序章・私の真実(2)
「レインボウ・ネットワーク……ですか」
聖域の霊廟。あの戦いからほとんど間を置かず集った主要な面々。異世界からの来訪者達が語った話に、私以外の皆さんは一様に言葉を失いました。にわかには信じがたい内容だったからです。
ウキクサ・ウガクとカガミヤ・アマネ。
世界と世界を繋ぐ道、レインボウ・ネットワーク。彼女達はそれを使って私達の世界へ来たと言います。
私と村の皆を再会させてくれた通信機。あれを想像するとわかりやすいでしょう。あれは地脈を利用することで機能しています。地脈とは、いわば世界中に張り巡らされたトンネル。自然界の魔力の通り道。それと似た道が異なる世界との間にも存在しており、情報や物質の行き来を可能にしている。つまりはそういうこと。
そしてその“道”は、この世界の創造主マリア・ウィンゲイトの最後の子と、もう一人の存在が協同で生み出したそうです。始まりの神“始原七柱”を打倒し、彼等から奪った権能を一つに束ねることによって。
異世界人を名乗る彼女達の説明を要約すると、そういうことになります。
「ば、馬鹿馬鹿しい」
少し間を置き、吐き捨てたのは三柱教の司教でした。
「バラト司教」
「なんです? まさか信じるのですか聖下。この者達は我等が神ウィンゲイト様がすでに存在しないと、そう言っているのですよ? しかも自らの子に倒されたなどと……!」
「ひっ……」
憎々し気に睨まれ竦み上がるウガクさん。怒ったアマネさんは逆に勢い良く立ち上がります。
「本当です! ゲルニカさん本人に聞いたんですから!」
「神に会ったと言うか? お前のような小娘が! いい加減にしろ!!」
「なんですかそれ!? 子供が神様に会っちゃいけませんか!?」
「あ、雨音ちゃん落ち着いて」
慌てて宥めにかかるウガクさん。けれどアマネさんはバラト司教を睨んだまま頭を横に振ります。
「駄目です雨楽さん! 私達、嘘つき呼ばわりされてるんですよ! ここで黙っていたら、この世界まで来た意味がありません!」
「で、でも、だからってそんな喧嘩腰になっちゃ駄目だよ……怒ったら、相手だって怒るのは仕方ないでしょ。ちゃんと座って話を聞こう。相手の話を聞かなきゃ、聞いて欲しいなんて言えないんじゃないかな……」
「うっ……」
「その通りです。我々はまず、互いを理解し合わねばならない。お二人とも失礼しました。バラト司教、貴方も座りなさい」
「……わかりました」
ウガクさんとムスカリさんに説得され、少しだけ冷静さを取り戻した二人は渋々ながら着席します。
そこへ問いかける私。
「アマネさん、ウガクさん」
「はい?」
「貴女達が出会ったという、その“ゲルニカ”なる神様は、どんな姿でした?」
問われ、天井を見上げながら思い返す二人。
「ゲルニカさんですか……えっと」
「そうですね、私達と同じように黒髪で、男の人なのに背中に届くほど伸ばしてて」
「背丈は僕と同じくらい。痩せているけど、けっこう筋肉質で……」
「ごく普通の服装でしたよね。私達の世界の一般人と同じ。あとは縁が銀色のサングラスをかけてました。丸いやつ。そのせいで最初は怪しい人だと思いましたよ」
「サングラスとは何かな?」
ルドベキア様の質問に、二人は両手で自分達の目の上に丸を作りました。
「えっと、こういうメガネです。それでレンズが黒くて」
「晴れてる時に使います」
「溶接用の遮光ゴーグルみたいな物かな……?」
「あ、そうそう。眩しいのを軽減するためのものです」
ナスベリさんの言葉に反応し、大きく頷くアマネさん。なるほどと納得する一同。でもバラト司教は再び激昂しました。
「そんな怪しげな風体の男が神だと!? 何を根拠に信じた!!」
「何をって……」
「実際助けられましたしね、私達」
「バラトさん、彼女達は嘘を言っていないようです」
私が言うと、当然、皆の注目はこちらに。
「えっ……?」
「スズラン様まで何を仰る!?」
「まず、神様なら貴方も会ったじゃありませんか、二年前に」
「あっ、う……いやしかし、あれは……」
痛いところを突かれ言葉に詰まるバラト司教。そうです、この場の全員、一度は神様と対面しているのです。二年前の私とモモハルのお披露目の際、私達神子の召喚に応じ降臨した四方の神々と。
「あの時、シブヤにいた全員が神の姿を目の当たりにしました。であれば、彼女達が神と直に会っていたとしても別におかしなことはないでしょう」
「しかし、その男性が“神”だという根拠は無いのでは?」
「いいえ、あります」
ユリ様の質問に、今度は小さく頭を振る私。
あるんです、根拠は。
「二年前、私はここで“竜の心臓”と接触したことにより主神ウィンゲイトの記憶を垣間見ました。だからわかるんです。彼女達の言った風体、それにゲルニカという名前。二人に語った言葉……間違い無くウィンゲイトの最後の子です」
「なんと……」
「スズラン様以外にもウィンゲイト様の御力を継いだ者がいたとは」
驚く司教達。一際激しく動揺しているバラト司教をムスカリさんが再び説き伏せます。
「ウィンゲイトの神子スズラン様が断言されたのです。認めましょう、バラト司教」「は……はい」
肩を落とし俯くバラトさん。そうなってしまうのも当然。彼女達の説明を信じるということは、自分達の信仰してきた神がすでに存在しないことも認めなければならないのですから。ウガクさん達の援護をしてしまった私も少しばかり申し訳ないです。
でも事は一刻を争う。落ち込んだ彼を励ましてあげるのは後。彼女達の協力を得るため、まずは二人の言葉が真実だと証明しなければならない。私はそのためにさらに根拠を積み上げます。
「アマネさん──貴女、先刻の戦いで私を助けて下さった時に“滅火”を使っていましたよね?」
「あ、はい。えと、それが何か?」
「なら、貴女はエリオンとジーファインの子孫です」
「なっ──」
「なんですと!?」
これには再び三柱教の人々が色めき立ちます。エリオンとジーファイン。それは三柱教が信仰する最高神の残り二柱。マリア・ウィンゲイトと共に世界を創造した神々の名。
司教の一人が慌てて私に問いかけました。
「ま、待って下さいスズラン様、たしかエリオン様とジーファイン様は、その……」
「ええ、両方男ですよ?」
「ですよね……では、神々には可能なのですか? それで……子を生す、ことが」
「へっ!?」
「ほ、ほほう?」
彼が何を想像したか察し、頬を赤らめるアマネさん。何故か身を乗り出すユリ様。でも私は苦笑しながら、その想像を否定します。
「そうではありません。あの二柱は、そもそも“同一人物”なのです」
「んなっ!?」
「どういうことですか?」
「彼等は本来、一人の“人間”だったということです。エリオンとジーファインは始原の神々が“滅火の男”と呼んでいた青年の魂を三分割し、それぞれ異なる世界に転生させた存在。そのうち二人をウィンゲイトが見つけ保護していました。より正確に言うなら敵に対抗するため共闘関係を結んだのです」
そしてエリオンとジーファインは悠久の時の流れの果て、分割された“自分”の最後の一人と融合し、再び一つの存在になりました。だからアマネさんとウガクさんは彼等二柱どちらの子孫でもある。
「再融合した“滅火の男”の名は鏡矢 零示。それが貴女の祖先です、雨音さん」
「初代様の名前……うちの家系図にもありました。じゃあ本当に」
「あの子は、ウィンゲイトさんの記憶を……」
向こうは向こうで私の言葉を疑っていたようです。まあ仕方ありませんね。この見た目ですもの。
「なるほどな、ウィンゲイト以外の二柱については謎に包まれていたが」
「そのような存在だったのですね……」
「歴史の真実というものは、意外な形で姿を現すものですな」
いちはやく納得される七王の御三方。三柱教の皆さんも徐々にですが私の語った真実を受け入れ始めています。これでもうウガクさん達が疑われることはないでしょう。
とはいえ念のために、もう一押し。
「以後は、彼女達の提供してくれた情報を元に方針を考えます」
それが私の考えだと明確に皆さんに示しました。雨音さんと雨楽さん、お二人の協力を前提に戦っていくと。
「それは……いや、それがスズラン様の御心ならば、承知いたします」
「うむ、我々も信じよう」
異論は出ません。そうですか、なら、ようやくこの話を切り出せます。
「では、その前に一つだけワガママを言わせてください」
「スズラン様?」
「次の戦いこそ正真正銘、最後の戦いになるはず。だから私は心残りを片付けておきたいのです」
「心残り、ですか」
「状況が状況、応じられることと、そうでないことがありましょう。それでも構わぬのであれば仰ってみるがよろしい。なに、言うだけならばタダです」
「ありがとうございます、ハナズ様」
お言葉に甘えて。私は居並ぶ面々の顔を見渡し、お願いしました。
「ココノ村の皆を、ここに呼んでいただけますか?」
──しばし経ち、村の皆が霊廟の中へ連れて来られました。さほど広くない建物なのでかなり窮屈な状態。
「どうしたんだい、スズ?」
「ワシらを呼んだらしいが、今、大切な話し合いの最中じゃないのかね?」
「ひええ、七王の方々に教皇聖下じゃ、畏れ多い……」
「皆、私とモモハルも神子なんだけど?」
「あ、そうじゃった」
「ワシらにとっちゃ、どうしても孫感覚じゃもんな……」
「まあ、それでいいんだけどね」
その方が話しやすいですし。
「モモハル、ここに座って」
「うん」
皆と一緒にやって来たモモハルを手招きして隣の椅子に座らせます。
代わりに私は、円卓の上へよじ登りました。
「あっ、コラッ、スズ!?」
お母様の叱責の声。けれど構わずそのまま立ち上がる私。そして円卓の中央まで歩みを進めると、ゆっくり……全員の顔を見渡しました。
「行儀が悪いのは承知の上。皆の顔を見たいので、ここから失礼します」
その言葉の直後、ナスベリさんとオトギリだけが私のしようとしていることに気が付き、立ち上がりました。
「スズちゃん、まさか!?」
「今はまだ──」
「なんじゃ? お前さんがた、何か知っとるんか?」
ええ、そうですクロマツさん。その二人だけは知っているんです。だからといって責めないであげてくださいね。私のために黙っていてくれたのですから。
「カタバミさん、カズラさん、レンゲさん、サザンカさん」
「え……?」
「ど、どうしたのスズちゃん? 急にそんな他人行儀な呼び方して」
「スズ……やっぱり、言っちゃうんだ」
モモハル、貴方にはこの未来も見えていたのね。止めないということは、悪い結果にはならないの? それとも私の意志を尊重してくれているだけ?
どちらでも構わない。私が言うって決めたんだもの。
「……皆さん、私は、ずっと皆さんに嘘をついて来ました」
家族を、友人を、信頼してくれた人達を騙し続けるのは、ここでおしまい。明日、何もかも終わるかもしれないなら今こそ正直になろう。そう決めた。
だから私は告白する。十一年間、隠し続けた秘密を。
「私は“ヒメツルの娘”ではありません。私こそがヒメツル。十一年前、彼を、モモハルを殺そうとして返り討ちに遭い、赤ん坊になった──“最悪の魔女”です」