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五章・虹が繋ぐもの(1)

 地上に虹が現れる。スズランというハブを通して配信されたアップデートパッチがこの世界の全ての人間に適用された瞬間、彼等の体がそれぞれに異なる輝きで包まれた。

 クチナシが突然新たな能力に目覚めた理由はこれ。正しくは共有されたのである。異世界のアイズ・アルトルからレインボウ・ネットワークを通じ彼女へ。アイズという有色者(ゆうしきしゃ)の力を、最も相性の良いクチナシに貸し与えた。


『これがオレの開発した新機能、C・S・Sだ!!』


 再び雨龍(うりゅう)の声が響く。カラー・シェアリング・システム。異世界に危機が迫った時限定で使用可能になるレインボウ・ネットワークの新機能。これを使えば別の世界の有色者に力を貸してもらい、誰もが一時的に彼等と同じ特異能力者となれる。

 有色者の数はまだ少ない。神々に対抗しうる深度へ到った者なら、なおさらに。だからこれまでは“崩壊の呪い”に脅かされている世界を発見しても救援を送り込むことが難しかった。一人二人の少人数では状況の改善に繋がらない。たとえ最上位有色者≪七色(セプテット)≫であっても同じ。彼等彼女等は強力だが単体で神と戦えるほどではない。

 だが、彼の感覚で二年前に発生したとある事件により状況が大きく変わった。自殺防止プログラムを受けている最中、運悪く生と死の狭間の世界に迷い込んでしまった雨楽と雨音。二人がそこで出会った二代目ウィンゲイトを名乗る男の託してくれたUSBデバイス。それが鍵になった。

 文字通りそのデバイス自体が“鍵”だったのだ。PCに接続してみた途端、部分的ではあるが、それまでどうしてもアクセス出来なかったネットワークの基幹プログラム深層が開放された。つまりは出来ることが増えたわけだ。

 かくしてこれが生み出された。使える状況は限られているが、自分達“有色者”の力を別の世界の人間に貸し与える新機能。これなら現存する有色者の数だけ現地に強力な戦士を増やすことが出来る。


『ふざけないで、それは私達の力よ!!』


 何が起きているのかを悟ったミナの影は再び青い光の柱を砕こうとする。空の大穴から黒色化した魔素を呼び込み、無数に分裂した自分を取り込んで一つになる。

 あの柱さえ、ネットワークをこの世界に繋ぐ道さえ閉じてしまえば、あとはどうとでもなる。自分達の脅威となる者は全て消える。

『兄さん、あいつを止めて!!』

「ッ!!」

 ミナの影から分離した一部が破壊神カイの形を成しクチナシへと襲いかかった。初撃でいきなり剣が折られ、長さが三分の二になってしまう。アイズの能力が赤い光に包まれた手足に触れては危険だと教えてくれた。忠告に従い光っている部分を避けながら斬りつけ、未来予知に基づく回避行動を取り、なんとか凌ぐクチナシ。この影は凄まじい達人。予知有りでやっと互角。無ければ一手ごとに死んでいる。

(こりゃきちい!! 今まで()った中でいっちゃん強え!!)

 嵐のような勢いで繰り出される打突。一つでも直撃を受ければ致命傷になる上、こちらの斬撃を確実に避け、あるいは破壊の力で相殺する。攻めも守りも超一流。簡単には勝てそうにない。

『あいつは兄さんに任せればいい』

 邪魔者を足止めして再び光の柱に手を伸ばすミナの影。ところが今度は中から無数の虫が一塊になって飛び出して来た。

『ひっ!?』

 人間だった頃の本能が刺激され嫌悪感から咄嗟に顔を庇った彼女の背後に何者かが音も無く回り込む。

 クルクマだ。ホウキも使わず、どうやってか巨大な敵のうなじに一瞬で取り付いた彼女は短剣を突き立てようとする。

 ところがそこから飛び出して来た情報神(ユカリ)の影が彼女の腕を掴んだ。そのまま諸共に空中へ身を投げ出す。

『ミナニ、サワルナッ!!』

 放たれる手刀。その一撃で心臓を貫かれかけた瞬間、クルクマの姿は消えた。まるで空に溶け込むようにして薄れ、ほとんど同時に地上で出現する。

「ハハッ、こりゃ便利!!」

『お前は、俺と相性が良いらしい……』


 ──陰気な男の声が脳内に響いた。大柄で、濃密な死の気配を纏った青年のイメージが浮かび上がる。

 彼は闇の中から赤い眼で彼女を見据え、忠告する。


『使ってもいいが覚悟しろ。俺の力は、夜を読む力は呪われている。お前も周りも不幸にしてしまうかもしれない』

「自信を持ちなよ」

 どんな忌まわしい力だろうと望まぬ形で手に入れた結果だろうと、それでも自分の手にしたものを誇るべきだと親友が教えてくれた。

 だから彼女は自分自身の異能を誇る。

 再び空間に溶け込むクルクマ。彼女の目にはやはり本来見えるはずの無いものが見えている。

 それは道だ。誰にも邪魔されず離れた場所へ一瞬で移動することの出来る道。本来なら生者が通ることは許されない死者だけがくぐるべき入口と出口。

 しかも、なんだこれは? 自分の体からどんどん赤い霧が噴き出し、まるで記憶災害のように虫や獣を形作る。おかげで手駒に事欠かない。

「アンタ、名前は?」

 ユカリの影と何度もぶつかり合いながら問いかける。なんと肉体の再生力まで上がっていて多少の傷ならすぐに治ってしまうのだ。この身が帯びた光は赤。あの破壊神と同じなのに。

 陰気な男は答えた。

長食(ながはみ)……読夜(とうや)の鬼。異国では“吸血鬼(ばんぱいあ)”と呼ぶらしい』




 人々は次々に輝きを身に纏う。

「むうっ!!」

 光の柱に取り付こうと迫って来たワイバーンもどきを、その柱の中から兵達と共に躍り出たルドベキアの眼光が止める。彼を包んだのは緑の光。すなわち≪均衡≫の力。

「はっ!! せやっ!!」

 愛馬キバナに跨り駆け抜けながら動きを止めた怪物を射落として行くユリ。橙色の光を帯びた矢は敵に刺さった瞬間、矢柄に使われている木材に命を与え、枝や根を伸ばし体内から喰い破った。後に続く騎兵達がそれぞれの武器でやはり動けない地上の狼もどき達を切り払う。

 ユリと同じ輝きに包まれているキバナも、どれだけ素早く走り回っても全く疲れの色を見せなかった。

「ハハハハ!! 身体が軽いなキバナ!! 爽快爽快!!」

「なるほど、これは凄まじい“救援”だ!」

 異世界から来た二人に何が起こるかあらかじめ聞いていたが、彼等“有色者”の能力がここまで強力なものだとは思っていなかった。

 二人だけでなく兵士達も個々が一騎当千の力を発揮している。中にはスズランのようにホウキを使わず自在に空を飛ぶ者までいた。

「私と雨音さんは接続を維持するためここから動けません! ルドベキア様、皆の指揮をお願いします!!」

「承知した!」

 スズランより指揮権を委譲されたルドベキアは剣の切っ先をミナの影に向け指示を出す。有色者の力は色によって効力が異なる。ならば元の所属より、それぞれの与えられた色に応じて役割を分かつべきだろう。

「軍属、かつ赤色を与えられた者達は最前に出よ! 橙はその後ろから支援! 生命の力を以て味方の回復と強化に努めるのだ! ただしユリのように自ら身体能力を強化出来る者は遊撃隊を編成! この指揮はユリ、お前に任せる!!」

「はい、おじさま!! つわものどもよ、我に続け!」

「余と同じ緑の力を持つ者達は弓や鉄蜂で中距離から攻撃だ! なるべく多くの敵を視界に収め足止めしてやれ!! 黄色は創造の力だそうだ! 正直言ってそれで何が出来るのかわからん! よって各自の判断で味方を支援! 紫、青も同様に! 極力前には出ず援護に徹するがいい!!」

 見た限り兵士など元から戦うことに長けた者達はだいたいが赤、橙、緑の力を得ているようだ。魔法使いには黄、青、紫が多数おり、彼等はルドベキアには想像し難いその力を各々の発想力を活かして役立て始める。

「僕は黄色かっ!!」

 ビーナスベリー工房の三つ子のうち唯一の男子シキブは地面に手を付き土人形を無数に創って走らせた。人形達は自身のダメージも厭わず怪物の群れに体当たりを行い、しがみついて動きを制限する。簡単な命令しか与えられないようだが、使い方次第でいくらでも化ける。聖域一の悪戯小僧は次々に“いやがらせ”を思いつき実行した。

「僕は紫~!!」

 ホウキに乗って飛び回りながら戦場を俯瞰するムラサ。その紫に輝いた瞳が味方の防御の手薄な部分を迅速に見つけ出し短距離通信機で妹に伝える。

「サキ、あのへんがやっばい!!」

「わかった」

 サキの瞳は青く輝いていた。通信機を使うまでもなくテレパシーによりムラサから情報を受け取り、それをさらにタイムラグ無しで戦場にいる全員にイメージ化して伝達。すぐさま兵士達が守りの薄い場所、劣勢に陥っている場所へ戦力を割いた。数万の軍勢が有機的に立ち回り、数倍の数の怪物の群れを押し返す。

「非戦闘員の者達もここへ来たからには戦ってもらう! この一戦に負ければ世界が滅ぶのだ! 後方で我等が打ち漏らした敵を叩け!」

「し、しかたねえ……やるしかねえな!!」

「んだ!!」

 おっかなびっくり、だがそれぞれの手にしっかり武器を握って兵士達の背中を守る避難民達。たまに前衛の守りを抜けて来た敵へ数人でかかってタコ殴りにする。中には赤い光を発している者もおり、ただの農具が凄まじい威力を発揮した。

 それを見て苦笑しつつ、ルドベキアは老人と子供ばかりのココノ村住民達へ特別な指示を出す。

「ココノ村の者達はスズランの傍にいてやるが良い!」

「え?」

「いいんですか?」

「我等が神子、いや、主神はそなたらが近くにいてくれないと力を発揮できん。お前達がいなかった間の落ち込みぶりを見せてやりたかった。ゆえにだ。一番近くで守ってやってくれ」

「は、はい!」

 そして前線の指揮に戻るルドベキア。ココノ村の皆は光の柱の中、衛兵隊を外周に置きスズランと雨音達の周囲で円陣を組む。

「何が来ても、必ずスズちゃん達を守るぞ!」

「おうっ!!」

「ワシらの女神様に傷一つ付けさせてなるもんかい!!」

「みんな……」

 涙ぐむスズラン。自分がマリア・ウィンゲイトだということを知っても、やはり村の皆の態度は変わらない。それが何より嬉しかった。

「いつも世界一可愛いと思ってたけど、まさか女神様だったなんてね!」

「ますます自慢の娘だよスズ!」

「ハッハッハッ、オレぁ女神様の大好物カウレを作れる料理人だ!」

「ちょっと、スズが一番好きなのはあたしのムオリスよ!?」

「ケンカしないの二人とも!」

「お前らちょっとは静かにせんか! 戦いの真っ最中じゃぞ!?」

「いいよ! こっちの方が私達らしいもん!」


 そして光の柱の外では人類が、それぞれに貸し与えられた力を使って怪物の群れと戦い続けていた。


『ク、クソッ!! なんなのこいつら!?』

「前に出させるな!」

 上半身だけを界壁内に潜り込ませたミナの影はスズランに向かって手を伸ばそうとしている。それを魔力障壁で押し留める魔道士達。そんな彼等を後方から≪均衡≫の力を持つ者達が支援した。障壁と有色者の力の二重掛けで縛りつけられる彼女。

『紛い物、ごときが……!!』

 しかし瞬時に見抜いた。≪均衡≫の有色者達は自分の目で見ている狭い範囲しか動きを止められていない。

『なら、これで!』

 彼等の視界外から無数の触手を伸ばし、大回りさせて背後から急襲を仕掛ける。 

 ところが、それを見ている者もいた。

「危ないよ!」

 上空からムラサが伝えた情報をイメージ化して魔道士達に伝えるサキ。その情報は彼女達の上司にも伝えられる。

「魔道士隊は奴の足止めに専念! 迎撃は私がやる!!」

 鉄蜂を連射して触手をことごとく爆破するナスベリ。

 さらに、そのまま動けずにいるミナの影へ迫った。

「攻撃もだ! 今度こそ!」

『近付くなっ!!』

 人間とはいえ、この魔女だけは飛び抜けて危険。当然ミナの影も警戒している。さらに彼女はナスベリの術の欠点もすでに見抜いていた。

(距離だ、距離を取れば問題無い)

 どうやら記憶を凍結するあの術は手で直接触れなければ使えないらしい。だから高圧の魔力を噴射して邪魔な魔道士達ごと弾き飛ばす。

「うわあっ!?」

「くっ」

 地面を転がりながらすぐさまホウキを召喚するナスベリ。諦めず再度接近を試みようとした瞬間、今度は時間神(カナメ)の影が眼前に転移して来た。加速開始直後で回避行動に移れない最悪のタイミング。

「任せて!!」

『!』

 同じく未来予知で先を読み転移してきたモモハルが攻撃を弾く。そのまま彼とカナメの影は予知と転移を繰り返し、味方を支援しながら激しい攻防を繰り返す。

「ありがと、モモ君!!」

 感謝しつつ再びミナの影に立ち向かうナスベリ。ただし今度は正面から行かず、周囲を旋回してタイミングを計った。

 そこへ無数の魔力弾が放たれる。

『お前だけは、近付けさせるものか!』

 クチナシに対し放ったのと同等の高密度対空砲火。出力差から咄嗟に展開した魔力障壁も簡単に砕かれてしまう。飛んだのは悪手だった。

「うぐっ!?」

「ナスベリ様!」

 空から飛来する敵を迎撃していたサルビアが彼女の窮地に気付き、助けに入る。さらにナスベリを狙って放たれた魔力弾を防ぎつつホウキと共に落下する彼女をどうにか掴んだ。そのまま地上へ降り立つも、顔を青ざめさせる。ナスベリは右の脇腹を撃ち抜かれていた。

「う、く……っ!?」

「酷い怪我です、至急手当を!!」

「駄目、だ、そんな暇、無え……!!」

 レンズの砕けたゴーグルを捨て傷口を凍らせて止血するナスベリ。知っている。ネットワークを通じ貸し与えられた力、あれは長く保たない。スズランとアマネのおかげで今のところ維持されているものの光の柱が消えたら皆の力も消えてしまう。

 それまでに決着を付けなければならない。だから今は怪我なんかに構っている場合じゃない。

「サルビア、アタイをアイツの近くまで運んでくれ……そしたら、あの魔法で……」

「駄目です、まずは≪生命≫の力を持つ方々に頼んで治療を──くっ!?」

 またしても魔力弾の雨が降り注ぐ。敵はナスベリの術を相当警戒しているらしい。動きを止めた今こそ確実に仕留めようと攻勢を強めた。

『死ね! 死ね! お前達は真っ先に死ね!』

「ひギャッ!?」

「があッ!?」

 地面が隆起して無数の槍を生み出す。暴風が兵士達を薙ぎ払う。ナスベリを狙った攻撃に大勢が巻き込まれ絶命した。たしかに敵の力は強大。残り時間も僅か。サルビアはやむなくナスベリの意を汲み彼女を抱えて飛翔した。せめて敵の攻撃を空に誘導しないと被害が拡大し続ける。

「ナスベリ!」

 加勢しようとするオトギリ。だが彼女もまた狼もどきより大型の怪物の群れに包囲され足止めを喰らっていた。ミナの影は激昂しているように見えて、その実こちらの主戦力に対し確実に強い手駒をぶつけて来る。

 直後、サルビアの魔力障壁に亀裂が入り始めた。ミナの影の魔力はスズラン同様圧倒的。自分の力では長く守り切れない。

「ここへ!!」

 聖域の魔法使いが巨大な鉄の壁を作ってくれた。その陰に逃げ込むサルビア。けれども壁はすぐに削られ小さくなっていく。

「あっ」

 壁を作ってくれた術者が貫通して来た魔力弾を受け消し飛んだ。やはりここも長く保たない。

 そこへ果敢にも弾幕を掻い潜りながらペルシアとウェルが駆け寄って来る。

「ガウッ!!」

「お前達、彼女を治癒能力者のところへ!!」

 妹がナスベリを背中に乗せ、弟と共に走り出す。それを見届けると、翼を広げ再び空へ飛び立つサルビア。障壁でナスベリ達を狙った魔力弾を防ぎつつミナの影にじりじり接近する。

(注意を逸らす!)

 ナスベリが治療を受ける時間を稼ぐ。そのつもりだった。だが突然地中から飛び出して来た長大な怪物に襲われる。以前の自分に似たそれは赤い鱗を持つ大蛇。

「なにっ!?」

 逃げても逃げても追って来た。そして気が付けばさらに何体もの巨大な獣に包囲されてしまっている。全て魔素が再現した記憶災害。

「ッ!」

 顔に影が差し、見上げるとそこに彼がいた。

『……』

 生命神、大森 龍道(りゅうと)の影が。

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