第117話
■side:U-18女子日本代表指導コーチ 霧島 アリス
「―――という訳で、よろしく」
「別に構わないわよ。どうせみんな暇してた所だからね」
香織達が何やら連続試合に挑戦していた頃。
例の集まりの場で、私はバネッサに声をかけていた。
もちろん相手の母国語でだ。
これにはちょっとした理由がある。
「―――以上です」
杉山先輩の報告が終わると室内の空気が悪くなった感じになる。
それもそのはず。
U-18女子日本代表の練習が、思うように進まないのだ。
理由は単純。
日本が国際試合でほぼ負け無しになってきたのが問題なのである。
心のどこかで『今回も勝てるだろう』という慢心のせいで、いまいち練習の効果が薄い。
いっそどこかと対戦してプライドをへし折ってしまうのが一番なのだが、問題はその対戦相手。
流石に中途半端な所と戦った所で意味が無い。
そしてこれをやる以上、必ず日本代表に勝ってくれるところでないとダメなのだ。
しかも私達がそれをやっても『身内』としてしか認識しないでしょう。
そうなるとこちらが勝っても敵として見られない可能性もあるのだ。
『アリスだから負けるのは仕方が無い』なんて言い出しかねない。
最初に上がったのは、琵琶湖女子+東京大神などといった残り組との試合。
しかしこれは流石に勝てないだろうと判断。
次にU-15や全日本との練習試合という形も考えたが、今年のU-15では勝負にならない。
かといって全日本相手だと先ほどと同じく『全員プロだから』などという逃げ道に走られる可能性もある。
どうしたものかと全員で頭を悩ませている時に、ふと思い出した。
日本よりも『Liberty運動』によって大規模デモが発生し、色々あって今年の世界戦を選手達がボイコットした国があったことを。
そこで丁度、彼女達も来ていたなと思って現在に至るという状態。
少女の名前は『バネッサ・ブランチ・ロバト』
モデルのようなスラっとした体型。
ラテン系の顔に背中まであるダークブラウンの長い髪は、ちょっとウェーブがかかっている。
彼女が声をかけると次々と少女達が集まってくる。
彼女達は『元U-18女子スペイン代表』選手達。
先ほど言ったようにちょっとしたスペインのLEGEND協会内のトラブルから、彼女達はボイコットを選択した。
それにより国そのものが動いて事態を収拾することになり、前よりも良い形に収まりそうらしい。
日本もこれぐらいの気概を持てよと思わなくもないが、まあ日本だから無理でしょうね。
そういう訳で彼女達は、世界戦には出場しない。
となれば堂々とU-18女子日本代表との練習試合を行っても問題無い訳だ。
彼女達も心のどこかで残念だと思っていたのでしょう。
前回優勝した日本代表との試合が出来ると聞いて、凄く喜んでいた。
そして次の日、それを報告すると監督が苦笑した。
「なるほど。それなら練習相手に文句も無いわね。それにわざわざアナタが選んだということは、そういうことなのでしょう?」
「―――間違いなく、望んだ通りの形になるかと」
「なら、喜んで練習試合をしましょうか」
というやり取りでU-18女子日本代表は、U-18女子スペイン代表との親善試合という形の試合を行うことになった。
後日、それを日本代表選手達に告げると少しだけ雰囲気が変わった。
だが『いっちょやってやりますか』とか『まあ調整にはなるわね』など面白いぐらいに上から目線だ。
まあ気持ちもわからなくはない。
去年は、日本代表は優勝。
スペイン代表は予選落ち。
比べるまでもないでしょう。
ただそれは去年の話。
今年は違う。
元々あの集まりに参加していた琵琶湖女子のメンバーも、相手がそこそこ強いぐらいにしか思っていないでしょう。
世界戦を意識して、数か月前から既に実力を隠す選手や明らかに何かを試そうとする選手などが増えていた。
そしてそれに気づいた選手から、ジワジワそれらが広がってく。
最後の方は、もはや互いに様子見みたいな試合が多く、情報戦のようになっていた。
にも関わらずウチのメンバーは、ただ全力で戦うのみ。
そうでなければ試合についていけないというのもあったが、それにしても相手が明らかに調整していることに果たして何人が気づいていたのやら。
実際、今の集まりの方がガチな勝負になっていて常に世界戦の決勝戦かという感じになっている。
「まあ、実際の試合が愉しみね」
ぜひスペイン代表の皆様には全力で叩き潰して頂きたいものだね。
そして愉しみが出来ると時間の流れを早く感じる。
気づけば遂にこの日がやってきた。
スペイン代表との親善試合だ。
ただ裏の目的がアレなので、あくまで極秘裏な親善試合ではあるが。
VR世界だとこうして気軽に世界と戦えるのが一番良い所だと思う。
未だに移動をさせられる世界戦は、本当に何とかならないものだろうか。
そんなことを考えている間に、選手達が試合前とあってにこやかに挨拶をしている。
本来ならここで写真撮影だ何だとあるのだろうが、所詮は極秘な非公式試合。
スグにお互い最終的なルール確認をして互いに作戦会議に向かう。
今回は、時間になった瞬間に試合マップが互いのミーティングルームに表示される。
なので現在は時間待ちだ。
選手達の雑談で煩くなり始めた頃、監督が入ってくる。
「今日は運良く試合に出ない代表チームとの練習試合が出来る。これの結果が言うまでもなくレギュラー争いや今後の練習に影響すると考えなさい」
声を張り上げるでもなく投げやりな感じでもなく、ただ淡々と語る監督。
そりゃそうでしょう。
監督や私達コーチと選手達とでは、予想している未来が真逆なのだから。
「さて……予想通りとなるのか、それとも予想を覆すのか」
まあ、無理でしょうねと思いながら誰にも気づかれないようにひっそりとため息を吐いた。
今回は少し短めですがキリが良いので。
さて遂に本当の意味で今の世界レベルを知る戦いが始まろうとしています。
スペイン代表の実力とは?
そして日本代表は意地を見せてアリス達の予想を覆すのか?
次話からの親善試合で結果がわかります。
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*次話投稿予定 2021/05/29 01:00