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三章・反撃の始まり(1)

 さあ、決戦の日です。


「酔いが酷い人には薬を配りますので、飲んでください」

 人々の頭上を飛び回り呼びかける私。昨日のお酒のせいで体調の悪い人達に兵士や僧侶の皆さんが丸薬を配っています。以前、お父様の二日酔いを治すため調合した酔い覚まし。そのレシピを薬師の皆さんに教えておきました。

 まあ、材料に限りがあったので酔っ払い全員に配ることは無理ですが、特に症状の酷い人以外は別の方法で楽になれますから安心して。


 必ず、そうしてみせます。


 酔っ払いさん達への通達を終えて中心の霊廟の前まで戻って来た私に、待っていた皆が話しかけて来ました。

「スズラン、全員の意思確認が取れた」

 ルドベキア様が微笑みます。

「避難民も含めて七割は一緒に戦うそうだ」

「良かった」

 七万人近い戦力。頼もしいです。今回の作戦は参加人数が多ければ多いほど有利になりますもの。だから私は手伝ってくれる人は誰でもいいから手伝って欲しいと昨日の宴の席で頼みました。

 もちろん決戦の場に来なくとも責めはしません。どうしても戦うのが怖いという人々もいるでしょう。家族や友人と最期の時をゆっくり過ごしたい人も。それもまた正解。

 むしろ七割も参加してくれるのは予想外でした。私の発案ではありませんけれど、昨日の宴のおかげで連帯感が強まったのかもしれません。

「スズラン様、我々も共に戦います」

「ヒガンバ将軍?」

 ルドベキア様の後ろから現れた一団に驚く私。一昨日、私を拉致しようと企て捕まったナガノの軍人さん達です。

「家族とは十分な時間、共に過ごすことができました。あとはこの命尽きるまで戦い抜く所存。どうか我々も戦列にお加え下さい。必ずや、お役に立ってみせます」

 やれやれ、またですか。

 私は嘆息します。

「死ぬつもりで行くなら駄目ですよ? たった一日かそこらで十分なんて言わず、勝って、戻って、これから先も家族と幸せに暮らす。そういうつもりで来てくれるのでしたら歓迎です」

 私の言葉に彼等は一瞬だけ顔を上げ、そしてまた深く一礼。

「はい、必ずや生きて戻ることを誓います!」

「わかりました。なら一緒に戦いましょう」

「はっ!!」


 そこへ今度は村の皆が。


「スズちゃん、気を付けての」

「ワシらも後から必ず行くからなっ」

「ナスベリ、スズちゃんをしっかり守っとくれ。アンタも死んじゃ駄目だよ」

「わかってる。ウメばあちゃんも無理すんなよ?」

「スズ、お母さんも、お父さんも、ショウブも、スズの味方だからね」

「うん」

 家族との一時の別れを済ませた私の前に、クロマツさん家の三姉弟が進み出ます。

「スズちゃん」

「アサガオちゃん」

「これ、モミジさんの中にいた間、村の皆で作ってたの。昨夜、私と母さんで仕上げた」

 そう言って彼女が差し出した物を受け取り、驚きます。

「これは……」

 キルトでした。たくさんの四角い小さな布を繋ぎ合わせたもの。

「私達、あそこで死ぬかもしれなかったでしょ? だからスズちゃんが見つけてくれた時のために何か遺しておきたいと思ってさ、皆の服から少しずつ切り取って作ってみたんだ。意味合いは変わっちゃったけど、お守りだと思って持ってって」

「……ありがとう、大事にするね」

 これがあればどこにいたってココノ村の皆の、家族の温もりを感じられる。感謝しつつ畳んで服の中に仕舞いました。

 そして空を見上げる。

「そろそろ行かないと」

 アイビー社長が待っています。さっき少し話して来たのですが、流石にもう限界が近いと言われました。でも、おかげで反撃の準備は整っています。

 ここに残る仲間達を、もう一度見渡す私。

「クルクマ」

「大丈夫、ちゃんとここで待ってる」

 まだ包帯だらけですが宣言通り自力で歩けるまで気合で回復した彼女は、片手を上げて笑いました。

 まったく、また何か無茶したでしょう?

「モモハル、皆をお願いね」

「うん」

 頷きつつ何故だか目を逸らす彼。今朝からなんだか様子が変。

 そう言えば私、宴の記憶が途中から無いんですよね。

「昨日、何かあった?」

「えっ? いや、あの、大丈夫だよっ。気を付けてね、スズ」

「貴方もね。こっちだって何が起きるかわからないんだから油断しないように」

「うん、うん、わかった」

 何度も頷いた後、ようやくまっすぐ私を見る。

 そして、よくわからないことを言いました。

「僕、諦めないよ」

「? 頑張ってね」

 諦めが肝心という言葉もありますが、一途に何かを追いかけ続ける人も私としては素敵だなって思います。

「ルドベキア様、ハナズ様、ユリさん、こっちの皆をお願いします」

「任せろ。安心して行くが良い」

「何が来ても必ず守ってみせます。心強い味方もいることですし」

「オンッ!!」

「アオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」

 ユリさんの言葉に応えて吠えるペルシアとウェル。この子達も聖域の防衛に残ってくれるそうです。

 対して、彼女は私に同行します。

「それでは行きましょう、サルビアさん」

「はい、ようやく共に戦うことができますね」

「ええ、嬉しいです」

 ナデシコさんに良く似た顔の彼女。ナデシコさんと共に戦えるかのようで本当に嬉しい。笑顔で応じた私に、しかし待ったをかける者がいました。

「ちょっと待ってスズラン。本当にこんな無茶な作戦で行くつもりですか?」

 オトギリです。この作戦には欠かせないメンバーの一人。

「何か代案がありますか?」

「それは……」

 言葉に詰まる彼女。無いでしょう? 私も色々考えましたが他には何も思いつきませんでした。だから無茶でもなんでも、この作戦を押し通すしかないのです。

「頼りにしています、貴女達“魔素使い”の力を」

「オトギリ、神子様にこうまで言って頂いたのだ、全力を尽くそう」

「そうよ、今度は一緒に頑張りましょう」

「父さん、母さん……」

 そう、今回はオトギリと前回一緒に戦った六人だけではありません。聖域に匿われていた全ての魔素使いに協力してもらいます。その数、なんと八十七人。

「ナスベリさんも行けますね?」

「うん、問題点は克服した。多分ね」

「ぶっつけですか」

「誰かで試すわけにもいかないでしょ」

「まあ、そうですね」

 ここは彼女を信じることにしましょう。私のお師匠様の一人ですもの。

 そして船の形になったモミジの元へ移動する私達。全員で甲板の上に立ちます。

「モミジ、もう一度無茶をしてもらいますよ」

『ご主人様と共に飛べるのならば、多少の無茶は厭いません』

「多少かはわかりませんけど」

「こっちはオッケーです、スズランさん」

「だ、大丈夫かな……」

 雨音(あまね)さん達も同行します。彼女の隣では雨楽(うがく)さんが落下防止のためモミジの伸ばした枝に掴まり不安顔。シートベルトなんてありませんもの、それで我慢してください。

 異世界の二人と魔素使いの皆さん。そしてナスベリさんとサルビアさん。必要な戦力が全員乗り込んだことを確認して、私は船首にあるホウキの柄を握りました。サルビアさんは直衛としてすぐ後ろに立ちます。

 飛行艇モミジ号がゆっくりと聖域の上へ浮かび上がって行く。徐々に遠ざかる地上の皆の姿。けれど寂しくありません。この作戦が成功したら、またすぐに会えるのです。

 もちろん社長にもご挨拶。


「アイビー社長、行って来ます」

『気を……付け、て……』


 脳内に響く、限界まで魔力を絞り出した社長の辛そうな声。やはり時間はかけていられません。私は握った柄を通して最大出力で魔力を流し込みます。青白く輝き始めるモミジの枝葉。

「行くわよ、モミジ!!」

『はい!!』

 そして再び、紅い彗星が銀色の空に斬り込みました。




 一方、地上では──

「しょ、障壁に亀裂が発生!!」

「ルドベキア様、地中から何か出て来ます!!」

 限界を迎えるアイビーの結界。亀裂から、そして地中からも次々に不気味な怪物が這い出して来る。

「やはり来たか!」

 剣を抜くルドベキア。その横でノコンとモモハルもそれぞれの剣を構える。

「モモハル君、また一緒に戦えるな!」

「うん、師匠!!」

「皆、うろたえるな! すぐにスズラン様が霧を晴らして下さる!」

 愛馬キバナの上で弓に矢を番えるユリ。

「そうです、その時のために手を繋いで待ちましょう!!」

 ムスカリの言葉に励まされ手に力を込める人々。今、この聖域に集った人間の半数以上が互いの手を繋ぎ合っていた。

「それまでは、あーし達で守る!!」

 周囲の森から虫達を集め黒い津波を形作るクルクマ。さらにその背後では三つ子を始め、聖域の魔法使い達が避難民を守るための防壁を形成する。

「僕らに任せりゃ」

「楽勝! と言いたいけれど」

「流石に数が多いね」

 あっという間に膨大な数の怪物に包囲されてしまう。これだけの敵から戦う力を持たない者達を守り続けるのはいくらなんでも厳しい。長くは保たないだろう。

「スズ……頑張って!」

 カタバミは祈りながら、夫と息子の手を握り続けた。




 質量保存の法則というものがあります。たとえば紙を燃やしたとしましょう。瞬く間に燃え尽きて無くなります。しかしそれは紙を構成していた分子や原子が消滅してしまったわけではないのです。別の状態に変わっただけ。灰や煙など紙が燃焼した際に生じたもの全てを集め計測することができれば、質量の和は紙だった時と同じになります。どれだけ破壊を繰り返そうと世界の総質量を百とした場合、九十九やそれ以下の数値になることはけっしてありません。百のままです。


 ただし、雨音さんの操る滅火(ほろび)はこの法則に当てはまらない例外。あれは完全な力を取り戻すとあらゆるものを本当に消滅させます。百を五十に、五十を〇に。過去、現在、未来の全ての時間軸・並行軸から接触した対象を消し去るのです。そのせいで“矛盾”という名の亀裂が生じ、世界は崩壊する。今は“数式”の効果で弱体化していますが、それでもなお一時的に対象を消滅させる力はある。とても恐ろしい力なのです。


 魔素は違う。あれは滅火ではありません。なのに何故、ミナの影が放出した光は大陸を大きく削ったのでしょう? ココノ村の皆の証言では光に巻き込まれた物体は全て砕かれ空中に巻き上げられたとのことでした。けれど、それなら土砂や粉塵が存在しているはず。なのにどこにも見当たりません。聖域でも落下物は一切確認されませんでした。

 この世界は界壁(かいへき)によって形成された球体の中に存在しています。その外へと放出されたのでしょうか? でも穴が空いたのは北の大陸があった位置、その上空だけ。宇宙空間のように気圧の差で吸い出されたなら空気も無くなっているはずです。


 空気がある。その事実から気が付きました。失われた質量は、ある意味たしかに界壁の外へ跳ばされたのだと。ミナの影から放出された瞬間、魔素は極めて高密度になりました。それはつまり高密度魔素結晶体“竜の心臓”と同じ状態。おそらくあの瞬間、銀の光の中は異世界へ繋がる“門”になっていたのでしょう。だから削られた分の質量が消え去った。破壊されると同時に、どこかへ転移させられてしまった。


 では、現在世界に満ちている“銀の霧”はなんなのか? これもすぐに仮説が立てられました。魔素には水と結合しやすい性質があり、あれ以降この世界の海はほとんどが姿を消してしまっています。

 つまり、この霧は巻き上げられた海水が魔素と結合し漂っているものだと考えられます。なら、それを利用してまとめて除去できるかもしれない。我に秘策ありです。


「少しきついと思います!!」

 結界を抜けるなり最大船速で北上。モミジの両舷から突き出している枝葉が青白く輝き、増幅した魔力を噴出します。凄まじい高加速で新鮮なトマトでも潰れてしまいそうな強烈な負荷がかかりました。

 けれど甲板の皆は、多少苦しそうにしていても耐えられています。その全身は眩く金色に輝いている。

「これがスズラン様の護符の力……!!」

「昨日に比べて圧倒的に楽だ! これならいけるぜ!!」

 あらかじめ護符を配っておきました。それが私の放出した魔力を吸収し彼等の身体能力と負荷への耐性を向上させているのです。魔素使いさん達はそれに加えて自分の力でも身を守っていますからどうにかなるでしょう。魔法使いも飛行速度に自信がある場合は負荷軽減の術を覚えているため、ナスベリさんも大丈夫。

 心配なのは、あの二人。

「く……うっ!!」

「けっ、こう……き、つ……!!」

 雨楽さんと雨音さんは辛そう。二人は魔法使いでも魔素使いでもありません。とはいえ護符の効果に加え、オトギリ達が体内の水分を操ってサポートしていますから死ぬようなことはないはず。

「少しの間だけ耐えてください!!」

「わ、私は大丈夫。星憑(ほしつ)きですから! でも、雨楽さんが──」

「あと少しです!」

 昨日のように≪生命≫の力を引き出せればいいんですが、再び世界が“呪い”に覆われたことで使えなくなっています。でも、だからこそ私達は北へ向かう。

 普通の魔法使いなら聖域から北の大陸中心部まで移動するのに空を飛んでも一日かそれ以上かるでしょう。けれど私とモミジはその距離をものの数分であっという間に翔け抜けました。

(見えた!!)

 無数に穿たれた空の大穴が近付き、一転、急減速をかけます。

「ぐううううううっ!?」

「あああああああああああっ!?」

 これには流石に悲鳴を上げるオトギリ達。体中の血液がGによって偏り、私の意識も飛びそうになります。

 けれど、そんな背中に叩き付けられる声。

「スズラン様!!」

「っ!!」

 サルビアさん。一瞬、ナデシコさんに叱咤された気がしました。そうです、彼女と社長の九百六十年の苦しみに比べたら、こんなの屁でもありません!!

 私は下唇を噛み切って痛みで意識を保ちました。そして空の穴まであと少しという位置で短縮呪文を唱えます。


「我が眼前に満ちよ」


 まさか、この術を三重奏で使う日が来るなんて思いませんでした。


「鏡の如く静かに佇め」


 私に、これを教えてくれてありがとう、アイビー社長!!


「水球生成!!」


 空気中の水分を集め水球を作り出す魔法。私の膨大な魔力を注ぎ込み三重奏魔法で増幅されたそれは次の瞬間、世界中の“銀の霧(すいぶん)”を集めました。

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