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六章・友との再会(2)

 ──まだ脅威は去っていない。さっきルドベキアの動きを止めた存在が、いつの間にか戦場を俯瞰していた。


『……トマッテ』

「ぐうっ!!」


 ミナの影の周囲にいた者達が一斉に動きを封じられる。均衡神ユウの影が空から彼らを見下ろしている。彼もまた“最適化”によってオリジナルに近付いたようだ。視界内の敵どころか戦場にいる全ての人間とその同胞の自由を奪う。スズランが伸ばした糸も光の柱を出た途端、時間が止まったかのように凍りつく。

 身動き取れなくなった彼等の前で削られた肉体を再生させながらゆっくりと起き上がるミナの影。全身から怒りと憎しみを立ち昇らせ、復活した右拳で大地を叩いた。

「ミナッ!?」

『紛い物! 結局、お前達は紛い物だ!!』


 何度も何度も同じことを繰り返し、何百という命を潰す彼女。飛んで来る肉片と足下を浸した血の海を見てルドベキア達は悔しさに打ち震える。


『本物は私達だけ。紛い物なんかいらない。私達だけが存在していればいいのよ』


 多少は気が晴れたらしく、殺戮を止め、スズランに向かって手を伸ばす彼女。

 その時、どこからか声が響いた。


「紛い物は、あなたがたもでしょう?」

『!?』

 周囲に薄く漂っていた魔素が突然ユウの影より高い位置に集束して“竜の心臓”を形成した。アカンサスの兵器が生み出したそれとは違う。もっと遥かに大きい。その銀色の球から飛び出して来た魔力の糸がミナの影の腕に絡まり動きを封じる。

 同時に一人の男が“門”から飛び出した。


「チェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェエエエエエエエエエエエエエッ!! ストオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 全身全霊の一刀でユウの影を切り伏せる男。彼はその勢いのままミナの影の腕まで切断する。全身から放出していた虹色の光が長大な刃と化し巨大な腕を断ち切ったのだ。

『なっ……なんですって……この力、まさか……ッ』

「あ、あれってミツマタさん!?」

「おお~! ちょうどよかところに帰って来たようじゃのう!!」

 とんでもない高さから飛び降りたくせに平然とした顔で愛刀“凶刃”を手に立ち上がるミツマタ。服も甲冑もボロボロだが、その顔にはいつも通り精気と狂気が漲っていた。

「お待たせしましたスズランさん!」

「ようやく戻れた!」

「カーッ! でかか敵じゃ! 腕が鳴るう!!」

 次々に“竜の心臓”から飛び出してくる魔道士やカゴシマ兵。その中にはやはり彼女達の顔もあった。

「ロウバイ先生! スイレンさんっ!!」

「先生!」

「ノコンさんっ!!」

 最前線で戦っていたノコンと一瞬だけ見つめ合う彼女。だが、すぐに二人揃って表情を引き締める。

(今は──)

(互いの無事を知った)

 それで十分!

「心強い味方を連れて来ましたよ、スズランさん!!」

 そう言って左手で、どこか生物的な質感の杖を掲げるロウバイ。するとその杖から放出された虹色の光がC・S・Sによる強化を受けた人々にさらなる恩恵をもたらす。


『やっぱり、渦巻く者(ボルテックス)!!』


 ミナの影は“(アサヒ)”を知っていた。たしかにあの時、界球器(彼の世界)もろとも砕いたはず。なのにまだ生きていたとは、なんてしぶとさ。

『お前らを倒すまで死んでたまるかよ!』

 渦巻く者。そう呼ばれた杖が声を発し、その名の通り周囲に漂っていた魔素を吸い寄せ、渦を作りながら吸収する。そうやって取り込んだ魔素を魔力へ変換し、虹色の光を浴びた者達に分け与えた。

「こ、これは……」

「魔力が回復して、出力まで向上していく!」

 驚く魔道士達の頭上を横切る無数の影。ストレプト率いるキョウト魔道士隊の生き残り。ホウキに跨り、驚くべき速度で空中を疾駆する。

「頭上の敵は我等にお任せを!! キョウト魔道士隊、飛行型記憶災害を撃滅せよ!!」

「ストレプト陛下に続け!!」

「向こうで散々戦って来た! 慣れた相手よ!」


 そして彼等は龍道の影が生み出した飛行型巨獣群と戦い始めた。全身を虹の光に包まれ、明らかに本来の彼等を大きく上回る力を発揮して。


『この反応っ、未確認の≪七色(セプテット)≫だと!?』

 浮草(うきくさ) 雨龍(うりゅう)の驚愕する声も戦場に響く。渦巻く者、その本名は伊東(いとう) (あさひ)。彼は“崩壊の呪い”によって滅ぼされた世界の生存者。魔素の海で生き延びるため自ら肉体を変異させ、杖のような姿になった魔素適合体である。


「さあ、あと一息です!!」

「応よ、応ともよ!!」

「トドメを刺せ!!」

『ぐうっ!?』

 再び魔力障壁と≪均衡≫の力で縛りつけられ倒れ伏すミナの影。人類は動けない彼女へ必死に攻撃を繰り返す。彼等も残り時間が少ないことに気付いていた。スズランが開いた異界への架け橋、青い光の柱が細くなって消えかけている。

「くっ……う!!」

「あ、ああ……き、消えちゃう、消えちゃうっ」

「頑張ってスズ!」

「スズちゃん!!」

 狭まっていく光柱を見て焦る雨楽とココノ村住民。スズランは変わらず魔力を注ぎ込み続けているが、縮小のペースから察するにあと一分かそこらしか保たない。正真正銘この一分弱が最後のチャンス。


 一方、ミナの影も焦っていた。

 龍道が敗れ、ユウもやられた。倒された時のダメージが大きく、復活にはしばしの時を要する。有色者だらけの敵に雑魚では歯が立たず記憶災害の巨獣達は下位の神々と空飛ぶ魔道士達に足止めされている。自分も身動きを封じられたまま。

 なら──


『兄さん、伯母さん、要さん!!』

 残る家族をまとめて母にぶつける。結局のところ母さえ手に入ればいいのだ。あの魔女の言う通り、たしかに自分達も紛い物。だからこそ母を探した。真の始原七柱である母を取り込んでしまえば、全ての界球器をまとめて無に帰すことも不可能では無い。

『ミナ、チャン……!!』

「やらせない!」

 呼びかけに応じて光の柱近くへ転移する時任(ときとう) (かなめ)の影。直後、同様に転移したモモハルの剣により再び前進を阻まれる──かに見えた。

 だが違った。モモハルの剣が斬ったのは残像。彼と彼女は常に互いの次の一手を予知し続けていた。アルトラインの能力は要のそれを下回っている。本来ならもっと早く決着がついていたはず。しかし彼の勝ちたいという気持ちが願望実現能力を同時に働かせ、その差を辛うじて埋め合わせていた。

 とはいえ、そんな無理がいつまでも続くはずは無い。一切読み違えることの許されない状況での数分間の打ち合い。この少年の疲労は限界に達していたのだ。

 だから一手、ほんの一手だけモモハルの予知が遅れた。要の影は彼がその事実に気付くより早く、背後への再転位を終えている。


 次の瞬間、容赦無く放たれた蹴りが小さな背中にめり込んだ。


「がッ!? っは……!?」

 地面に叩きつけられ白目をむくモモハル。そのまま全く動かなくなる。

「モモっ!?」

「やべえ!!」

 レンゲとサザンカが娘をクロマツに預け、光の柱から飛び出す。息子を助け起こす彼等には目もくれず、スズランの方へ歩き出す要の影。


「スズちゃん、モモ君!? クソッ、コイツら前より強い!!」


 異界の吸血鬼から強力な能力を借りて戦うクルクマ。彼女もまた情報神の影に苦戦していて救援に向かえない。破壊神の影と打ち合うクチナシも防戦一方。どうにかスズランの方へ移動させないようにするのが精一杯。

 代わりにロウバイが指示を出す。

「スイレン、スズランさんを頼みます!!」

「はい!」

『させるかっ!!』

 走り出そうとしたスイレンの前に、しかし堅牢な魔力障壁が立ちはだかる。ミナの影もまた一方的にやられているように見せかけて機を窺っていた。自分に攻撃を集中させ厄介な使い手をまとめて分断できるチャンスを。

 これで向こうには二人の神子と戦闘経験の浅い人間しか残っていない!

「チッ、かったい障壁じゃ!! 待ってろスズラン、今こっちの首を獲っちゃる!!」

 凄まじく分厚い障壁にはアサヒの力で強化された凶刃さえ通じない。ならば先にミナの影を倒すべきと悟り、ミツマタは素早く攻勢に転じる。彼にならってロウバイ達も眼前の巨体を削ることに専念した。

(核はどこに!?)

 間違い無くダメージは与えている。だが、あまりに巨大すぎる。アイビーから教わった話では生物型記憶災害の体内には必ずどこかに“竜の心臓”が存在している。それを破壊できれば倒せるらしい。でも、これだけ大きな体のどこに──

「胸です!」

 オトギリが見抜く。一族の秘術によって魔素を認識できる彼女の間隔が捉えた。ミナの影がダメージから再生しようとする度、胸の中心にある何かから魔素が供給されていると。

『こいつ、見えているの……!?』

 すでに両腕を破壊されている。その上、動きも封じられたまま。弱点を看破されたミナの影は立て続けに魔力弾を放ち敵を遠ざけようとする。

『来るな! 来るな来るなあっ!!』

「やかましい! かっさばいて“心臓”をぶった斬っちゃる!」

「守りはわたくしが! 皆様は攻撃に専念を!」

「急げ、急げえっ!!」

「間に合え!!」

 ロウバイが魔力障壁や魔力糸で友軍を守り、彼等が斬り込むための道も作る。そこへ刀を構え、真っ先に突っ込んでいくカゴシマ兵達。


 一方、障壁の外ではサザンカが要の影に対しタックルを仕掛けた。


「そっちに行くんじゃねえ!!」

『ジャマ』

「んごっ!?」

 あっさり殴り飛ばされてしまった彼を見て、それでも他の村人や周囲にいた避難民達は臆さず、勇気を振り絞って後へ続く。

「うあああああああっ!!」

「ウィ、ウィンゲイト様を守れ!!」

 だが、影は彼等を無視して直接スズランの目の前に転移した。もはやソルク・ラサとの接触を気にする必要も無い。光は細く、今にも消滅しかけている。


『マリア……セン、セイ』


 そう呼びかけ伸ばした右手を、スズランの隣にいたカタバミとカズラが掴む。二人の瞳に虹色の輝きが宿る。


「あたし達の娘に!」

「僕達のスズに!」

「「触るな!!」」


『ッ!?』

 二人の体から噴出した光が要の影を打ち砕く。しかし、それでもまだ半身が残っていた。その半身が転移して背後からスズランを羽交い絞めにする。

「うぐっ!?」

 驚いたスズランをそのままミナの影の体内へ転移させようとした。カタバミとカズラが振り返るより早くその目論見は達成されるはずだった。

 ところが、それを読んでいたかのようなタイミングで完全に予想外の位置から放たれる攻撃があった。


『チェックメイト』


 その声はアサガオに預けられたショウブの脳内にだけ響く。他の誰にも聞こえていない。まだ言葉を理解できない彼の小さな体からも閃光が放出され、姉にしがみついていた要の影を背後から貫く。


『エッ?』


 まさか赤子にやられるとは思わなかったのだろう。その油断が予知を怠らせてしまった。体内の“心臓”を砕かれ霧散する彼女。


『──読み通り、赤ちゃん相手にゃ油断したわね』

『あー良かった、出番があって。自動的にマッチングされる仕組みだからなかなか相手が見つからないんだもんなあ。レッちゃんはすぐに決まったのに』

『アンタね、その相手が赤ちゃんだったアタシを羨むんじゃないわよ。ま、結果的には正解だったわけだけど。赤ん坊は可能性の塊だし引き出せる力も大きかった』

『なんにせよ、少しは役に立てて良かったな』

『そういうこと』


「な、なんだ、この声……」

「もしかして、別の世界の人……?」

 頭の中で響くそれに戸惑うカズラとカタバミ。

 異界の英雄達は去り際に名乗った。

『ボクは比嘉(ひが) 昇利(のぼり)。すいません、ここまでみたいです。頑張ってください』

『オレは比嘉 昇竜(のぼる)。あんたらなら、きっと勝てるよ』

『バイバイ赤ちゃん。アタシは“可能性の魔術師”レイラ・エイトミリオン。もし覚えていられたなら覚えておいて。きっとキミの人生で最初の相棒だから』

 そして彼等は去って行った。三人の瞳から虹の輝きが消え失せる。ついにその時が来てしまったのだ。

 ソルク・ラサの生み出した青い光の柱が、消失した。

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