第99話
■side:元・U-18女子日本代表監督 川上 律子
「―――だからそれが問題だと言っているんですよ」
何故そんなことも解らないのか?
そんな感じの多少見下したような感情がこもった発言。
ここは日本LEGEND協会の中にある会議場。
今ここでは、今年の日本代表選考に関しての話し合いが行われていた。
本来ならこのような場など無い。
まず監督を選んで、その監督によって選手が選ばれるだけだ。
その時にたま~に横やりが入ることも無い訳ではないが、概ねそんな感じの流れになる。
なら何故今、こんな事前会議のようなことがされているのか?
答えは簡単。
それは今年2連覇した私立琵琶湖スポーツ女子学園のせいだ。
元々暗黙のルール的なものが存在しており、各学校から2~3人づつ代表として選ぶというものがある。
何故そんなものが存在するのかは不明だが、それが慣例となっていた。
それを去年、私は無視した。
その時もかなり色々な方面から文句を言われて酷い目に遭ったのを覚えている。
そして今年。
明らかに他校のエース級選手とまともに戦えるレベルに全員が成長した琵琶湖女子。
ここから何人代表として選ぶのか。
その人数に関して揉めているという、どうでもいい会議である。
しかしここで発言している協会の重役や役人に政治家などは、本気でこのくだらない話をしていた。
よくもまあこんな下らないことで、大の大人が真面目に話をしているなと思える。
「そう言われますが、琵琶湖女子は実力もあり人材豊富です。そこを限定するのはどうかと思いますが?」
「だからといって日本代表の中身が偏れば1校を優遇していると思われかねない」
「それで実力がある選手を呼ばないのでは意味が無いでしょう」
「他校も健闘していたではありませんか」
先ほどから琵琶湖女子重視に反対しているのは、戦力バランス派というか反霧島大臣派というか。
ちょっと前に緊急入院した大物政治家と一緒に派閥を運営していた議員だ。
この派閥は色々あってかなり厳しい立場に追い込まれているが、派閥最後の大物として彼だけは未だに権力を持っているらしい。
そして琵琶湖女子重視に賛成している役員は、霧島大臣派である。
さわやかな笑顔でおばさま達の人気を集める若手のエースだ。
今度、政治家に転身するのでは?と言われていたりする。
「確かに頑張ってはいたでしょう。しかし頑張っていたのと実力があるかどうかは別問題です」
「そうは言われますが実力と言っても正確にそれを計れる訳ではないでしょう。そのための戦績ではないのですか?」
「戦績は出場回数や対戦相手によって変化するものです。それを絶対視される方がおかしいのでは?」
「相手がどこの誰であれ戦績を出す方が当然では?相手が強いから出せませんでは話にならない」
「出場回数も含めて頂きたいということです。1試合しか出ていないのに10試合の選手と比べるのはおかしいでしょう?」
「それは出場しなかった時点で解っていることでは?」
どうしてこんな面倒な場所に私は居るのだろうか。
ぶっちゃけ、さっさと帰りたい。
「―――となる訳でして……その辺りは川上さんの方がご存じですよね?」
何で私に振るんだよと思いながらも答えないわけにはいかず不本意ながら会話に参加する。
「確かに私も去年、慣例となっている1校3人という上限を無視して琵琶湖女子から引っ張りました。ですが『優勝』という『戦績』を残しました。なのでこの件に関して私から言えることはありません」
私の発言に周囲がざわつく。
要するに『慣例無視はしたが結果を残した以上、何も言われる筋合いはない』としっかり明言したのだ。
「ま、まあ確かに。優勝という結果を残されました。ですが―――」
「そもそも現状、明らかに強くなっている琵琶湖女子から3名限定としたところで世間が納得しないでしょう。それに関して誰がどう説明されるので?そして万が一にも慣例重視で優勝を逃した場合、確実に3名限定について責任論が出るでしょう。どなたが責任を取られるので?」
私が下らないと思うのは、まさにここだ。
例え私達の中で1校3名ルールで合意した所で世論がそれを許さない。
『何故、あの選手は代表から外れたのか?』や『あの選手が代表入りであの選手が入らないのはおかしい』など確実に言われるでしょう。
そして万が一、優勝を逃せば確実にそれらに関して叩かれる。
その場合は反対し続けた目の前の政治家というお偉いさんが責任を取るべきなのだが、間違いなく何だかんだと理由を付けて逃げるはず。
責任を取らない癖に口だけ出すとか、本当に止めて欲しい。
私が監督をした時は、何かあれば監督として責任を取る覚悟でやってきた。
だからこそ目の前の口だけ出す連中の現実味の無い下らない会話など聞きたくなかったのよ!
私の発言でまたグダグダとした会話になってくる。
結局選ぶのは監督だから監督が責任を持ってどうこうと、やっぱり監督に責任を押し付ける気なのだ。
「いっそ、オールスターのように投票で決めてはどうでしょう?」
グダグダとした会話の中、誰かがそう言いだした。
「それでは慣例が―――」
「いや、世論が決めるのだ。世論が決めた以上は責任を持つべきは国民となる」
「投票ではただの人気投票になりかねん!」
「流石に全てが人気投票という訳でもない」
会議の流れが一気に国民投票一色となる。
「では選考会への参加選手を国民投票とし、実際の参加選手は監督が選ぶというのはどうでしょう?それなら問題無いのでは?」
混沌と化した会話の中で提案したのは、若手のエースだ。
「これなら多少は人気投票のようになったとしても監督側で実力ある選手を選べる。世論もある程度は納得も出来るでしょう」
そう言いながら彼は両手を大きく広げた。
「国民が納得しやすく監督としても選ぶ負担が軽減される。何より投票という形は非常に公平だ」
まるで街頭演説でもやっているかの如く、身振り手振りを駆使してアピールしている。
『それにどうしてもというのなら監督推薦枠というものを作ればいいだけです』と抜け道までしっかりと説明する徹底ぶりだ。
こうなるともはや会議は一気に投票に傾く。
世論が納得し・自分達に責任が及ばず・それでいて優勝が狙える。
しかもどの派閥も介入しないとなれば、彼らに反対する理由などないのだ。
こうして今度の世界選手権の選手選考は、全て国民投票という前代未聞の選出方法に決まった。
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