十章・二人と皆の物語(3)
「さて、スズちゃん、そろそろあーしのも開けてみてよ」
「そうね」
幼馴染の醜態に呆れ返った私は気を取り直してクルクマからの贈り物を手に取ってみました。そして驚きます。
「軽い……?」
やけに軽いのです。それこそ何も入っていないかのように。ムスカリさんからの贈り物より大きな箱なのに。
「しおりでも入ってるの……?」
「それは開けてからのお楽しみ」
それもそうですね。私は再びリボンと包装を解いて箱を開けました。
すると──
「えっ!?」
中から飛び出して来たのは一匹の虫。それはびっくりした私の頭上を一周だけぐるりと旋回した後、私の胸に停まります。
「これ……ホタル?」
「そうそう、で……」
能力でホタルを操り店外へ飛ばすクルクマ。目線で追いかけろと訴えて来たので素直に従ってみることに。私を先頭にぞろぞろ外へ出る皆。外はすっかり日が落ち、暗くなっていました。
そこに、さらにたくさんのホタルが舞っています。
「わあっ!! きれいだよママ!!」
真っ先に歓声を上げるアイビーちゃん。
「ショウブちゃん、見て!」
「きれいだね~」
のんびりした性格のうちの弟を引っ張って走り回ります。ふふふ、あの二人を見てると心が和みますわ。
他の皆もたくさんのホタルが光る光景を見られて嬉しそう。
「どうかな?」
「ありがとう、最高の贈り物よ」
このホタルも綺麗ですが、私には何より皆の笑顔を見られたことが嬉しいのです。流石は親友、心得ていますね。
「どんな力も使い方次第さ」
「そうね」
──クルクマが“災呈の魔女”として犯した罪は、あの戦いにおける功績を考慮し全て赦免されました。
でも本人は今もまだ罪の意識に苛まれています。ホタルを見つめる瞳にも物憂げな色が混じっていました。闇を漂う燐光に自分が奪って来た命を重ねているのかもしれません。
オトギリも同じ。彼女もまだ聖域の中で自らに贖罪の祈りを課し続けています。今日のこの宴にも招待したのですが結局来てくれませんでした。自分にその資格は無いと思っているのでしょう。
「あう! うあ、あー!!」
「ふふ、すごいね、おじいちゃん」
「……」
声を聞いて振り返ると、あの戦いからしばらく後、結局家族全員でココノ村に移住して来たベンケイさんと孫のユーカリちゃんの姿がありました。子供の少ない我が村のために少しでも恩返しが出来ればと、そう思ったのだそうです。
ソコノ村の人々は私が再生させました。でも、だからといって自分達の村を襲った人間への恨みを忘れたわけではありません。たしかにオトギリの罪は消えてなんかいない。
けれど、いつまでも罪に囚われたままでいてほしくもない。ソコノ村の人々にとっては認めがたい話だと思いますが、私は彼女の友人として、そう願ってしまいます。
すると、そんな私の肩を後ろから叩く誰か。
「クルクマ?」
いえ、違いました。そこに立っていたのはなんとクチナシさん。
「クチナシさん!? お久しぶりですね!」
“郵便です”
私達の誕生日を祝いに来てくれたのかと思いましたが、お仕事でした。
“あとこっちは、私からのプレゼントね”
いや、やっぱりお祝いでした。
クチナシさんがくださったのは花束。それもスズランの。
“花言葉、知ってる?”
ええ、もちろんです。この世界の人間にそれを教えたのはかつての私ですもの。全ての花言葉を知っていたわけではありませんから、この世界の人間が独自解釈で考えたものが大半ですけれど、スズランの花言葉は私が伝えたました。
「純粋、純潔……そして“幸せはまたやって来る”ですね。ありがとう、とっても素敵な贈り物です」
“喜んでもらえてよかった。じゃあ私はこれで”
「もう帰ってしまうんですか?」
“いやいや”
彼女は頭を振り、ナスベリさんの方へ駆け寄って行きました。ぶんぶん手を振る彼女を見つけたナスベリさんはアイビーちゃんの前なのに、思わず「げっ!?」とはしたない声を上げます。
「に、西の大陸に行ってたはずじゃ!?」
“出禁になっちゃった”
てへっと笑うクチナシさん。エルフ相手に何やらかしたんですのあの人。界壁強化の術が必要無くなったおかげで最近はだんだん異種族との交流も盛んになって来たところですのに。
「ク~チ~ナ~シ~、またアンタかあ~」
ナスベリさんとの憩いのひと時を邪魔されクチナシさんを睨むトピーさん。そんな彼を真っ向から見下ろし不敵に笑うクチナシさん。間に挟まれ嘆くナスベリさん。
「あの調子じゃ……」
「あの子の春は、まだ遠そうね」
お母様とレンゲおばさまは肩を竦めました。
さて、私はこの手紙を読んでみましょう。
差出人はオトギリです。
“誕生日おめでとう”
彼女らしい丁寧な文字で真っ先にその一言が書かれていました。ありがとう。心の中で感謝を告げ、さらに先へ目を走らせます。
まだ聖域から出るつもりは無い。祈りを捧げる毎日。そんなことが書かれていて思わずため息をつきそうになりましたが、やがて顔を綻ばせます。
“でも、そろそろナスベリから誘われていた件、前向きに考えてみようと思う。今も自分を許せる自信は無い。だからといって祈るだけでは償いにならない。父さんと母さんにも、やってみたいことがあるならやってみろと言ってもらえた。
私は貴族社会と三柱教の中でしか生きて来なかった人間。そんな私が開発者として彼女の会社に入って何が出来るかわからないけれど、誰かの助けになれる商品を一つでもこの手で生み出せたなら、それを誇りに思えたなら、その時はきっと手紙なんかじゃなく直接出向いて祝辞を伝えられるようになると思う。もう一度、おめでとうスズラン”
「そう……新しい一歩、踏み出せたのね」
待ってますオトギリ。貴女が自分の意志でここまで来てくれる日を。大切な友達と再び会える、その時を。
「スズ」
「モモハル?」
再び振り返り、そして思い出す私。
「あっ、ごめん。そういえば何か話があったのよね?」
さっきはクルクマを優先してしまいました。今度こそちゃんと聞いてあげましょう。
微笑みながら待つ私の前に、モモハルは緊張の面持ちで近付いて来ました。
そして突然、片膝をつきます。
は? え? まさか、この子──
「スズ、僕、スズが十七歳になったら言いたいことがあったんだ」
「そっ、それはその、えっと、どういう……?」
「スズは勘違いしてる」
「はい?」
予想外のことを言われ眉をひそめる私。事態に気が付き、なんだなんだと集まって来る村の皆。
うわ、注目されてる。でもモモハルは私をまっすぐ見つめたまま動じません。
「あの戦いの時、言ったよね。十七年前、僕がスズを赤ちゃんにしたのはあの戦いに勝つために必要なことだったからだって。僕が他の世界の“僕”の記憶を持って生まれた特異点だからって」
「えっと……たしかに、そんなようなことを言ったかも……」
ミナに何が起きているのか説明している最中、そのような発言をしたと思います。
なるほど、つまりはそういうことですね。
この子は、私が勘違いしてるという勘違いをしている。
「違うよ! 僕はスズを最初に見た時に思ったんだ! この綺麗な人とずっといつまでも一緒にいたいって! 他の世界の記憶は、たしかに見ていたけど……それであんなことをしたわけじゃない! 僕は自分の意志でスズを選んだ! スズと一緒にいたいから、そのために強く願って──」
私は、そんな彼の頬に両手で触れました。
すると彼は、私の言いたいことを察したようです。
「し、知ってたの……?」
「当たり前でしょう」
何年幼馴染をしてると思っていますの?
「だからそれはもういいわ。その“次”があるなら、他にもまだ言いたいことがあるなら、そっちを言いなさい」
「……わかった」
私の言葉に、ずっと後ろ手に隠していたものを前に出すモモハル。さっきクルクマが彼に渡したプレゼントの箱です。
なるほど、このホタルを使った演出といい、彼女も共犯でしたのね。
「これ……僕がお金を貯めてクルクマさんに買って来てもらったんだ……」
リボンを解き、箱の中から別の箱を取り出す彼。
息を呑む私の両親。
「モ、モモ君……」
「とうとう、この日が来てしまったか……」
お父様は早くも感極まって泣き出してしまいました。その肩を嬉しそうに叩くのは当然サザンカおじさま。
「安心しろ、隣同士だ。なっ?」
「ああ……ああっ……」
「おねえちゃんたち、なにしてるの?」
「しっ、ショウブ、静かに見てなさい。今ね、とってもいいところなんだから」
首を傾げたうちの弟を抱き上げるノイチゴちゃん。こちらも若干涙目。
そして、そんな互いの家族や村の皆が見守る中、彼は言ったのです。
小箱を開け、素朴な輝きを放つ指輪を私に見せながら。
「スズラン! 僕と結婚してくださいっ!!」
「 」
──私は即答しました。ところが、その声が何故か消えます。
「……」
「…………」
私達は全員揃ってクチナシさんを見ました。クチナシさんは宿から持って来た焼き鳥の串片手にハッとした顔で青ざめ、慌てて手話で謝罪。
“……ごめん、さっきから蚊がしつこくて”
「だからって音ごと斬らないでください!!」
「なんてタイミングで!?」
「うちの息子の一世一代の大舞台なのよ!?」
一斉に詰め寄りクチナシさんを責める皆。ああもう、さっきまでは良かったのに、これじゃプロポーズがどうのこうのいう雰囲気じゃありませんわ。
「ど、どっち? どっちなのスズ!?」
肝心の部分を聞くことが出来なかったモモハルは再度の返答を要求してきます。けれど私は一つ嘆息すると、憮然とした表情で言ってやりました。
「次よ!」
「つ、次……?」
「もっとロマンチックな場面を用意して! 答えはそれまで、保留!!」
「そんなあっ!?」
涙目で叫ぶモモハル。次の瞬間、キッと目付きを鋭くした彼は久々に見せた空間転移で手の中に木剣を出現させると、クチナシさんの方へ走って行きました。
「クチナシ師匠! よくもっ!!」
“あ、久しぶりに稽古する?”
「真剣勝負だよっ!!」
「よし、いいぞモモハル! やっちまえ!」
「けしかけんなトピー!!」
「アハハ、せっかく演出したのに、もうむちゃくちゃ」
「まったくよ」
クルクマの横で憤慨するアサガオちゃん。
そしてこちらへ振り返ると、クルクマ、ヒルガオちゃん、ノイチゴちゃんと共ににじり寄って来ました。目が爛々と輝いています。
「ス~ズ~ちゃ~ん?」
「な、なに?」
「とぼけないで! 教えてよ、なんて答えたの?」
「あーしら友達でしょ!!」
「スズねえっ!!」
「だ、だから保留! 今回は保留よ!」
「そんな答えで納得できるわけないでしょ!!」
「いいから教えて、モモハルには絶対言わないからっ!!」
「ああもう!」
たまらず私はホウキを召喚して空に脱出。魔法まで使って逃げ出した私を見上げ、アサガオちゃんが叫びます。
「ずるい! こんなのってないよ! 戻って来なさいスズちゃん! モモハルだって勇気出したんだから! ちゃんと答えなさい、最悪の魔女っ!!」
──そう、彼女は最悪の魔女。常に自らの意志で道を決め、自由奔放に生き、多くの人に愛され、愛するを知り、世界の全てを愛し続けた少女。
スズランはこの後も様々な伝説を作った。真偽のほどは定かでないが、月へ行きたいと言った弟のため星を渡る船を開発したとか、異世界の友人からまたしても助けを求められ渋々力を貸したとか、はたまた小さな村を大きな国にしただのと彼女に関する逸話は数え切れないほど残っている。
その迎えた結末に関しても諸説あり、はっきりと、これこそ史実だと言えるものは存在しない。
だが、結末はともかくとして過程には一つの共通点がある。
いついかなる道を歩もうと、どんな可能性を選び、どんな結末に辿り着こうとも、彼女の隣には必ず一人の少年が並び、共に歩んでいた。
幼き日の最初の戦いの時、少女が望んでくれた通りに育ち、その人生に寄り添い続けた彼のことを後の人々はこう呼ぶ。
優しき者、ゆうしゃと。
これは最悪の魔女とゆうしゃモモハル、そして二人の生まれた小さな村の人々によって夜空に輝く星々が救われたお話。彼女の数々の伝説のうちの一つ。
全てを愛する彼女の愛が彼に対してはどのような形で注がれたのか、真相を語る機会は、またそのうちに。
──さて、次はどの世界のことを語ろうか……ああ、そこのお嬢さん。すまないけれど、コーヒーのおかわりを頂けるかな?




