1年生の中では優秀な園谷の計5人。
相手は、同じく1年の中では優秀な遠山に笠井と安田、あとは1年の新人2人の同じく5人。
どうやら中央発電機を挟んでの攻防がメインらしく、それぞれが連携をして対戦をしていた。
少し特殊な点があるとすれば、霧島が常に声をかけれる状態で監視している所だろう。
最近攻撃的な動きが少なくなり、防御重視になりつつある宮本。
その宮本とコンビで動くことが前提になり過ぎて行動的な依存をしつつある三峰。
対して前へ前へと出過ぎてしまう遠山とイマイチ決定力に欠ける笠井。
この4人がそれぞれ欠点克服に向けて扱かれていた。
更に冷静に周囲に対して援護を行う狙撃をする園谷に、安田を敵として配置することで狙撃戦に慣れさせている。
園谷も決して悪くは無いが、霧島に徹底して鍛えらえた安田は過去にあった良く解らない一撃も消え、一般的な狙撃兵となっていた。
そしてその狙撃兵としての腕前も悪くはなく、派手にヘッドショットを乱発することはないが一定確率でヘッドショットを決めれるし、確実にダメージを与えていける命中精度を誇る。
1年生の頃のアワアワとした姿は、もうそこには無かった。
「もうそんなに経つのか」
ふと去り行く日々を思い出し、少し感傷的な気分に浸る。
本当に色々とあった。
現役を引退する時、本当に悔しかった。
私はまだやれる!!
そう思えば思うほどに腕の痛みが増した。
そして限界を迎えて逃げるように去った。
何もやる気が起きない日々。
そんな中、心配してくれた友人の1人から紹介されたのが今の仕事だ。
まだまだ業界に未練があった私は、迷った末に受けることにした。
そうして彼女達と出会った。
若くて才能豊かな、輝いている少女達。
正直、妬ましかった。
どうして自分は、あの輪の中に居ないのか?と。
それぐらいに彼女達は、眩しい存在だった。
そんな風に考えていた私が、ようやく全てと折り合いを付けれたと思えば、彼女達は次のステージへと去っていく。
監督としては失格だと思う。
だけど、成長していく少女達を見て、何だか私も少しは前に進めた気もする。
なので私はここからだ。
―――私にとって本当の1年目
それが今である。
全ての想いに整理を付け、私は本当の意味で監督となる。
新人監督だ。
だからこそこうして選手を的確に育ててきた霧島の技術を盗もうと必死になってメモを取り、解らない点は話を聞いている。
彼女もそれを理解してくれているのか、丁寧にわかりやすく教えてくれる。
教え子に教えられる情けない監督だけど。
私はここから始める。
今度こそ、未練を残さぬように。
新しい目標と共に、今度は自ら育てた選手達と全国を目指すのだ。
「よし、やるぞ!」
彼女達の叫ぶ声に紛れて、私も声を出して気合を入れる。
ここからが、本当のスタートだ。
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