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一章・軌跡の結実(1)

「皆、出て行っちゃったね……」

「ええ……」

 霊廟に残ったのは私とナスベリさんとオトギリ。それからルドベキア様達七王の三人に、異世界から来た二人だけ。

 他は全員、私の告白の後どこかへ行ってしまいました。真っ先に席を立ったのはレンゲおばさま。モモハルとノイチゴちゃんを連れて行ったあの人に続き、皆、次々に外へ。

 罵倒されるかもと思っていたんですが、全員無言でした。どう思われたかわからない分、なじられるより堪えます。

(おばさまのあの態度は……明らかに拒絶ですよね)

 息子を殺しに来た魔女が、ずっと近くにいたとわかったんですもの、母親として当然の対応。悲しいけど仕方ありません。

「これで良かったんですか……こんな結末で。スズラン……貴女、せっかくあんなに苦労して彼等を連れ帰ったのに……」

「そうだよ、何もこのタイミングで言わなくても……」

 オトギリとナスベリさんは、なんだか私より気落ちしています。

「このタイミングだから、ですよ」

「そりゃ、まあ……気持ちはわかるけどさ」

「残された時間は少ない。悔いが残らないようにと考えたことは理解できる。だが他にもやりようはあったのではないか?」

 会議を中断させられ静かに怒るルドベキア様。私の正体に関しては特に気にしておられない様子。ヒメツルだった頃イマリとは縁がありませんでしたし、なにより器の大きい人ですからね。

「ロウバイは知っているのか?」

「はい」

「そうか……生きて戻ったら叱るとしよう」

「お手柔らかに。私のために黙ってくれていたのですから」

「わかっている」

「それにしても、いやはや、驚きましたな」

 こちらも、あまり気にしてないご様子のハナズ様。

「最悪の魔女の娘だと最初に聞いた時にも驚きましたが、まさかモモハル様の力で子供に戻った本人だったとは……」

「私だって驚きました。あの子が急に光ったかと思えば、いつのまにやら赤ん坊になっていたんですもの」

 あの懐かしい日を思い出します。今となっては笑い話ですね。

「あ、あの……」

 これまで黙っていたユリ様が、何故か青ざめた顔で挙手。

「なんでしょう?」

「ス、スズラン様が、あのヒメツル……ということは、その……ご年齢は?」

 絶妙に答えにくいことを訊いて来ますね。

「二十……八歳、です」

「もうしわけございません!!」

「えっ?」

 急に頭を下げた彼女に今度はこちらが驚く羽目に。

「まさか年上だとは知らず! 今まで大変なご無礼を!!」

「……あっ」

 そうか、そういえばこの方、あのクチナシさんと同じなので二十六歳です。

「って、別に二歳差くらい気にしなくても……」

「二歳だろうと一歳だろうと、年長者は年長者」

 ああ、なるほど。軍隊では上下関係がハッキリしていますものね。ユリ様は王であると同時にミヤギ軍を束ねる将でもありますからそういう考えが沁みついているのです。軍人としては階級を、軍の外では年長者を重んじると。

 とはいえ私の見た目は十一歳ですし精神的にも成熟しているとは言えません。ユリ様のような立派な方に年長者として扱われると、やはり面映ゆいですわ。頬をかきつつ苦笑を返します。

「あの、でしたら年上として頼みますね。できれば今まで通りに接してください。むしろよりいっそう気安く接していただいて構いません。私もこれからは“ユリさん”とお呼びいたしますので」

「えっ? じゃ、じゃあ私は……スズランさん、と……?」

「呼び捨てでも構いませんよ?」

「い、いえいえ、そんな畏れ多い。しかしスズラン様のお言葉とあれば……ス、スズランさんと……」

「はい、ではそれでお願いします」

 前から思っていましたが、この人もたいがい面白い人です。あの右目の眼帯、ただの験担ぎで付けてるんですよね。たいそう活躍したご先祖様にあやかってるとか。

 私達の問答に決着が付いたのを見計らい、再びナスベリさんが案じます。

「カタバミ達、大丈夫かな……」

「わかりません」

 神子(みこ)だと明かした時にはなんともありませんでした。でも今回は事情が異なります。

 神子とは神聖なるもの。我が子がそれだと言われて戸惑うことはあっても忌む理由など無いでしょう。

 でも私は神子であると同時に最悪の魔女です。その娘ではなく張本人。しかもモモハルを殺すことが目的でココノ村を訪れたことまで明かしてしまったわけですから、簡単には受け入れられないはず。

「く、空気が重い……」

「ヒメツルさんは見つかったけど、まさか、こんなことになるなんて……」

 異世界組の二人は予想外の展開に委縮してしまっています。彼女達にも悪いことをしてしまいましたね。せっかくこの世界のために来てくれたのに、いきなりこんな憂鬱な場面に立ち会わせてしまって。

「貴女は勝手です、スズラン」

「オトギリ……」

「昔からそうでした。私の罪を隠した時だって……貴女は心のまま好き勝手やって気分が良いかもしれません。けれど相手がどう思うか、考えたことがありますか?」

 そうですね、私の勝手で一番被害を受けたのは貴女かもしれません。

「私は、あの時にこそ、真実を告白して欲しかった……」

「まだ、それについてちゃんと謝っていませんでしたね。ごめんなさい」

 私の馬鹿な生き方が原因で彼女にまで大きな過ちを犯させてしまいました。ヒメツルとして生きていた頃、私が正道を歩んでいたら不幸にならなかった人間はきっと大勢いるのでしょう。

 最近になってやっとわかって来ました。人間は生きている限り必ず誰かに影響を与えてしまうのです。誰とも関わらず誰とも影響し合うことの無い人なんて、誰一人として存在しません。

 だから私は諦めてなんかいませんよ。

 あの人達に愛されることも、貴女達と歩むことも。

「嫌われていても構わない……なんてことは、考えてません」

「どういうことです? あの様子では、もう……」

「たとえそうだとしても必ずわかってもらいます。根気良く謝って、話して、償うための罰も受けます。そうやっていつか以前のように受け入れてもらいたい。そのための努力を重ねていく。貴女と同じですよオトギリ」

 彼女は一足先にそれを始めました。自分の罪を告白して、償うことを誓い、新しい道を歩んでいます。

「遅ればせながら仲間入り。よろしくお願いしますね、先輩」

「そうですか……なら私から言うことは、あと一言だけ」

「私もだよ、スズちゃん」

「私もですスズランさん」

「僕達も」

「はい」

「私からも言わせてもらおう」

「スズラン様」

 オトギリ、ナスベリさん、ユリさん、異世界から来た二人、ルドベキア様に、ハナズ様までも口を揃えて言いました。


 頑張れと。


「はい、頑張ります!」




 あの場に残ったメンバーだけでも戦術の話は出来る。というわけで決戦の段取りを軽く話し合い、残りは明日の決行前に詳細を詰めようと決めて解散した後、私は早速ナスベリさんとオトギリ、ユリさん、異世界から来た二人を伴って皆を捜しに出ました。ハナズ様とルドベキア様はムスカリさん達を説得に行ってくれるそうです。三柱教の皆も怒らせたままですもんね。後で私も直接出向きませんと。


 すると外では、予想外の事態が進行していました。


「こ、これ……どういうこと?」

「さあ……?」

 避難民や兵士達が力を合わせ次々にテーブルと椅子を並べているのです。足りない分は屋内から持ってきたり、聖域の住民に頼んで作ってもらったりしています。

「何をしてますの皆さん……? というかサルビアさん、貴女達まで」

「これはスズラン様」

 ようやく服を着てくれたサルビアさん。そしてペルシア、ウェルの二頭までもが人々と共に設営を手伝っていました。人間の生活を見てみたいと言って会議には出席しなかったのですが。

「ウォウッ」

「クルルル」

 私の姿を見るなり喉を鳴らしてすり寄って来る白狼達。背中に椅子とテーブルを乗せています。

「理由はわかりませんが、宴をするとのことなので、お手伝いを申し出ました」

「宴?」

「いったい誰がそんなことを」

 こんな時に、どうして?

 眉をひそめた私達の前に今度は見慣れた顔が現れます。

「おお、スズちゃん。それにナスベリ。出て来たか」

「おじいちゃん」

 両手に椅子を三脚ずつ持って運んで来たのはモモハルとノイチゴちゃんの母方の祖父で齢六十に近付いてもなお力自慢のクルマユおじいちゃんでした。先程あんなことがあったばかりなのに、いつもと全く変わらない態度。

「宴を開くことになったんでな、皆で準備してるってわけだ」

「いや、あの、どうして宴を?」

「何考えてんだよこんな大変な時に」

 メガネを外して詰め寄るナスベリさん。ところがクルマユおじいちゃんは「はんッ」と鼻で笑いながら言い返します。

「次に負けたらみんなおっ死んじまうんだろ? なら今のうちに食えるだけ食っちまった方が得じゃねえか」

「そんな……」

「自棄にならないでください! きっと私達が──」

「ほいっ」

 突っかかっていった雨音さんの額にデコピン。そして逆に自分の指を掴み、飛び上がるおじいちゃん。

「いって!? お嬢ちゃん、すげえ石頭だな!!」

「なにするんですか急に!?」

「ふーっ、ふーっ、いちち……まあ落ち着きな。よく見てみろ、周りの顔。諦めたように見えるかい?」

「え?」

 言われて改めて確認すると、たしかに誰も自暴自棄になってしまったような雰囲気ではありません。むしろ皆キラキラと目を輝かせています。

「さっきワシらでな、散々吹聴して回ったのよ。別の世界から心強い味方が来たぞ。神子スズランもやる気十分。モモハルもいるし、アイビー様だっておる。絶対に勝てる。もう不安になる必要は無えってよ」

「な、何故そんなことを? 無責任な」

 勝てるという保証は無い。それはわかっているはずなのに。

 咎めたオトギリに、おじいちゃんはやはりワハハと笑い返します。

「言ったじゃねえか、負けたら終わりだって。責任なんてな、重てえなら抱えておく必要は無えよ。もっと気楽に構えな嬢ちゃん。そんなカチコチになってちゃ勝てるもんだって勝てねえぞ」

「なっ……なんっ……」

 両手をわななかせるオトギリ。ああ、しばらく会ってなくて忘れかけてましたが、クルマユおじいちゃんってこういう人でした。楽観主義というか、物事をけして悲観的に捉えないのです。

 そのしわくちゃの優しい手が、ポンと頭に置かれました。

「行ってやりなスズちゃん。あいつらが待ってる。あそこのでけえ建物の裏だ」

「……うん」

 私が頷くと、少し離れた場所からおじいちゃんを呼ぶ声。

「あんた、サボッてないで手伝いなさい。って、あら、スズちゃんもいたのかい」

「おばあちゃん」

 モモハルの母方の祖母スミレおばあちゃん。小さく手を振る彼女に手を振り返し、私は教えてもらった建物の方へ走り出します。

 一旦振り返ってオトギリ達を呼びました。もう、何してますの?

「行こう!」

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