十章・二人と皆の物語(2)
「スズちゃん、モモハル、誕生日おめでとう!」
「じゃーん! どう、スズ?」
「うわ、すごい! どうしたのこれ?」
宿屋の中には村中の人が所狭しと詰めかけており、中央のテーブルへ通された私の目の前には大きなケーキ。さらにその上には私とモモハルを模した人形まで乗っています。
「うちの女房と娘達が焼いたんじゃ」
自慢気に鼻をこするムクゲさん。そっか、ムクゲさんの奥さんと娘さん達はトナリの街でパン屋さんをしてますものね。
「驚いた?」
「うん! まさかこんなに凄いのを用意してくれてるなんて!」
「へへへ、サプライズ成功。やったね!」
「大成功ね」
そう言ってハイタッチするお母様とレンゲおばさま。この二人はいつでも仲良し。
そこへトレーを手にしたサザンカおじさまもやって来ました。
「おう、スズちゃんおめでとう! そのケーキもいいが、まずはこいつを食べてみちゃあくれねえか?」
「おじさん、これは?」
「モモのやつが自分で考えて作ったんだ、感想を言ってやってくれ! 美味かったら店のメニューに加えっから名前も頼む! オレからはその命名権がプレゼントだ!」
「ほっ、バカ息子が珍しく良いことを考えよった。スズちゃんが名付け親なら縁起がええ。うちの店の新しい名物になるかもしれん」
「ほんにのう」
サルトリおじいちゃんとイヌタデおばあちゃんの言葉にちょっと緊張する私。そうまで言われると責任重大に思えてきます。
「じゃあ、食べてみるね」
お皿の横のフォークに手を伸ばす私。冷製パスタかな。具は薄くスライスしたトマトと、軽く火を通してからやっぱりスライスしたニンニク。ハーブはバジル。そして、なんだかフルーティーな香りもします。変わった色のソースですが……これは?
一口目でギョッとしました。
(甘いっ)
何かのペーストが麺に絡まっていると思ったら、この風味どうやら桃のようです。桃をパスタに使うなんて聞いたこともありません。マリアだった時にも未体験ですよ。
でも、
「美味しいっ。トマトの酸味と桃の甘さが不思議と合う。冷たいから今の季節にピッタリだし、これ美味しいよモモハルっ」
「やった!」
我がことのように喜ぶおばさま。周りで見守っていた皆が色めき立ちます。
「そんなにおいしいの?」
「うん、とっても。アイビーちゃんも食べてみて」
「あ、じゃあ、あたしも」
「ぼくもぼくも」
「ワシも一口……」
たちまち群がって来る皆さん。気にはなっていたけれど、材料を聞いてためらっていたというところでしょうか。結局、私は一口目しか食べられませんでした。
「おお、ほんとに美味い」
「夏場の新しい名物が出来たねえ」
「おいしいっ!!」
「おうおう美味えってよ! おい、なに照れてやがる! オメエの誕生日でもあるんだぞ、いつまでも厨房に隠れてねえで出て来い!!」
「わ、わかってるよ」
おじさまに呼ばれ、やっと厨房から出て来るモモハル。
「ふふ、エプロン姿が様になって来たわね」
「そう?」
私に褒められると照れました。背は伸びたものの、その笑顔は昔から変わりません。
「お~い、お二人さん。結婚はまだか?」
「早く孫の顔を見せとくれ」
「おじいちゃん!! おばあちゃん!!」
クルマユおじいちゃんとスミレおばあちゃんに囃し立てられ顔を真っ赤にして抗議するのも、ここ何年かですっかり見慣れた光景。
いまだに皆は私と彼をカップルとみなしています。とっくに私の中身がおばさんだって知っているはずなのに。
「ノコンさんもまだ若いんだし、もっと気張っとくれ! なっ!」
「えっ、あっ、ハイっ!!」
いきなり話をふられ、しどろもどろになるノコンさん。オガの鬼神もこの手の話題だと形無し。
でも、やることはやってるんですよこの人。結婚三年目の今年、冬には早くも三人目の子が生まれる予定ですしね。
「楽しみだね先生」
「ええ、とっても」
ヒルガオちゃんに大きなお腹を撫でられ、微笑むロウバイ先生。幸せそうなお顔にこちらも表情が綻びます。ちょっぴり悩みましたけど、力を使って良かったですわ。
【ママが子供を産める体にしてあげたおかげだね】
(してあげたなんて思っちゃ駄目よ。先生には大変お世話になったんだもの、このくらいのお礼は当然だわ)
あの戦いの後、先生の体は私が≪生命≫の力で普通の人間と変わらないものに作り変えました。本来数年しか生きられないホムンクルス体だったため年齢固定化処置は行われていなかったわけですが、先生はもう、あの処置を受ける気はないそうです。
『彼と共に老いて、スズランさんのくれた長い寿命を全うしようと思います』
そう言われた時、素敵な考えだと思いました。互いの老いすら愛しいと思えるような人と出会えるのは素晴らしいことです。
「結婚と言えば、あの招待状には驚いたわね。届いた?」
「あ、やっぱりナスベリのとこにも来た?」
「あれならワシにも来たぞ」
「うちにもじゃ」
「まさか、あの戦いに参加した全員に配ってるんじゃないでしょうね、あの人」
あの人というのはミツマタさんです。
ええ、私もビックリしましたよ。
ミツマタさんとスイレンさんが結婚するだなんて。
「あの子も、とうとう折れてしまいましたか」
今度は心配そうにため息をつくロウバイ先生。私もちょっぴり不安。だってあの二人がおしどり夫婦になる光景なんて想像できませんもの。
そもそもはミツマタさんが言い出したことでした。それも、あの戦いのすぐ後で。
『おいスイレン! おまんが気に入った!! おいの嫁になれい!!』
『はあっ!?』
言葉通り、とにかく気に入ったから娶りたいと申し出た彼。けれども何故気に入ったのかの理由を聞いたスイレンさんは激怒します。
『おまんは強か! おい達二人の子なら、絶対にめちゃめちゃ強うなるど!!』
『帰って下さい!!』
そりゃ怒るというものです。
でもミツマタさんは諦めませんでした。というより、そもそも諦めるという概念が彼の頭にありませんでした。
五年半ずっと求婚を続け、あまりのしつこさにスイレンさんはもう一度だけ問い質したそうです。そんなに強さが大事なのかと。
そして返って来た答えは──
『そりゃあそうじゃ! そこまで強うなるには並々ならぬ修練を重ねて来たに決まっとる。そげなおなごは貴重じゃ! おいはその根性が欲しい! おまんの魂を、おいの子や孫に伝えたい!』
ようはスイレンさんの武力ではなく、それを培った精神性にこそ惚れ込んだという意味だったのです。なら最初からそう言ってあげてくださいな。
まあ、だからといって二十歳近く歳の離れている相手。しかも敵対国の王。そう簡単に決心出来るはずもありません。
悩むスイレンさんを意外な人が後押ししました。ルドベキア様です。
『奴め、お前と結婚できるなら我が国には絶対攻め込まんそうだ』
結婚と引き換えに友好条約を締結したいという申し出。まるで脅迫。臣下の方々は手段を選ばぬ戦争狂らしいと怒りを燃やしました。ところが、実はそれはミツマタさんでなくルドベキア様から彼に投げかけた提案でした。
『うちの息子が近頃スイレンに入れ込んでいてな、あの才を手放すのは惜しいがロウバイの時の二の舞は困る。カゴシマとの戦争が回避できるのも魅力的だ。なによりスイレンが正直になれる』
先日メイジ大聖堂でお会いした時、こっそり教えてくれました。あの方はスイレンさんがミツマタさんに惹かれていると見抜いていたのです。肩を並べて戦い、絶望的な状況下で苦楽を共にした上、五年半もの熱烈な求愛。挙句に力でも容姿でもなく心に惚れ込んだという告白。そこまでされたら仕方ないですよね。
ちなみにこの話を聞いたことで焦りを覚えたのか、最近ミヤギの女王ユリさんも婚活を始めたそうです。もう三十代なのに浮いた話の一つも無かったから家臣の皆さんが喜んでいました。これであの人達も一安心でしょう。
……私、個人的にはユリさんとストレプトさんの仲が怪しいと思います。でも、本当にそうだとしたら七王同士の恋愛には障害が多いはず。今度それとなく話を伺ってみないと。もちろん、お二人が本気なら私としては全力で応援いたしますわ。
場合によってはハナズ様も喜びますね。最近知ったのですが、あの方、仲人をするのが趣味らしいのです。いつかノイチゴちゃんにも良い相手を紹介したいなんて冗談混じりに言っていました。実現したらあの子は貴族の奥方か、あるいは王妃様になったりするかもしれません。
「まあ、でも良かったと思うよ」
切り分けたケーキを頂きつつ、まだミツマタさんとスイレンさんの結婚で盛り上がっている母達の会話へ混じっていく私。私もこういうお話は大好き。
「スイレンさんならミツマタさんが戦争しようとしても、絶対に止めてくれるだろうし」
「ああ、それはたしかに」
「意外とカカア天下になりそうよね」
そうそう、そうなんです。おしどり夫婦になるかはともかく、あのスイレンさんが無闇に他国へ戦争を仕掛けたりすることを許すはずありません。ミツマタさんが惚れ込んだというその根性で見事あの狂戦士を御してくれることでしょう。
正直、今の平和になった世界ではあの人が一番の心配事でしたからね。スイレンさんが近くで手綱を握っていてくれるなら、これ以上頼もしい話はないです。
強い奥さんと稽古していれば、あの闘争本能もだいぶ鎮められるでしょうしね。結局のところ強い相手と戦えればなんでもいいんです、あの人。
「ス、スズ、ちょっといい?」
「ん?」
急にモモハルが話しかけて来ました。なにかしらと振り返ると、そのタイミングで正面のドアが開きます。
「おっ届っけもので~す」
「あ、クルクマ」
親友の来訪に、どっちを優先したものかと視線を彷徨わせる私。モモハルはがっくり肩を落としながら、それでも玄関の方を手で示します。
「いいよ、先にクルクマさんの方で」
「ごめんね、後でちゃんと聞くから」
「うん」
謝りつつ玄関に向かう私。皆が道を開けてくれてなんとか彼女の前に立つと、クルクマは背後に隠していた二つの箱を取り出しました。
「じゃじゃーん、今年はこの小さい箱がムスカリさんからで、こっちの大きめのがあーしの分ね」
「ありがとう。貴女も中に入ってくつろいで」
「あ、うん。でも先にもう一つの荷物を持って来ないとね。モモ君の分のプレゼントなんだけどさ、ちょっと待っててよ」
「ありがとうっ!!」
人垣の向こうから礼を言うモモハル。やけに嬉しそうですね? 何を貰えるか予知ったのでしょうか? クルクマは乗って来た荷馬車の方へ走りました。彼女は現在、この村に自由に出入り出来る数少ない商人として色んな人から重宝されています。
「おめでとう」
「ありがとう、ガーベイラさん」
御者はかつて霧の障壁の観測をしていたガーベイラさん。付き合っているのかはたまたそこまでの関係ではないのか、クルクマがはぐらかすため不明ですが、とりあえず最近は二人で一緒に商売をしています。
霧の障壁と言えば、ナデシコさんはサルビアさんとペルシア、ウェルを連れてしばらくあちこち旅した後、今はまた北の大陸に戻りました。あの大陸は復活させた竜族の住み処になっているのですが、彼等の感覚だといきなり千年近く時間が飛んでしまったため浦島太郎状態なのです。
そこで現在の世界の状況を知り、なおかつ異種族との交流再開を図るに相応しい橋渡し役として彼等のいた時代を知る唯一の存在となった彼女が親善大使に選ばれました。普通の人間に戻ったというのに、その立ち居振る舞いは堂々としていて流石の貫禄を感じさせます。
「はい、お待たせ」
「重いな……」
「って、なんですのそれ? 大きい」
「ああ、これね。この大きいのはムスカリさんからモモ君にだよ」
ガーベイラさんと二人で自分より背の高い箱を持って来た彼女は、私の質問にそう答えました。私は口をへの字にして眉間に指を当てます。
「あの人は……」
あまり嵩張る物はやめてくださいって頼みましたのに。
まあ、あの戦いの翌年よりはマシですけど。十二歳の誕生日は本当に大変でした。世界中から信徒がつめかけるわ、各国の王や教会関係者から贈り物が届くわで、村中がかつてない過密状態になりましたもの。
そこで次の年からは私が強く頼み込み、教皇のムスカリさんから人類代表として贈り物をしてもらうルールを制定したのです。
ただ、あの人もやっぱり熱心な信徒の一人には違いなく、たまにやりすぎなプレゼントが届くことがあります。去年は私に大変立派なドレスを頂きましたわ。立派過ぎて重さで動けなくなるレベルの。
(ロウバイ先生の教え子だけあって、あの人もどこか少しズレています……あれ? でも、そうなると私も……いやいや)
私は今や立派な常識人。ちょっと元・女神だったりするだけ。
運び込まれた品々を再び中央のテーブルの上に並べる私達。ムスカリさんからモモハルへの贈り物だけは大きすぎて床に置かれます。
「さ、開封してみてよ」
「ええ」
まずは心配なのでムスカリさんから頂いた箱を……今年は私の分は小箱ですね。包みを解いて開けてみたら、中にあったのは──
「髪飾り?」
「ほう、見事な細工だ」
芸術への造詣も深いのか、ガーベイラさんが感心しながら頷きました。蝶の形で素材は青みがかった水晶。なるほど、並行世界の“私達”をイメージしましたか。これは嬉しい心遣い。
「おお~、今回は良いんじゃない?」
「付けてみてよ、スズねえ」
ヒルガオちゃんとノイチゴちゃんが私の手元を覗き込んで言いました。けれどアサガオちゃんやクルクマは「あちゃ~」と渋い顔をしています。
「そっか、教えるの忘れてたな。スズちゃんは髪飾りは」
「いえ」
私は、その髪飾りを持ったまま両親を見ました。微笑み、頷いてくれる二人。やっぱり知ってたんですね、私が髪飾りを付けない理由。
二人が遠慮して、頭を撫でにくくなる。
たったそれだけの理由。それに十七年もこだわってしまいました。でも今や私の背丈は二人とほとんど変わりません。
いつまでも甘えん坊ではいられないでしょう。
「ちゃんと使わせていただきます。ムスカリさんには今度自分で感謝を伝えますわ」
「そっか……うん、そうするといい」
「とうとうだね」
事情を知っているクルクマとアサガオちゃんも頷きます。私は皆に見守られながらその髪飾りを頭に。
「どう、似合ってる?」
「似合ってる似合ってる、ばっちり!」
「まあ、反射光が虹色に──」
「なるほど、あの頃のスズラン君のようだ」
「手の込んでる仕掛けだなあ」
褒めちぎり感心する皆。ふふ、これは良いものを頂きました。次の顔見せの時に着けていきましょう。
一方、モモハルは例の巨大な箱を開けて、やはり目を輝かせていました。
「お、おお……ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
「な、なに!?」
らしからぬ声を聞いて振り返る私。
すると、とんでもないものが目に飛び込んで来ます。
「なんですのそれ!?」
思わず、久しぶりにヒメツル口調で喋ってしまいました。箱の中身は馬鹿げたサイズの長剣だったのです。
あれ? なんだかデザインに見覚えが……。
「こ、これっ、アルトラインの剣だ!!」
「あっ!?」
「そうだ! アルトライン様の持ってた剣だよ!」
「本当だ、あれにそっくりだ」
ざわつく店内。クルクマは大笑い。
「アハハハハハハハ! な、なるほど、たしかにモモ君にはピッタリの贈り物だ!」
「いやしかし……大きすぎないか?」
冷静に指摘するガーベイラさん。そう、その通り。正にそれ。
縮尺がおかしいですわ! こんなの人間が持てるわけないでしょう!
ところがモモハルは大興奮して柄に飛びつきました。
「ぼ、僕、持ってみる!!」
「待て待てモモ!」
「外でやれ!」
慌てて止めに入るサザンカおじさまとサルトリおじいちゃん。心配しなくてもそんなの持ち上がるはずが──
「ふん……っ、ぬううううううう!!」
「嘘ぉ!?」
けっこう持ち上がった! いくら神子だからって、どうなってますのあなた!?
あ、いや、まさか……。
(アルトラインは異世界で修行中のはず。もしかして彼が強くなると神子のモモハルにも影響が出る……?)
無いとも言いきれません。だとするとこのまま放っておいたら彼も将来的にはサザンカおじさまみたいにムキムキに……?
(アルトラインに遊歴の許可を出すのは、早まったかもしれません)
【ママって、どっちかというと細い方が好みだもんね】
「いやいやいや」
そういうことじゃないのよミナ。
なんて私が葛藤したり胸の中の愛娘と会話したりしていた間に、モモハルは一転窮地に陥っていました。
「た、たす……けて……」
「無茶に決まってんだろ!! このアホタレっ!」
「だはははははははははははははははっ!!」
クルマユおじいちゃんの大爆笑が店内に響き渡ります。彼の孫は剣の重みを支えきれず、その下敷きになっていました。




