表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/25

十章・二人と皆の物語(1)


 あれから、早くも六年経ちました。


「こんにちは~」

「あら、いらっしゃい」

 いつものように店番していると入って来たのは彼、モモハルです。白金色の髪を幼い頃より短く切り、代わりに背は高く伸びました。並んで立つともう首が痛くなりそうなほど見上げなければなりません。

「あれ入ってるかな? イマリの岩塩と香辛料……あっ、手伝うよ」

「そ? じゃあ、お願い」

 棚の高い位置に背伸びして商品を陳列していた私を見かね、代わりに作業を買って出る彼。よしよし、順調に紳士的に育ってますわね。

「早いものだわ。貴方、今日で十七歳なのよ」

「スズもでしょ」

 誕生日が同じなのですから、たしかにそうです。ただ、知っての通り私の本当の年齢は三十四なんですよ。そう考えるとあまり喜べません。

 深々ため息をつく私。

「とうとう前の自分に追いついちゃった」

「街まで行くと、たまにビックリされるよね。最悪の魔女だ~って」

「みんな知ってるはずなのに、どうして今さら驚くのかしら?」

「やっぱり昔の悪い印象がまだあるからかな」

「むう……こんなに頑張ってるのに」

 私は今でも時々、どこかで誰かが困っていると聞くと助けに行きます。手を貸すまでも無いような話もありますので、そういう時は断ってますけどね。マリアの生まれ変わりだからってなんでもかんでも気軽に神頼みしないでくださいな。自分でできることは自分で、でしてよ。

「あの戦いに参加出来なかった人達も多いし仕方ないよ。特に死んじゃってた人達は言葉でしか事情を聞いてないんだもん」

「そうなんだけどさ」

 いいかげん昔の悪名は返上したいものです。最悪の魔女という二つ名自体は今でも気に入ってるんですけどね。

 逆に熱心な三柱(みはしら)教の信徒にはいまだに私を神様扱いしてくる人が多いです。あの後しばらくは毎日のように聖地巡礼などと言って敬虔な方々が詰めかけて来ました。おかげで私も村の人達も心身共に疲れ果ててしまい、今では周囲に人の出入りを制限する結界を構築してあります。知り合いは素通り出来るのですが、単に私の顔を拝みたいだけとかそんな目的で来る人は決して村まで辿り着けません。ウィンゲイトの力の有効活用。


『──しかし、それでは彼等は納得しないでしょう』


 信仰している神そのものが現世にいたら拝みたくなるのは当たり前。ムスカリさんにはそう諭されてしまいました。なので月に二回はシブヤに顔を出してメイジ大聖堂で人々の前に姿を見せています。

 あ、シブヤと言えば、戦いの後で意外な事実を知りました。


『ゲルニカとは、あの絵本が出版された直後に知り合ったわ』


 なんとシクラメン様はこの世界にアバターで迷い込んで来たゲルニカと面識があったのです。あの子、この世界では“アキタニール”と名乗って作家をしていました。昔の私が主役の例の絵本の著者ですよ。内容に関し色々と気になったシクラメン様が作者を探した結果、発見した彼と意気投合し、たまに変装して外で交流していたとのこと。

 出不精のシクラメン様が珍しい……まあ、ゲルニカは“深度”を極限まで深くする実験を行った結果生まれて来た存在ですからね。記憶を保ったまま星の数ほど転生を繰り返しているのです。だからシクラメン様が喜びそうな面白エピソードも数多く持っているのでしょう。

 私も二人が密会していたカフェに行ってみたのですが、本人はとっくに逃げ出した後でした。親に挨拶も無しとは、まったく困ったものです。


『あの常連(トンデモ)さん、何者だったんですか?』

『馬鹿息子です』


 そう答えると店員さんは目を白黒させていました。当時の私は十一歳でしたし、あんな大きな息子がいると言われて驚いたでしょう。あの店はコーヒーが美味しいのでその後もたまにシクラメン様やコデマリさんと一緒に通っています。

 一応、何度目かでゲルニカをとっ捕まえて話すこともできました。話を聞くと、あれはあれで私の死後にだいぶ苦労したようです。そのせいでもないでしょうけどすっかり老け込んでいましたわ。

 私達からこの話を聞いたアカンサス様は、苦笑しながら言いました。


神子(みこ)の僕が言うのもおかしな話だけど、神様というのは意外と身近な存在なのかもしれないね。ストナタリオとケナセネリカも今頃はどこかで人としての生活を楽しんでいるんだろうな』

『ええ、きっと』


 ──この世界を再創世した時、これまでこの世界を守って来てくれた四方の神々の働きに報いたいと申し出ました。するとストナタリオとケナセネリカは意外なことを言ったのです。人間になりたいと。


『一度、人間の一生というものを体験してみとうございました。その経験からこれまでにない着想を得られると思うのです』

『私もです。人々の生み出した知識をただ記録し蓄えるのではなく、私自身の手で新たな知識を生み出してみたい。けれど神の人生は長すぎてどうしても気が弛む。だからいっそ人間に転生して彼等と同じ有限の命の中に学び、研鑽してみたい。その命尽きた後は再び神の使命に戻りましょう』


 私は彼等のその願いを聞き入れ、人としてこの世界のどこかに転生させました。六年も経ちましたので、そろそろ色んなお勉強を始めた頃でしょうね。

 楽しいことばかりではないと思いますが、それが人生というものです。楽あれば苦あり。二人とも頑張りなさい。案外アカンサス様をびっくりさせる何かを発明したりシクラメン様が夢中になれる物語を書くかもしれませんわ。


 一方、アルトラインとテムガミルズは、また違う望みを言いました。

 まず、テムガミルズはというと──


『アイビーのこれからの人生に幸多からんことを。オレは、それだけを望みます』

『欲が無いのね。もう少し欲張ってもいいのよ? その望みは私が叶えずとも彼女の周囲の人々の願いにより必ず実現するでしょう』

『……では、犬を用意してください』

『犬?』

『アイビーは昔からペルシアとウェルを見て自分でもあのような動物を飼いたいと思っていました。しかし忙しく世話を焼くのが難しいため断念していたのです。ですから今度はオレの加護を授けた犬を与えてやりたいと思います』

『犬を神子にすると……』

『駄目でしょうか?』

『いえ、良い考えよ。それならその子を通してあなたも彼女を見守れるものね。けっこう、特別な子を用意してあげます』

『ありがとうございます』

『それでアルトライン、あなたは?』

 私の問いかけに、それまで考え込んでいた彼は意を決して答えました。


『一度、他の界球器(せかい)を見に行ってもよろしいでしょうか?』


『旅がしたいということ? ストナタリオやケナセネリカとは別の形で』

『はい。クチナシに力を貸したあのアルトルという同型神のように我々下位神にも成長と進化の余地がある。ならば、いつかまた今回のような災厄が起こる前に、私は己の可能性を引き出しておきたいと思います』

『真面目だこと』

 そういう意味で可能性の話を説いたわけではないのですが、本人がやりたいと言う以上は仕方ありません。

『わかりました、あなたに遊歴の許可を与えます。納得するまで続けなさい。ただし神としてではなく、あなたも人として異界へ渡るのです』

『人として……ですか』

『神がよそ様の世界へ気軽にお邪魔するものではないわ。あなたの力は人間やそれぞれの世界の神々にとって大きな脅威となりうる。だから制限をかけておきなさい。自由に力を行使できない方が修行にもなるはず』

『なるほど……そこまで考えが至りませんでした』

「しばらく人として生きてみれば、そのあたりの感覚は自然と身につくでしょう。留守中のことは私とテムガミルズに任せなさい。何があろうとこの世界は守り抜きます」

『はい、それなら安心して旅立てます』


 というわけで四方の神々のうち三柱は当面留守にしています。可愛い子には旅をさせろと言いますが、こういっぺんに重なると寂しく感じますね。


【私がいるでしょ】

「ごめんね、ちょっとだけよ」

 アルトライン達との別れを思い出していたところ胸が少しだけ熱くなりました。左右の鎖骨の中間あたりにある“この子”が怒ってしまったのです。

「ミナちゃん?」

「うん、ちょっぴりセンチになってたら励ましてくれたのよ」

 私の身体のその部分には小さな虹色の宝石が埋まっています。小指の爪ほどの大きさで半分だけが体外に露出。あの“崩壊の呪い”が、いえ、正確にはあれに宿っていたミナ達の記憶と思念が魔素の一部を使って結晶化したものです。

「ただ、ちょっとやきもち焼きなのよね」

「そっか……うう、そうなのか……」

「なに、どうしたの?」

「いや、うん……後で話すよ」

 モモハルは苦笑して目を逸らしました。

 なんですの? 変な子。




「スズおねえちゃんっ!!」

「アイビーちゃんっ!!」

 両親が仕入れから戻って来たので交代して外へ出ると、ちょうどナスベリさんと愛娘のアイビーちゃんが遊びに来たところでした。

「また大きくなったわね~。可愛い可愛い」

「にゅふふ」

 久しぶりに会ったアイビーちゃんを抱き上げ、頬ずりする私。肉体年齢は十一歳の彼女ですけれど、中身はまだ六歳児。素直に甘えてくれます。ああ~可愛い。

「オンッ!!」

「テムもいらっしゃい。貴方も大きくなったわね」

 アイビーちゃんの愛犬テム。渡した時にはちっちゃい子犬だったのに、この子も六年で見違える大きさに。まあ、そういう種類を私が見繕ったんですけどね。

「こんにちは、スズちゃん」

「こんにちは、ナスベリさん」

 ビーナスベリー工房の社長でありシングルマザーとしてアイビーちゃんの子育てもしておられるナスベリさん。以前は村に来るとメガネを外していましたが、最近は娘の教育のためにメガネのままでいることが多いです。お母様達と夜の女子会──という名の飲み会をする時などは外すのですが、今や服装もお淑やか。

「お誕生日おめでとう。とうとう十七歳ね」

「うん、ついにヒメツルの時と同じになっちゃった」

「アハハ、なら本当は三十四か」

「嫌ぁ、それは言わないで~」

「? スズおねえちゃん、さんじゅうよんさいなの?」

「ううん、十七歳よ。ママの冗談だから忘れて」

「わかった」


 素直っ! あの頃のアイビー社長に見せたら悶絶しそうなくらい素直っ!!

 可愛いなあ。いいなあナスベリさん、こんな可愛い子を育てられて。


【だから私が】

(わかってるわミナ。あなたは世界一可愛い娘よ)

【ママも世界一美人のママよ】

(ありがと)

「久しぶりに来られたけど、最近どう?」

「特に変わったことは無いかな。ウメさんのお葬式以来、平和そのもの」

「そっか……」

 村の中央、モミジの枝の下のベンチを見つめるナスベリさん。そういえば晩年はいつもあそこでメカコと一緒にいましたね。

 ──長年村の最長老だったウメさんは去年の春に亡くなりました。事故や病気などではなく単純に寿命です。皆に見送られながら穏やかに息を引き取りました。


『スズちゃんのおかげで、家で死ねるねえ。ありがとねえ』


 今際の際に駆け付けたら最期にそんなことを言われ、皆が死んだと思ったあの時以上に泣いてしまいました。

「寂しいね……」

「うん……」

 でも私は知っています。なにせウィンゲイトですから。別れはたしかに哀しくて寂しいものですけれど、永遠の別れなんてものはありません。いつになるかはわからない。それでも私達の魂は、いつか必ず巡り合う。


 だからウメさんとも、そのうちまた、どこかで会える。


「モミジさんは大丈夫?」

『はい、ウメ様との思い出は私の中にありますから』

 あの戦いの後、船から木に戻ったモミジはここで村の人々を見守り続けています。ウメさんが亡くなった後はしばらく落ち込んでいましたが、今はすっかり元気。この子も随分長生きしてますもの、これまでにも出会いと別れを繰り返して来たのでしょう。心配いりませんわ。

 ちなみに最近、彼女にはメイド仲間が増えました。復活したあの初代ホウキです。現在は分離していて、モミジのメカコと同じ遠隔操作ホムンクルスのホッキーナを操り、毎日自分の本体を使って村内の掃き掃除をしています。自力で空まで飛べる高性能をアピールしてはモミジを悔しがらせる日々。そのうちこの子もまた飛びたいとか言い出すかもしれません。

 あ、メイドと言えば彼女もいました。

『スズラン様、そろそろお時間では?』

「そうですね」

 AIメイドのレインさん。ネットワークに常時接続出来るようになったことで私とモモハルにだけいまだに見えています。

 私の視線に気付き、じっと目を凝らすナスベリさん。

「もしかして、そこにレインさんがいたりする?」

「うん」

「こんにちは、レインさん」

『こんにちは、ナスベリ様』

「聞こえてる?」

「挨拶してる」

「そか……あの人達は今頃、何してるんだろうね」

「向こうは時間の進みが遅いらしいから、あの頃からあまり変わってないと思うよ」

「そういえば、あの時にもそんなこと言ってたっけ」


 一応、レインさんから向こうの様子は聞いています。雨音(あまね)さんはまだ高校生。なんでも美樹(みき)さんなるちょっと変わったお友達がいて振り回されているのだとか。雨楽(うがく)さんは良いお師匠様に出会えて本格的に画家の道を歩み始めたそうです。あの戦いの後に描いた絵が賞を取ったことがキッカケで、その絵はなんと“虹の女神”という題名で私を描いたもの。レインさんから映像を見せられた時には恥ずかしさのあまり悶絶してしまいました。そういうのは本人の許可を取ってから公開してくださいなっ。

 私、教会に飾られている三柱の像だっていまだに直視できませんのに。やたら美化して描かれた宗教画とかもう拷問に近いですわ。


 雨龍(うりゅう)さんは……あの人には正直あまり会いたくないです。実はあの後、頼み事があると言われてモモハル達と何人かでとある世界に行ったんです。そのせいで予想外の酷い目に。まさか世界を救った直後にまた別の世界を救うことになるとは思いませんでした。しかもあんなヘンテコ世界を。

 彼と別の有色者が趣味と能力をフル活用して構築した仮想世界だったのですが、スキルだのステータスだのクエストだのとまるでテレビゲーム。さらには暴走した魔王がガチの災厄になりかけていたので仕方なく攻略しましたよ。本当に大変でした。

 下手に新たな世界を創るんじゃありませんと開発者と雨龍さんには厳しくお仕置きしておきました。でも、そのうちまたやらかしそうな気がします。予知ではなくこれは二人の男の子を育てた経験がある母としての直感です。モモハルも含むと三人かな。

 ま、しばらくはあの二人も忙しいでしょうけれど。なにせ、あの一件のせいで二人ともこっち側に……あっ、不安になって来ました。考えてみると、それはそれでまたとんでもないトラブルを引き起こしそう。


 そういえば雨音さんにも一つ相談を持ちかけられていました。ただ、並行世界の自分と交際していることをどうやって親に伝えたらいいかなんて訊かれても困ります。たしかに既婚者で子持ちで元・女神ですけど、状況が複雑すぎて手に負えません。

 一応、並行世界うんぬんはもう知られているそうですし、正直に打ち明けるしかないんじゃないでしょうかね……。

「あっ、スズちゃん! 何してんの、もう始まってるよ!」

「主役なんだから早く来てよ、スズねえ!」

「は~や~く~!!」

 クロマツさん家の三姉弟が宿屋の入口から呼びかけてきました。

「やれやれ、この村も賑やかになったもんだ」

 ちょっとだけ素を垣間見せ、苦笑するナスベリさん。

 たしかに以前よりだいぶ賑やかです。

「行こっか、アイビーちゃん」

「うん!」

「わうっ!!」

 私はアイビーちゃんと手を繋ぎ、会場へ向かいました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ